第4話 サカキとガク

「奇遇だね賢木(さかき)」

 数歩離れた所で誰かと再会した様だ。

 しかも琉梨もそれに反応すると知り合いらしく会計コーナーに足を進める。

「ミカド~!」

「琉梨もっ?!え~!奇遇じゃん」

 琉梨の友達の多さに驚いていると賢木ミカドと呼ばれた彼は私の存在に気づいて手をふりふりと振った。

 初対面なのにと思ったが私も笑顔で振り返す。

 それが好かったのか商品である本の入った袋を受け取るとこちらに近づいて来た。

「僕賢木帝(みかど)っ探偵してるんだ!」

 勢い任せに言われる。成程、琉梨と同じテンションの人か。

「これ名刺ねっ」

 帝は勢いのままハーフパンツのポケットから名刺ケースを取り出すと本物の名刺を渡した。

 探偵・賢木 帝と中心に大きく印字された下にはしっかりと携帯の電話番号に事務所であろう住所と郵便番号、メールアドレスも印字されている。

「じゃあ僕3階のカフェに居るから!バイバイ」

 そう言うとパタパタと走り去った。

「んで希望は何か欲しい本ある?」

「んんー……」

 特には無かったが琉梨の言葉にあ、と思いだした。

「教科書買った?」

「……あ。買ってない」

「じゃあ買お!私も買ってないんだー」

 そう言うと二人でカウンターまで行き、琉梨の言葉に店員が顔を向ける。

「夢前学園の新入生の教科書が一式欲しいんですけどー」

「えー。附属中学校のですか?」

「いえ私立夢前学園の新入生の教科書です」

 そう言うと店員は頷いて少々お待ちくださいと言い、カウンター横に置いてあるデスクトップパソコンに視線を向けマウスをカチカチと操作する。

「あーはいはい。では寮室に無料配送しますがそちらでよろしかったでしょうか?」

 私立の高校はそんなことが出来るのかと口を開けて感心してしまう。

「じゃあそれでお願いします。いいよね?希望」

「うん」

「かしこまりました。あ、差支えなければお名前と寮室の番号も教えてもらえないでしょうか?」

 店員はエプロンのポケットから手帳を取り出すとそう尋ねた。

 確か私の寮室は…………

「祭華琉梨です。祭りに豪華の華で、王へんに流れるで果物の梨です。寮室は2のKです」

 スラスラと言う琉梨に合わせてボールペンを動かす店員さん。ペンの動きが止まるので視線を上げると私の言葉をじっと待っていた。

「あ。夢咲希望です…夢が咲くで、キボウです。寮室は2のQです。お願いします」

 そう言うと店員は笑顔でかしこまりましたと言った。

「教科書代はお二人とも支払われているので代金は要りません。ありがとうございました」

 教科書代については支払ったかは曖昧(あいまい)だが、きっと入学金と一緒に入っていたのだろう。

 琉梨に顔を向けると彼女はもう背を向けていて『新たな出会いとともに』というキャッチコピーのポスターと並ぶ日記帳やスケジュール管理帳の陳列棚(ちんれつだな)に興味を示していた。

「昔のこと覚えてる?一緒にさ、交換日記つけたよね」

 琉梨は一年間を記録する厚めのダイアリーブックを手に取りながら言った。

「そうだったね。二人でお小遣い割勘で出してね」

 私も琉梨と同じ本を手に取りパラパラと捲(めく)る。

「ね、今度はさー三年間の日記帳つけてみない?」

「はあ?」

「三年間さ、頑張って頑張って日記つけてそれを卒業の日に交換して、また返す時に会うってやつ」

 琉梨はそうやって私との関係を繋ぎとめてきた。私もそれを提案されるのを心の内では願っていたかもしれない。

「……そうだね。面白いかも」

「じゃあ決まりっ一緒に買おう!」

「色は同じにする?」

「しなくてもいいよ?分りやすくしようよ」

 そう言って琉梨は黄土色の合皮で作られた三年間記録出来る日記帳を手に取る。

 私も目の前にあった黒い日記帳に手を伸ばして二人でもう一度会計に戻る。

 店員は笑顔で対応した。

「次はあそこの画材屋さんに行く?」

「いいよ」

 琉梨に提案されたまま向かいの画材店へ向かう。

「森羅堂(しんらどう)………聞いたことあるかも」

「けっこう何でも揃う画材店みたいだよ」

「そうなんだ」

 入店すると一気にインクの香りや木の独特の香りが鼻につく。

「副教科の専攻美術にしたんだよね。だから画材セット買わないとね」

「あ。私もだ」

「そうなの?じゃあ買お買お」

 そう言うと琉梨は店内を見回した。画材セットのコーナーを探している。

 私も探すと一番奥にそれらしいコーナーがあった。

「琉梨……」

 声を掛けようとしたら琉梨はその場に居ない。

 何処へ消えたのか視界を広げるとアクリル性絵具の商品を補充している店員に話かけていた。

「ねえ学校で使う絵具セットってドレだっけ?」

「ちょっ…?!琉梨」

 しかも急にタメ口を使っている。

「………」

 店員である白い頭髪の青年も黙ったままだ。

「琉梨失礼だよっ」

 琉梨の頭を小突こうと手を振り上げると自然な流れで店員が私の手を受止めた。

「へ?」

「え?」

「………」

 そのまま手をゆっくり下ろさせると店員は無表情で呟いた。

「気にしてません。お求めの商品は此方(こちら)にあります」

 店員はそのままスタスタと商品のあるコーナーへと足を運んだ。

 私は琉梨に目配せすると琉梨は苦笑いを浮かべた。琉梨も今の行動には見たところあまり関わりがないようだった。

「私立夢前学園の美術専攻の指定教材はこのポスターカラーのセットと彼方(あちら)に置いてあるデッサン用鉛筆の六本セットですが。鉛筆デッサンに関しては三本セットのを購入しても何ら問題はありません」

 棒読みの言葉に呆気(あっけ)に取られる。

「ガクくんありがとー。さっきはびっくりさせてごめんねー希望はね私がガクくんにタメ口使ってるのを注意しようとしてただけだから」

「………」

「……この人も知り合い?」

 この店員も知り合いなのか。

「うん。無口なガクくんだよ」

「……加賀下(かがした)学(がく)です」

「夢前希望です。……さっきは誤解させてごめんなさい」

「……こちらこそ」

「ねえ、マナちゃんは?」

「姉さんは多分、上の階にいる」

「そっかそっか-。ありがとー」

 そう言うと琉梨はひらひらと手を振る。

 それを確認して加賀下学は一礼してその場を後にした。

「ほー。ポスターカラーか………ポスターカラーってなんだろうね?」

 画材を取出しながら琉梨は言う。

「さあ。私も絵なんてもう学校でもやってなかったし……なんか、水彩とかアクリルとはなんか違う感じだよね」

 私も赤い箱を持ち上げる。中学の時散々持ち運びした絵の具セットの重さよりは大分軽いがまだ分らない。

「まあとりあえず買うか」

 そう言うと視線をデッサンコーナーに目を向ける。

「確か三本でも問題無いって言ってたよね」

「でもやっぱり指定の六本買った方が良いんじゃない?」

「う~ん…………」

 二人で悩みながらもデッサンコーナーに立ち寄る。

 A六サイズからA一サイズのスケッチブックが積まれた陳列棚(ちんれつだな)の上の見やすい所に一番柔らかいものから硬い鉛筆がアクリルのペン立てに小売されている。

「小売の方が安かったりするよねー」

「でも六本セットを買う前提(ぜんてい)だったら断然セットだよ」

 小売の隣に並んである茶色い和紙の封筒の中に入っている鉛筆を手に取る。

 透明なフィルムがついていてそこからは鉛筆の硬度が分る。

「でもなー、使うか使わないかの鉛筆買うよりは三本の方がよくない?」

「私達初心者なんだよ?六本買おうよ」


 結局二人で六本セットの鉛筆を買った。

「むー。絶対六本なんて使わないよう」

「その時はその時だよ」

 お会計をしている間もぶつぶつと文句を言う琉梨。

 自分も適当に言葉を話す。ちらりとキーをタイピングする学(がく)を見ると彼と目が合った。

「……これ寮室に運びますか?」

 唐突に投げかけられた言葉にビックリする。かなり無口な人だと思っていたから。

「え?いいの?」

 自分が話すよりも先に琉梨が学に言葉をかけた。

「いいですよ。どうせ帰りは同じですから」

「ありがとう!じゃあよろしくねー!」

 琉梨は嬉々として財布から代金を取る。

「ありがとうございます」

「いえいえ」

 なんとなく一礼すると会釈で返される。

 何故か不思議に思えた。

「ありがとうございました」

 そのまま二人で振り返らずに店を出た。

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