第2話 櫻木公園を抜けて、猫パラダイス

「いち、に、さん、しっ」

「いいよお!そのまま櫻木公園に行こうかあ!」

 その言葉の通り、私の掛け声を中心にジョギングは止まらない。

 それは信号待ちの横断歩道でもだ。

「ちょ、まだ足動かすの?」

「勿論さぁ!」

 信号はまだ青に変わらない。こんな待ち時間にも愛は足を動かし続ける。息の上がる私と琉梨はもう限界だと足を上げなかった。

「愛~、私もう無理ぃ」

 琉梨も流石に音を上げている。それに彼女はぷりぷりとするが腿の上下運動は怠らない。

「もう。二人ともモヤシちゃんなんだから!炒め物にして食べてやる!」

 ぷりぷりする顔はとてもあどけなく、子供みたいだなと感じる。

「あ、そろそろ信号変わるよ。うぅ~やだな~」

「はいっ足を交互に動かして!」

 横で青信号の点滅を確認した琉梨の言葉に反応して愛は運動を再開するよう言う。

 信号がパッと青に切り替わると同時に愛の足は大きく前進し、私達を先導する。

「あと少しで櫻木公園だよーがんばろぉ」

 琉梨が私に励ましの言葉をかける。琉梨もゼエハアと息を上げて走るところを見ると彼女も体力が落ちたんだなと感じた。


 私と彼女が出会ったのは春だった。暖かい風、暖かい太陽、暖かい空気、暖かい公園。

 私は独りで公園に居た。

 風に吹かれても揺れることがないブランコで大きな木の木陰に隠れて私は小さくブランコを揺らしていた。幼い私は引っ込み思案で中々友人を作ることが出来なかった。

 そんな私の隣にガシャンと音を立てて座るサイドテールの女の子。明るい髪の毛が木漏れ日に照らされて星がキラキラしているように見えたのが彼女の第一印象だ。

 そして明るい髪色に合う無邪気な笑みで私の顔を覗き込んだ彼女は

「一緒に遊ぼう」

 と、声を掛けてくれたのだ。

 それから私は彼女と共に遊び、昼寝をして、笑い合って、ふざけあった。それくらい私と琉梨は一緒だった。

 夕暮れの帰り道が唯一離れ離れになる程。琉梨と離れるその時だけは寂しかったけれど、家に着いて二階の父の書斎の窓を開ければそこには琉梨が居て、可愛いお部屋の窓辺から元気良く此方に手を振ってくれるのだ。


「希望ぃ、あとちょっとで終わるって!頑張ろぉ!」

「ぁ、うん」

 ボーとしている間にそこは桜の舞う木々と舗装された道を走っていた。

 辺りを見回すと琉梨と愛と共に走っていた筈なのだが、見知らぬ男性が一緒に腕を振っていた。

「だれ?」

「ええ?!」

 思わず口に出てしまった言葉にその男は反応した。

「俺空気?存在感薄かった?それとも、自然過ぎたのかなぁ?」

 あたふたした様子で愛に話かけているところを見ると知り合いなんだろうと解る。

「舞瑠(まいる)自然過ぎだったんだよぉ」

「ごめんなさい。ちょっとボーとしてて。……いつから走ってるんですか?」

「さっき走り始めたばかりだよぉ…?」

「こりゃあ駄目だ。かなぁりボーとしてたみたいねー」

 舞瑠と呼ばれた彼の背中をポンポンと撫でて慰める琉梨。走りながら琉梨は説明する。

「彼はね参迦(さんか)舞瑠くんで、私達と同じで夢前学園の生徒さん!勿論同い年ぃ」

「よろしくお願いします」

「結構自然に走ってくれたもんねー。仕方ない仕方ない!」

「夢咲希望です。さっきはごめんなさい」

「いやいいんだ。仕方ないから」

 丸い髪を掻いて申し訳ないと顔に表す。

「はぁ~………それじゃあ私と希望はデパートに行くからお二人さんで仲良くジョギング楽しんでねー」

「え?」

「あいあいー!」

「ええ?!」

 この人もジョギングの餌食になった。ジョギングから解放されることもあって舞瑠に対する哀れみが生れる。

「頑張って」

「そんなぁ。夢咲さんまで……」

「ゴーゴーゴー!」

 櫻木公園の北口を出て私と琉梨で二人の後姿を見送った。手を振ると背後を確認した愛と舞瑠が反応して力無く手を振り返してくれる。


「面白い二人でしょー?」

「うん……もしかしてあの二人って付き合ってるの?」

 疲労が足に蓄積しているが、目的地はもう少しと言うのでゆったりと歩く。

「うんん。でも愛の周りに居る人のほとんどは友達以上恋人ギリ未満な人が多いかなー」

「なんなのギリ未満って」

「ギリ未満はギリ未満だよ。ほら、愛には伝わらない一方的なエモーションっ」

 そう言うと私に向かって投げキッスをするのですかさずそれを避けた。

「キモイ」

「言いますなー」

「ナー」

 琉梨の口から発せられた音ではない声が何処かから聞こえた。私はそれに過剰に反応して顔を右往左往と動かす。

「え、なに?どした?」

「黙って」

 私にはこの声の主が分かっていた。琉梨の口に手を当てて辺りを見回す。するとトコトコとコンクリートの塀を歩いている黒猫を捕えた。

「猫ちゃ~ん♡」

「うへぇ……希望の猫好きモードが発動しちゃったよぉ……」

 琉梨の独り言を気にせず黒猫を追って歩く。

「猫ちゃっ!待って猫ちゃん!」

「ねぇデパートはぁ!?」

「静かにっ、猫がビックリしちゃう」

「人のこと言えないよネコバカぁ!」

 猫を追いかけるとその仔は塀を降りると道路を横切った。静かに見守ると黒猫は空き地へと吸い込まれた。

 かなり広めの空き地でそこを覗き込むとそこには町中の猫が集合していた。

「はぁ~…♡ 楽園じゃなぃ……」

「ふぅ~ん……あ、ミケだ」

「えっ?三毛猫!?」

 琉梨の言葉に反応して物陰から顔を出して三毛猫を確認するが、見つからない。

「ちょっと嘘吐かないでよっ」

 理不尽に苛立って琉梨を睨むが琉梨はきょとんとした顔で続ける。

「いやいや。みけ居るって……ぁ」

「三毛猫なんて何処に居るのよ」

「呼んだ?」

 声を張って言うと、真横から別の声が聞こえた。

 ビクッと身動ぎ声のした方を見ると可愛い顔の少女が私の顔を覗いていた。一体何時から居たのだろうか。

「ほら。みけちゃん」

「みけだよ?」

 挙動が猫みたいで目の前の少女に何とも言えぬ癒しを感じる。

「かわぃぃ……」

「おっとぉ。みけの可愛さに悶えていやがる」

「猫みを感じてる………」

「?」

 猫と同じ挙動をする彼女はコテンと首を傾げるとそれに合わせてパーカーに付いている猫耳も揺れる。可愛い。

「みけちゃん。今ね、この子。猫にやられて正気を失ってるから自己紹介してあげて。きっと正気になるから」

「うんっ三ヶ島(みかじま)みけって言います。よろしく~」

「うん……うん。よろしく。……夢咲希望です」

 きっと他人から見て気持ち悪いと思うような反応をしているのにみけは自分から私の手に触れキュッと握ってくれる。ふにふにと肉球みたいに柔らかい手の握手にまた萌え悶える。

「……かわいい」

「だぁめだこりゃ」

「ぎゅうが良かったかな?」

「多分もっとダメだよんみけちゃん」

 はぁと溜息の音が聞こえるが構わない。私はもう三ヶ島みけちゃんの虜だ。

「これからもよろしくお願いします。私夢前学園に入学するの」

「私もだよー。同じクラスだといいねー」

「うん!」

「んもう!デパート行こ!ごめんねみけちゃんお邪魔しましたあ!」

 無理矢理みけと引き剥がされて不遇な別れをした。猫もまだ観察したかったが不思議なことにみけが猫達を呼んでくれたおかげで私は幸せな気持ちでデパートへ向かうことになった。

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