第5話 二人の少女と一人の男性

「次どこ行く?」

「そうだね。………あ、CDショップ行こうよ」

 右に視線を向けるとCDショップを見つけた。

「いいねー流行曲聴いちゃお♪」

「知らないクセに」

「希望だってミーハー程度でしょ?」

 お互い笑ってCDショップの中に入る。

 明るい声の店員が響く店内には男性アイドルのミュージックビデオが無音で流れていた。

 キラキラした映像を見ても心に響かないのはきっと店内で流れている女性アーティストの曲の所為だ。

「はぁ……いい曲なんかないかな」

「今は流行りのJ‐POPはなんだろうね?」

「あうみょんとか?」

「あれねー知ってる知ってるー♪今話題のチィクトンクの中にある楽曲でしょ」

「それは知らない。私あれ好きじゃないから」

「へぇー。ザブカル女が嫌い的な?」

「そう」

 CDを探しながら何気ない会話をする。

「アニソンってやつはどうだい?ボーカィドとか」

「う~ん………ないな」

「希望って何聞くの?」

「……………」

 自分の記憶を辿って音を捜すが、なにひとつ思い出として蘇(よみがえ)らない。それは自分が如何(いか)に無関心に今まで生活してきた事が露(あら)わになる。

「ない…」

「ない…!?」

 二人の間に無音が広がる。

「じゃあ。一緒に聞いて好きな曲探そ?私も、ホントは好きな曲とかないから」

「琉梨……」

 そう呟くと鼻を擦りながら照れる仕草をする。それがイラっときた。

「ていうか琉梨も結局流行(はや)りの曲知らないんじゃん」

「えへへ」

 次の曲のジャンルを見に歩くとそこには女性が一人CDのサンプルを聞いていた。

 彼女の邪魔をするのもアレかと思いそのまま静かにしていると、琉梨が静かに彼女に近づいた。まさかと思い私は溜息を吐いた。

 琉梨は彼女に近づくと背中を叩いて瞬時に変顔を作った。振り返った女性はビクリと体を強張(こわば)らせるとヘッドフォンを取って声を出す。

「ビックリしたぁ……おはよう、琉梨ちゃん」

「おはよー彩香っ」

 琉梨の交友関係の広さに驚きが隠せない一日になりそうだと目が少し据(す)わってきた。

「そちらの方は……?」

「私の幼馴染ー♪今日来たの」

 視線がこちらに向いてドキっとした。綺麗な女性だったから。

「ぁ。初めまして……夢前希望です」

 ペコリと一礼する。

「初めまして。罪木(つみき)彩香(さやか)です。今日来たってことは……夢前学園の入学生だね?私もなの。よろしくね」

 綺麗な女性は笑顔も素敵だ。しかも私と同年らしいし、とても羨ましい。

「彩香ぁ。何かいい曲ない?私らそれ探しに来たの」

 急に話を振る琉梨にビックリした顔をするが、嫌な顔せず彼女は答えた。

「えと、私歌詞の無い曲しか聞いてないので……インストはどうでしょうか?クラシックやジャズといった」

 思いもよらない言葉にほぉ。と呟いた。

「成程(なるほど)歌詞のない曲ねー」

「それなら意外と聞いてるかも」

「だったら…映画のサウンドトラックとか、聞いてみたらどうかな?意外と良い曲あるよ」

 微笑(ほほえ)む彼女はサウンドトラックのコーナーを指差す。それに目移りするが、琉梨の両手を鳴らす音に話題が変わる。

「ごめん彩香ぁ…今日はCD買う予定じゃないんだよー見に来ただけなんだー」

「あ、そうなの。大丈夫謝らないで」

「ごめんねー」

 こうして琉梨と私は店内を後にした。

「ふぅー……やっぱ美人と会話するとHPが減っちゃうぅ」

「美人なのは同意する」


「———祭り女ぁ」

 ふとそんな声が聞こえた。良く通るその声は琉梨の足を止めさせた。

「んん?おやおやぁ?」

 琉梨はその声の主を探して顔を右往左往するとニヤニヤと口元を歪め始める。

「へーいツッキー♪」

 手をブンブンと振るうその先では背の高い男性が手を挙げて場所を示していた。

「ツッキー今日はカードゲームするのー?」

 歩きながらツッキーと呼ぶ男性に話すと男性はおもちゃ屋の店内から声を掛けていることが分る。

「ちげーよ。今日は皆とパーティーゲームすんだよ。祭華も来るか?」

「ごめーん今日は幼馴染とデートなのー」

「キモい」

 急に出てきた言葉に思わず罵倒してしまったが、彼女はさほど気にしていなかったのでほっと安堵した。

「そっかー。んじゃあなー」

そう言うとそのままツッキーという男性は何処かへ消えてしまった。

「今の誰?」

 気になって聞いてみた。

「ツッキーはねー……えー、鬼道月魅(きどうつきみ)だったかなー?同い年の人だよー」

「へー」

「そろそろ次の階に行く?」

 琉梨がそう提案するのもすぐ目の前に上りのエレベーターがあるからだ。

「そうだね。そろそろ次の階に行きたかった」

「じゃあ行こうっ」

 軽い足取りでエスカレーターに一段足を乗せる琉梨。

「七階には何があるの?」

「大きなお店とか、商品自体が大きめなお店が多いんだけど……パンキーはちょっと違うかも」

「パンキー?」

「なんだろうなーパンキー………特殊な雑貨屋さんなんだけどぉ…好きな人には好きな店」

「ふーん」

「あ。 あれだよ」

 琉梨の指差す。エレベーターで昇る中その方向に顔を向けるとそこには今まで見てきた店内とは異なる雰囲気の店があった。今まで見てきた店内は全て看板が頭上に吊るされた広々とした店なのに対してその店は本当の店舗だった。

 デパートの中に西洋風な外観の家がそこに建っているのだ。しかも看板などは一切見当たらない。

「確かに……特殊なお店だね」

「希望も気が向いたら行ってみるといいよ」

「う~ん……多分ない」

 七階に着くと柱というものは存在せずただお店のエリアを仕切るラインとそれを境にそれぞれのお店のタイルの色が遠くでも分かる。

「広いね」

「でしょ。ここでエスカレーターは終わりなんだ」

 その言葉に疑問が沸いて琉梨を見る。琉梨は私の言いたいことが分ったようで答えを教える。

「ここ七階でお店は終わりで、あとの八階は展示スペースになってて、九階と十階はまだ建設中らしい。んで、屋上があるって感じなんだー」

「そうなんだ。 その建設中の九階と十階には何が出来るの?」

「マキ曰く最先端のゲームセンターだって」

「ふーん……」

 広がる視界の中で改めて小さな家を見る。広々とした空間の隅に建つそれはまさに異質であるが、気にせずにはいられない。

「やっぱり気になる?」

 顔を覗きこんで言う。

「まあ…」

「ふふ……」

 何がおかしいのか琉梨はクスクス笑う。

「何さ」

「ううん、別に何でもないよ。家電屋行こ」

「うん」

 妙な笑みで言う彼女に気味悪さを感じるが黙って私は家電量販店のアナウンスの鳴る一角を歩く。中では携帯会社が挙って店内に来る私達に機種変更や新しいサービスを宣伝してくださるが私は興味がない。

「新生活としての軍資金は貰ったからこれで白物家電と小さいテレビが買えたらもういいかな」

「それはどうかなー」

「え?」

「ドライヤーとか必要ないわけ?それに電源ケーブルをいっぱい挿せるやつとかも、必要じゃないわけ?」

「それはその時だよ」

「そおぉ…」

 意味深な発音で言う彼女に少しだけ不安を感じる。軍資金は三十万円あるが、どうせすぐ消費する。なるべく必要な分の家電家具を買わないといけない。

「洗濯機は買わなくていいんだよね」

「そ。ランドリー室があるから」

「テレビはあるんだっけ?」

「ないよ。洗濯機以外は各自でって感じだね。だから部屋に小さい冷蔵庫とかあった方がいいかもよ?あとあと、ドライヤーは絶対だって!」

「私そこまで髪長くないし」

 そこまで言うと見覚えのある容姿の人物が電池コーナーに入っていくのを見かける。

「ねえ琉梨」

「んん?」

「あの髪の人………」

 声を潜めて琉梨に耳打ちをすればちらっと琉梨もその人物を確認する。その白い人影は奥へと進んでいく。

「おぉ~う。この状況の適任者がいるじゃあないの~♪」

 そう言うとおいでと私の手を引いてその人に近づく。段々近づくその人物の容姿に少し前までの記憶が蘇る。

 そうだあの人だ。森羅堂の店員加賀下学だ………だが何故ここにいるのだろうか

「おーいマナー」

 琉梨は声を張ってその人を呼んだ。マナと。

「マーナー」

 そこで私は気づいた。この人が学(がく)の姉だと。

 マナと呼ばれているその人は電池を見たまま反応が無い。髪の隙間から光る青と金の固形物を確認しなければ今頃マナという人物の印象が悪くなっていた。

「……マナぁ」

 それでも反応が無いことに少しは思うことはある。

 ポンポンと琉梨が肩を叩いた所でようやく気がついた。

「うわぁお!ごっめーん気がつかなかったぁ」

 彼女は慌ててワイヤレスイヤホンを外して話す。赤紫の瞳が前の階で出会った彼とは違うことを実感させる。

「誰だ?!」

 彼女は甲高い声で私に注目する。

「夢咲希望です」

「加賀下(かがした)学(まな)っ学ぶの学でね、ガクと同じ名前なんだ!よろしくね」

 何度も何度も自己紹介をした所為で食い気味に言ってしまったが、彼女の反射神経も速いようで何も気にせず彼女は自己紹介をしてくれた。

「元気だねー」

「いつもどおりだよっ」

「元気な二人」

「あ、そうだぁ!マナぁ、今日引っ越して来た希望の家電探してるんだけど一緒に見てくれないー?」

「いいよお!暇だったから」

 マナはそう言うと今居る電池コーナーを出て上に垂れ下がっているジャンルを示す看板を見ながら喋る。

「まずドレ見たい?」

「ん~……ラジカセってイイのあるかな?」

「あるよ~」

「ラぁジぃカぁセ~?今何年?」

「ウルサイ。いいじゃんラジカセ買ったって」

 琉梨の馬鹿にしたような声色にムッとするが、時代遅れだって自覚している。だがあのちょっと廃れた音が聴きやすい最新のステレオ音よりも馴染みがあって好きだ。

「ラジカセ見に行く?それともテレビの方早めに見ちゃう?」

 マナは目の前で展示されている極彩色のモニターを見て尋ねる。

「う~ん……要らない」

「要らない?」

「うん……」

「本当に?」

「…………うん」

 しつこく聞いてくるものだから何故か物欲が沸いてくる。

「ちょっとだけ見てみる?」

「……う~んん。うん」

 嬉しそうな顔で手を引く琉梨の馬力に体が前のめりになる。

「小っちゃいのがいい?」

 後ろから首を傾げながら聞くマナ。

「……一番小っちっちゃいのってどれかな?」

 彼女は右側へ走るとブンブン手を振って主張する。琉梨と私で掛けて向かう。

「これが一番小っちゃいテレビだよ。十二半インチ」

「ちっちゃぁ~」

 琉梨が先に感想を呟く。

「お風呂で見る用だからね」

「もう少し大きめがいいかも」

「だったらこのぉ……十九型はどう?今値下げ中だって」

「値下げ交渉もしちゃいなよ~?」

 値段を見ると一万五千円と表示されていた。

「うん。いいかも」

「じゃあ写メ撮っておくね~」

 琉梨がそう言って携帯電話を取り出そうとする頃に店員が後ろに立っていて私はビクっと肩を震わせた。

「其方の商品此方で取り置きしておきましょうか?」

「あのその前に値下げ交渉していいですか?」

「ちょっと琉梨っ」

 急に出しゃばってきた彼女の肩を叩いて主張する左手を下ろさせる。

「そうですね………」

「学生なの~」

 可愛い声を出して店員さんに話しかける。

「う~ん………」

「彼女一人暮らしなの」

「…ちょっとお待ち下さいね~」

 私達に待ってと言うとスタスタとカウンターまで歩き去っていく。

「こ~れはイイ感じじゃないすか?どうですかマナさぁん」

 手をマイクとして口元に寄せるとマナにスッと移動させる。

「そうですね~。かなりの高得点が予想されますね~」

「何してるのよもう…マナもそんなのに乗っちゃだめ」

 琉梨にチョップをしてマナに言う。彼女はヘラヘラしながらそのコント面白いと呟いた。

「お待たせしました。いいですよー三千円値引きしまして、一万二千円でいいでしょうか?」

「やっすぅ~い!」

「凄いね!」

「買います」

 後ろで手を取り合って値段に喜ぶ二人をよそに即購入を決意する。

「他にも何かお買い物しますか?」

「ああはい」

「でしたらお会計時に店員にお申し付け下さい。その時までには準備致しますので」

「…ありがとうございます」

「じゃあラジカセ見に行こうっ」

 会話を見計らって突撃してきた琉梨にびっくりする。

「どーん」

 体当たりされて右によろける隙にマナが優しめの体当たりをしてきて琉梨とマナの間を挟み撃ちされる。ここまで仲良しなのか。

「ちょっと苦しい」

「ごめんねっラジカセコーナーはここだよ!」

 そう言うとラジカセが置いてあるコーナーに向かう。

「ここしかないんだよねー…でも沢山機能あるよ?リトゥース接続だしイイ感じだよ?」

「う~ん…」

 数少ないラジカセの商品概要を確認する。どれも最新のようで他社に負け劣らないように豊富な機能が携わっていた。私の求めていたのは小さなサイズで、円盤映像作品や楽曲を視聴する機能やリトゥースのように遠くからの遠隔操作なんてものはいらない。ただ小さくて持ち運び出来るラジオを聞ける機械が欲しいのだ。

「あ、これは?ノゾ好きそう」

「どれ?」

 屈まないと分らない陳列棚にそれはあった。小さなフォルム。サイズは自分の持っている携帯電話よりも小さいが厚さがある。イヤホンジャックもあるし商品説明欄にもリトゥース機能もあることが良く分かる。

「これにする」

「それでいいの?」

「うん。私はこれが良い」

 商品の入った箱を持ってカウンターに行こうとすると琉梨に止められた。

「ちょっちょ、ちょいちょい~炊飯器はいいの?お湯ポットは?ドライヤーは?」

「平気だって」

「ドライヤーは乙女の必須アイテムでしょうがぁ!」

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