第8話 ご飯にしよう

「見に来てくれてありがとう!あとずっと気になってたんだけどさ君は……?」

 イベントが終わって僅か五分か八分経った頃に舞台に立っていたマジシャンの格好から一般人と同じ格好で私達の集団に割って来た。

「夢咲希望です。よろしくお願いします」

「僕京極奏(きょうごくかなで)。毎週土曜日のお昼はこうやってイベントさせてもらってるんだ。よろしく」

 笑顔が素敵な人だ。それとやっぱり背が小さめだ。周りにいる男性陣が高いだけかもしれないが……しまった弓紀さんも男性として数えていた。

「同い年だよね?タメでいこ」

「うん」

「順応早くて助かるぅ!」

 そう言うと両手で私の左手を掴んでブンブン振る。

「おーいお前等ー」

 頭上で声が聞こえた。皆がその声に二階の吹き抜けを見上げるので私も見るとそこには見覚えのない男性が手を振っていた。誰だろうか。

「この後商店街でゲームすんだけどよー一緒に来るやつ居るかー?あー。あとスシ食うか?」

 その言葉に男性陣は目を輝かせた。

「行く!」

 最初に手を挙げて主張したのは奏だった。その後に優、舞瑠、弓紀さんと手を挙げる。

「ん。取り敢えず二階来いよ」

 そう言って私達に別れを言ってエスカレーターへ向かう一行。二階で見下ろすオールバックの男に見覚えは無い。キラリと光る瞳が私を捕えるとひらりと手を振る。

「………?」

 女性が好きな男なのだろうか。何も反応しないでいると琉梨や愛達が彼に手を振り返した。知り合いなんだろう。

「知り合い?」

「え?ほらさっき会ったじゃん。あーそっかそっか。ツッキー!」

 ツッキーという言葉に私はピンときた。

「どうした祭り女ー」

 二階から降りてくる祭り女という言葉に大まかに理解した。

「今からノゾに自己紹介してー」

「今かー。……鬼道月魅(きどうつきみ)だ。同い年だから気軽に声かけてくれよー」

 頭を掻きながらそう話す男は同い年らしい。名前も今になって思い出した。

「夢咲希望。琉梨の幼馴染です」

「敬語は無用っじゃあまたなー」

 そう言って駆けつけた人達と共にこの場を後にした。

「私、名前覚えてた」

「あ。じゃあお節介焼きしたねゴメンゴメン」

「うんん。顔まで覚えていなかったから…ありがと」

 琉梨は満面の笑みを浮かべる。

「てことでお節介焼きと焼きっ子行く人この指とーまれっ!」

 表情を切り替えて人差し指を残っている私達に見せる。

「ごめんね琉梨。用事があるんだ」

「ごめんなさい…私もなの」

 先に断ったのは愛と彩香だった。二人は申し訳なさそうに顔を少し伏せて琉梨に言った。露骨に落ち込んだ顔をすると幸(ゆき)が小さめに挙手をする。そのアクションに琉梨はガーンと落ち込むがすぐに元気になる。

「私で良ければ」

「大大大大大大大……歓迎っだよ!ありがとうっ」

 喜ぶ琉梨は幸の肩を抱き締め跳ねながら回る。見ていて恥しい。

「……」

「じゃあ私はこれで。バイバイ」

「バイバイ」

「あ~う………バイバ~イ」

 元気のない様子で手を振って彩香と愛の背中を見送る。するとこちらを見つめると黙って人差し指を差出してきた。

「……」

「…なによ」

「……」

 ズイ、と近づく指に私は呆れて溜息を吐く。

「分かったよ。とまればいいんでしょ?」

 渋々親指と人差し指で琉梨の指先を摘むと嬉しそうに微笑んだ。

「ヘイヘイヘーイ♪焼きっ子ちゃんへゴーー!」

「ウルサイ」






「いらっしゃーい」

「オジさーん!席空いてる?」

 元気になった琉梨は意気揚々と暖簾(のれん)のかかったお好み焼き屋に入店すると知り合いらしい店員に話す。

「琉梨ちゃーん!奇跡的に空いてるぞー。お友達もいらっしゃーい」

 店員の男性は朗(ほが)らかな笑みを浮かべて私達をテーブル席まで案内する。

「注文が決まったら呼んでくれー」

 そう言うと店員の男性は厨房の奥へ去って行く。

「琉梨って結構色んな人と仲良くなるよね」

「でしょでしょー」

 嬉しそうに笑ってテーブル横に重ねられてあるコップを取り出すと慣れた手つきで水を注ぐ。

「ここに来るの何回目?」

「う~ん大分来てるね~スタンプカード一番押したお客さんだって言われてるし」

「常連様だね」

「うん!」

 メニュー表を取って一つは幸に渡す。

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

「二人なんか硬いねー。同い年なんだしほらギュッと親密度縮めて縮めてぇ!」

「……て言われてもねー」

「うん…私猫が好き」

「私は犬派…」

「……一回メニュー決めよっか」

 沈黙が流れるテーブル席で幸が一つ、私と琉梨でもう一つのメニュー表を見る。

「焼きそばもあるよ?それともランチセットにする?」

「AかBね」

 琉梨が次のページを捲ってランチメニューに指を這わせる。

 Aセットの内容はお好み焼き8種にサイドメニューとドリンクを付けたもの。Bセットはもんじゃ焼きにAと同様のメニューを付けたものだった。

「どっちがいい?せーので言って!」

 急に話しだす琉梨に焦りが出る。

「せーのっ」

 容赦ない合図に咄嗟にAを口にする。

「「A」」

 奇跡か偶然か。どちらかと言えば必然にも思えるが、私と幸はAを口に出して言った。

「ヘーイ!いいじゃん二人共っ早速阿吽じゃん」

「必然を感じさせるけど」

「それじゃあお好み焼きの味をせーので言おうよ」

 そう言ってニコニコと私と幸を交互に見る。

 8種のお好み焼き。スタンダード、スペシャルミックス、シーフード、ふわとろ、甲殻類の夢、ダイナマイト、キノコ帝国、三時のメニューの中から選ぶのだ。後半のネーミングセンスが特徴的で気になる。ただ、これを幸に合わせて決めると考えれば一気に判断に慎重になる。

 どれがいいんだろう……まずシーフードはアレルギーがあったら困るし、キノコ帝国は私がキノコ嫌いだからまず選びたくないし、ダイナマイトは食材内容から辛いものが使われている。辛いものは琉梨が好きじゃないから選べないし、三時のメニューも時間的に選ぶわけない。スタンダードかスペシャルミックスかふわとろの三つから選ぶわけだが、幸はどれを選ぶだろうか。空気を読んでスタンダードを選びそうだし、ふわとろもスペシャルミックスも選びそうだ。

 スペシャルミックスの食材にチーズがある。チーズ食べたいな………。いいだろうか我儘をしても。

「……スペ、シャルミックス」「……スペシャルミックス…」

 なんとか合致した。この時の感動は私と幸にしか分らない。

「もう……私も二人と手を繋いでキャッキャウフフしたーい」

「しなくていい」

「でも、これは奇跡だよ」

 そう言うと琉梨は何が不服なのか膨れ面を見せる。

「サイドメニューは?焼きそば、ギョウザ、ザンギ………ポテトにする?」

「ポテトがいい」「ポテトにしよう」

 阿吽の呼吸が再び出た。

「どうして二人は阿吽するの?私もしたい!」

「ドリンクだね。せーの」

「オレンジっ」「サイダー」「ウーロン茶」

 同時に放たれた言葉は全員バラバラだった。

「どおして!」

「そりゃあ琉梨の飲むものなんて大体決まってるし」

「飲み物まで同じにならないよ」

 お互いに笑い合って丁度水ボトルを交換に来た女性店員に三人で声を揃えて話しかける。

「Aセットお願いしまーすっスペシャルミックスでサイドメニューにフライドポテトでドリンクはサイダー、オレンジ、ウーロン茶です。お願いしまーす」

「はいよー。琉梨ちゃん今日も来てくれたのね。嬉しいわぁ」

 女性店員も琉梨の知り合いらしく慣れた筆使いで伝票に書き記した。

「ごゆっくりー」

 手をヒラヒラして笑顔で厨房へと去って行く。

「親交を深めようっ幸ちゃんへー質問コーナー!」

「ん?」

「なになに?」

 急に始めた琉梨は幸を指差すと勝手に話出す。

「前住んでた場所はどっこですかぁ?」

「隣の県の街に住んでたよ」

「じゃあ希望はどこに住んでましたか?」

 指をこちらに向けるので指を掴んで琉梨に向かって押す。

「どうせ琉梨から聞いてるだろうけど叶(かのう)市に住んでた」

「琉梨は県しか言ってなかったから初耳だった」

 そう言うと幸は私と琉梨に質問をする。

「二人は何時から出会ったの?」

「小学校の頃だったっけ?独りでいる時に琉梨が一緒に遊ぼうって言ってくれて。その頃から今に至るまで幼馴染として過ごしてる」

「二人は本当に仲良しだね」

「この友情は誰にも引き裂けないよお?」

 ぐいぐいテーブル越しに近づく琉梨に溜息を吐く。丁度ドリンクとお好み焼きスペシャルミックス味のタネを持って来た女性の店員さんに笑われて恥しい。

「では。プロが作ります!」

「お願いします」

 色んな食材が入っている銀製のボウルを持ち慣れた手つきでかき混ぜる。

「はい。これで全部だよー伝票ね。ごゆっくりー」

 伝票を置いてお辞儀をすると会計カウンターへ向かって行く。

「ゴメーン油塗ってもらえるー?」

「いいよ」

 割箸の隣にある油の入った壷から丸くて太い刷毛を取り出し熱された鉄板に滑らせる。ジュウジュウと鳴る音に琉梨はアリガトウと棒読みで呟いてスプーンで三枚の丸を鉄板に作る。

「さあ次は希望が質問しなよ」

「え?アー…」

 視線が集まる。質問内容だなんて考えてないんだよな。

「…………好きな食べ物は?」

「ふっつうだなー」

「ウルサイ」

「ツマぁンネ」

「こら」

 幸が琉梨に注意する。初めてだ私以外の人が琉梨のことを注意するのは。

「ありがとう……で、琉梨はハンバーグから変わった?」

「そりゃあ変わったよ!アイスっ!」

 満面の笑みでデザートのアイスを見せてくる。

「私は甘いものが好き。氷砂糖とか結構買って課題やってる時に食べてるよ」

「へー」

「希望は何が好きなの?」

「唐揚げだよ」

「幸に優しいねー」

 ニヤニヤした顔が煙の中で見え隠れする。

「琉梨が特別なんだよ」

 プツプツと浮かぶ気泡を見ながら言うとフンと鼻を鳴らしてひっくり返した。

「あともう少しで出来るからねー」

 ヘラを置いてニコニコと二人を見る。

「他に何する?じゃんけん?」

「急に決めて急に止めるね」

「今のうちにライフで友達になっておく?」

「それいいねー」

 一斉に携帯を取り出す。起動させるアプリはあのSNSアプリ。

 自室の中に居る自分のアバターの下メニューバーの携帯アイコンをタップする。

「はい」

 幸の携帯画面に映るQRコードをカメラ機能で認識させる。一瞬画面が白くなり、次に表示されるのは生善というアカウント名と海外の少女が着ていそうな青いワンピースとカンカン帽を頭に乗せている。

「この子?」

「そう」

「可愛い」

 追加すると大きく浮かぶアイコンをタップして幸のアバターと一緒に居る部屋へと移動する。テキストボタンを表示してアバターに話しかける。

『よろしく』

「キサク……?」

「希咲(きさく)って読むの」

「なるほど……ありがとう」

 無理もない。名前から取ったアカウント名でも読めない名前はいくらでもある。例えば琉梨が使っている祭上(さいじょう)もだ。琉梨のことだから祭上(まつりあげ)と読むのだろうと思っていた。

「幸のこの子の名前はせいぜんって読むの?」

「そうそう。生きる善で生善(せいぜん)」

「意外と皆本名じゃないよね。そりゃそっか。意外と色んな人と繋がれちゃうから匿名性を持たせているんだもんね」

 自分で解決した琉梨はお好み焼きをひっくり返して焼き目を確認する。丁度いい感じに焦げ目がついていて美味しそうだ。

「お待たせしましたー。フライドポテトです」

「「「ありがとうございます」」」

 結構な時間が経っていたようだ。アツアツのフライドポテトを各々が手に取ってホクホクのポテトの熱さに少しリアクションする。

「ぅ~……ソース駄目とかマヨ食べれないってある?」

「ない」「ないよ」

「んじゃあスペシャルにやっちゃうねー」

 そう言うと琉梨は楽しそうにソースを完成した生地の上に垂らす。琉梨の手さばきは迅速でソースを綺麗に塗ると職人の様な手つきでマヨネーズでサッサとお好み焼きにボーダーをつけるとヘラでスーと滑らせる。

 マヨネーズがつられて不思議な模様を作るとその上にパッパッと青のり、かつお節で彩る。

「ほい完成♪召し上がれい!」

 異様なハイテンションのまま食べやすいように四等分に切り分ける。それを取り皿に盛ろうとヘラで引き寄せるとチーズが溶け出す。

「チーズトロトロだ」

 飛び出て垂れかけるチーズに食欲が増す。

「いただきます」

 湯気の立つお好み焼きに箸を入れて小さくなったのを冷まして食べる。火傷しそうな口内はソースのしょっぱさと生地の甘さが良く馴染んでいる。

「美味い」

「ハフハフ…美味しいよ琉梨」

「そうだろうそうだろう!もっとお食べよ」

 久し振りの外食、久し振りの琉梨との食事に何か話さないと。と思っていたが美味しいご飯の前では駄目だ。ポテトも三人で一緒に完食するまで黙ってしまった。


「ごちそうさま。スゴイ、ペロリと食べちゃった」

「ね。あっという間だったね!」

「あ。そろそろ時間だ……ゴメンネお先に失礼するね。お金二千円くらい…かな?はい」

 サイダーを飲干すと慌てた様子で言葉を捲し立てて二千円を琉梨に手渡した。

「バイバイ」

「バイナラ~」

 慌てた足取りの幸を見送る。

「バイトだったのかな?」

「ボランティアだよ。………よおし食後のアイス食べない?」

「いいけど?」

 スッと立つと伝票を持つ。ウーロン茶を飲みかけていたので琉梨の行動に少し動揺する。

「デザートは頼まないの?」

「いいの。すぐ近くのアイス専門店で食べた方が美味しいから」

 朗らかに笑ってカウンターまで進む。

「お会計お願いします。あと貯まったスタンプ今使わせて下さい」

 取り出したのは厚みのあるカードの束。

「琉梨ちゃんやっと使ったね。こおんなに貯めてスゴイわー」

 扇の様に広げたのはこのお店のスタンプカードだ。全部押されると五百円の割引券になるようだ。そのカードを九枚琉梨は店員さんに渡した。

「はい。合計から四千五百円引いて、二千百円頂戴しまーす」

 幸から貰った二千円を出して百円玉をトレイに置く。

「お願いします」

「はい。……毎度ありがとうございましたーまた来てね」

「はーい。ごちそうさまー」

「ごちそうさまでした」

 暖簾を抜けるとサッと涼しいエアコンの風が吹く。

「こっちだよ」

 手を引かれエスカレーターを降りる。降りてすぐに目立つ光彩にアイス専門店がどこにあるかすぐに分かる。

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