第7話 本日のショー
一階では何かイベントが行われようとしていて、しっかりと組まれたステージ台を囲む人だかりと好奇心をくすぐるBGMが横の大きな音響機材から流れている。
「あ、琉梨だ」
「おうおうおうっ皆さんお揃いでぇイベント見に来たの」
「自然と集まったみたい」
参迦舞瑠(さんかまいる)、聖羅優(せいらすぐる)、結野愛(ゆいのあい)、罪木彩香(つみきさやか)の四人が一堂に会していた。
「こんちはー多分初めましてだよ…ね?」
その中に一人私の知らない少女が居た。彼女は私に尋ねる。
「もしかして貴女も…?」
「うん?うん。…古里野(こりの)幸(ゆき)ですっよろしく」
そう言うと彼女は笑顔で手を差出す。私も手を出して握手をすると彼女は更にニコッと笑う。
「夢咲希望です。こちらこそよろしくお願いします」
周りからパチパチパチパチと拍手が聞こえる。この一連の光景を体験した人達の微笑みが何だか気恥ずかしい。
「今日中であと何人出来るかな?」
「二日に分けて……」
「ダイジョーブ!っそんなに友達いないから」
その言葉を聞いて一斉に『嘘つき』と言われええっ!?と琉梨が驚く。
その間にBGMと歓声が大きく聞こえる。イベントが始まるようだ。
「こーんにちはー!うわおっ今日は人が多いですねっ」
出て来た男の人は手品師の様な格好をしていた。ヘッドセットマイクに響く明るい声に観客の黄色い声も一層高まる。
「えー、本日は僕の為にお集まりいただきぃ………」
舞台上で琉梨がするようなお辞儀をすると次の瞬間には下から煙が大音量で噴出される。その量にも音にも前列の観客は驚く。
「ソーちゃんの演出って毎回ド派手だねー」
「ド派手にしないと売りじゃないじゃん」
琉梨に答えるように舞台上に居た男の人が小声で話す。一体何時から居たのだろうか。舞台に居たから分らなかったが彼は思ってるよりも小さい背丈の男だった。いや少年だ。
シー、と私達の反応を静かに遮るとヘッドセットのマイクの音量調整をする。
「誠にっありがとうございまーーす♪」
二度目の歓声と大勢の視線にビクリと体を震わせる。
「はーい!今からステージに戻りまーすっあーありがとうありがとうありがとう!ハーイ」
彼は笑顔で観客の差し出す手にハイタッチを決めて舞台まで駆ける。
「ではでは最初はまずお手玉から。僕サーカス団の出身でピエロとしてね、演目に出させてもらったんですよ。その頃からお手玉やジャグリングは得意でこうやって披露させて貰っているんですよーはいっ」
彼はごく自然に丸いボールを何もなかった手から出現させてジャグリングを披露している。彼の手に注目していると気づけばジャグリングしているボールの玉は目視で数えられない程だった。おお~!と感嘆の声に舞台上の彼は笑う。
「さてお次はコチラ!何の変哲もないこの箱。見ての通りホラ開閉することも出来ますし…ここの辺でしか連結しません」
曲線や直線でぐちゃぐちゃに描かれたデザインの箱を取り出して観客に仕掛けは無いと言って披露するとパチンと音を立てて立方体にする。箱を横に揺らすと中でカタカタと音が鳴る。それに観客はざわつき、その反応を見て彼は箱の蓋を開けると中から一斉に白い鳩が羽を広げて飛ぶ。
「ありがとうございます!このハトちゃん達は借り物なので飼い主さんの所へ返しに行きましょう!」
観客の頭上を飛び交う鳩達に口笛を吹くと鳩がその音に反応して観客の頭上から二階の吹き抜けを飛び出して何処かへと消えて行った。
「スタッフさん扉までよろしくお願いしますー」
高く背伸びをしてブンブン手を振る彼はすぐに次のショーに移る。
「そろそろお客様参加型のマジック披露しよっか!誰かステージに上がってもいいって人いますかー?」
前列の挙手の勢いがすごい。
「ヤバ………」
「ファンってスゴイよねー」
「舞瑠手挙げてみたら?」
「うぇ?やだよ……」
ボソボソと周りを人達と呟く中、参迦舞瑠に白羽の矢が立つ。
「こんな大人数の中だもの今回は分んないよ」
「いやだって……めちゃくちゃこっち見てるじゃん」
「舞瑠が好きなんだよきっと」
「絶対俺をステージにあげたいだけの顔してるよ」
「それが京極(きょうごく)だ」
参迦舞瑠というキャラのお約束みたいだ。そっと手を挙げるのを確認してステージにいる男は意気揚々と声を高くする。
「はい!そこの後ろにいるお兄さん!こっち来てー♪」
「頑張ってこい」
「ファイトー」
「お約束じゃないか………」
渋々とステージに向かう舞瑠を皆で手を振って見送る。
「毎回お兄さんだね」
「奏(かなで)が俺をすぐ見つけるからだろ……」
「はいはい今回はこのお兄さんを斬ってみようと思いまーす」
「はぁ?!」
こっちも驚いています。急に参加者を切る宣言してるし琉梨含め周りのお友達はへー、とクスクス笑っています。鬼か。
「あーありがとうございます。コチラの日本刀切れ味はモチロンバッツグンです。さて早速…」
「もう少し説明してね?」
二人のやりとりに観客も笑っている。その反応に周りのお客さんも近寄って見物に来る。二階の吹き抜けに視線を向けるとこちらでも人が立ち止まって見物していた。
「えー、このお兄さんの腕に刃を当てて本物かどうか確かめます」
「痛くないよね?」
「……痛くないです。次にお兄さんの足のけんの部分を斬ります」
「絶対痛いよね?」
「痛くないです。最後にお腹をシャッ…、としてお兄さんが痛くなかったら拍手して下さい」
「痛い音してるけど痛くないよね?」
「痛くないです。風を斬る音です」
「引力で血液持ってかれるじゃん。何で今日に限って止めろよ…」
不安になっている舞瑠をよそに彼は後ろにはけると持って来たスプレーボトルを持って来た。
「はい腕出してー一応消毒するから」
「そんなボトルを持って来る程のものじゃないでしょ?ねえなにするの?」
不安を更に煽り捲る袖を握り締め舞瑠はシュッと噴かれた腕を見守る。
「では、本物か確かめまーす」
音も無く抜かれる真剣に会場が息を吞む。
「声のテンションがおかしいって」
ヒタリと触れている真剣は触れているだけなのに赤が滲んでいるのが分る。前方の観客の引いてる声に会場が一気に盛り上がりを無くす。
「ねえどうしてくれるの!?」
「痛かった?」
「分んないよ!」
「それでは次にアキレス腱を斬ります」
「この腕どうするの?ねえ勝手に裾捲らないで」
動かすことも出来ない腕に彼の声は震え半泣き状態でいる。奏と呼ばれた彼は気にせず私達から見て左側の裾を膝丈になるまで捲り折る。折ってパンパンに膨らむジーンズに悲観した感想が漏れる。
「俺のジーパン……」
「それでは後ろ向いてくださーい」
「お客さん引いてるの分んない?止めろよ消毒する量が多過ぎる!」
「それでは小さく斬ります」
アキレス腱に剣先を当て引力に任せてゆっくりと引かれる真剣。観客の悲鳴がステージに立つ舞瑠に不安を更に煽る。
「どうなってるの?ねえ?ねえ?」
「えー…大分出血しました」
「早く中止してよ」
ごもっともな言葉が出て来たが、彼は一気にたたみかけた。
「最後にハラキリショーをして終わろうと思います」
「おい殺す気かよ止めろよ人が容易に動けないからって止めろよ!ぐわあああ!」
一際大きな悲鳴が会場を包む。痛みに叫んだ舞瑠とは反対に彼は冷静に真剣を鞘に納めた。
「ヤバくない?」
「ヤバイけど大丈夫だよきっと」
どこから湧いてくるのだろうかその他人に対する自信は。
腹部を押さえて屈む舞瑠に男はハンカチを広げてそこに消毒液を噴射する。
「それでは血ごとキレイに拭き取って行きましょう」
腹部にある横一線の赤を拭き取ると観客は驚きを見せる。拭いた後の肌に傷ひとつ消え去ったからだ。
「痛みは?」
「………あ?…あれ?ない」
「足の痛みは?」
消毒液をもう一度ハンカチに噴射してから拭うと出血量の酷かった足の傷も血も綺麗になくなった。
「痛くない」
「じゃあ腕は?」
「………痛くない!」
ハンカチで拭う前に言う舞瑠に観客は安堵した顔を浮かべる。腕の赤も拭き取って観客に拍手を求める。これは見事だと一階から二階から沢山の拍手で包まれる。
「痛くなかったでしょ?不安の中耐えてくれたお兄さんにハクシュー!」
「ありがとう…」
拍手してくれる観客に会釈をしてステージから降りてこちらまで駆けて行く舞瑠を見送ると次のマジックの参加者を選ぼうとしている。
「おつかれー」
「どんな感じだった?」
戻って来た舞瑠にお疲れ様と労い感想を求めた。
「後々思えばただ刀身を当てられているだけって感じだった。そりゃ赤くなったしビックリしたよ」
足の折られたジーンズを元に戻しながら言う。
「そうだったんだ。本当に斬られなくて良かったね」
「本当だよ」
視線を舞台に移すとそこでは参加してくれている親子に大きなシャボン玉を披露するのかと思ったが一瞬にして色が変わり大きな風船になってプレゼントされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます