夢前日記ー革命編ー
AILI
第1話 四月一日。夢前町にて
春の風が桜の花弁を踊らせる中、「夢前町で御座います。ご乗車ありがとうございます」の女性のアナウンスがバスの中に響く。
私はバスが停車する前に立ち上がりバスの手すりを右手で掴んで二人掛けの椅子から離れ一気に進む。運賃を支払ってバスを見送った。携帯電話を取り出して無料通話アプリを開く。アイコンボタンをスワイプして相手の応答を待つ。
通話相手は両親や親族、ましてや恋人でもない。私の幼馴染の少女。
「もしもしぃー今降りたよ。今日は風が強いね今どこにいるの?」
私の声を確認した後、陽気な声が鼓膜を震わせる。
『希望(のぞみ)ぃー?久し振りぶりだね! 今ね櫻木(さくらぎ)公園にいるんだよね分かる?』
「そうなんだ。ちょっと分らないかも」
辺りを見回すと大きな町案内の看板が見えるが、彼女には伝えなかった。
理由はある。私は長旅で疲れているので、足の速い彼女が此方に出向いた方が早く再会出来ると思ったのと、早く彼女が笑顔で此方に手を振る姿が見たかったからだ。
『そっかそっか。じゃあ私がそっちに行くね!場所はバス停でしょ?待っててねー』
ほら。優しくて単純な彼女は私の為に来てくれる。通話を切って私はバス停の前でじっと待つ。その間私は別のSNSアプリを起動する。
起動させると画面上には自分のアバターがベッドから起き上がり外へ出る動作をする。
そして広がるのは架空の地図。そこには個人と交流出来る戸建住宅とグループを作って交流出来るマンション住宅、アバターの服装や装飾品を買うことの出来る商店街と様々な機能のある娯楽あるソーシャルネットワークサービスだ。
そして私はマンションのアイコンをタップする。そこは彼女が教えてくれた夢前町のほとんどの住民が登録しているというサーバー部屋にアクセスする。
———希咲さんが入室しました———
希咲【おはようございますー】
十色【おはようございます】
さんせん【おはようございます】
十色【もしかして夢前町に着いたんですか?】
希咲【はい】
さんせん【おお】
十色【ようこそ辺鄙(へんぴ)な田舎町へ】
希咲【いや全然へんぴなんかじゃないですよ。町も建物もきれいだし】
さんせん【それはそこに住んでる富豪様のおかげだね】
十色【有難や】
———旁さんが入室しました———
旁【おはようございますーログ見ました。ようこそ夢前町へ】
十色【旁さんだ】
希咲【おはようございますーありがとうございます】
旁【デパートには行きましたか?オススメしますよ】
希咲【デパート?】
十色【ごめんなさいジョギング行ってきます】
———十色さんが退出しました———
旁【十色さんお疲れ様ですー。 そうですデパートです】
さんせん【十色さんお疲れ様です。 そうですね。デパート見てください】
希咲【乙です。 観光資源だったりするんですか?】
旁【そうですね。夢前町で自慢出来る建物だね】
さんせん【俺も今日デパート行くんですよ。開店時間ももうすぐだし俺抜けますね】
希咲【お疲れ様でしたー】
旁【お疲れ様ですー】
さんせん【お疲れ様です】
———さんせんさんが退出しました———
希咲【あ、私も抜けます。友人がきたので】
旁【はいー 楽しんで下さいねー】
———希咲さんが退出しました———
「おーい!希望(のぞみ)い!」
遠くから聞こえる声の方に顔を向ける。そこには大手を振って此方にやって来る幼馴染の姿。
「琉梨」
心なしか自分も笑ってしまう。彼女が無邪気な笑顔を見せるから。
「安心した」
「ええ?どうしたどうしたぁそんなこと言っちゃってぇ」
私の気持ちなんて知られてほしくない。それにいつも通りの私じゃない言葉を言うとすぐに調子に乗るからこんなこと再会と別れの時しか正直言いたくない。
「うるさい」
「良かったぁいつもの希望だ」
そう言うと琉梨はㇵッとした顔をすると尋ねた。
「これから何処行きたい?この時間ならデパートが丁度開店するよ」
デパート。
SNSの人も言っていたこの町で大きなお店。
「それとも櫻木公園でお花見デートしてから商店街行ってぇ教会行ってぇ神社行ってぇの、デパートにする?」
「なんでデパートが最後なのよ。その前にお腹が空くよ」
「んなこたぁないよ!商店街には駄菓子屋もあるから駄菓子買い込んでお昼ご飯に出来るのよん?」
「百円未満のお昼よりも千円位のお昼ご飯食べようよ」
呆れながら言うと琉梨は分り切った答えを出し渋る。
「タメるな」
「あぁい!んじゃあ櫻木公園を通ってからデパートへー……ゴゥ!」
「時間稼ぎ?」
小学生の頃よりも大分パワーアップしたテンションに溜息を吐きながらバス停からようやく道を進もうとした所で誰かに声を掛けられた。
「おーい!おはよー!琉梨ちゃん」
如何やら琉梨と面識のある女性らしい。二人で振り向くとそこには朝ジョギングする部活の女子高生といった風貌の女性が此方に向かって走って来ていた。
「おはよー!愛(あい)、今日はジョギングなの?」
「そうだよっ一緒に走る?」
二人のテンションはとても似通っていて相手に失礼なの言葉で表現すれば琉梨が二人存在しているみたいだった。
「ごめんー今日は先約ぅ」
「あー!もしかしてっ」
彼女は私の顔を見るとぱぁっと明るく笑った。彼女の笑みもとても眩しく見える。
「もしかしてアレだね!?新住民さんだね!?初めましてっ結(ゆい)野(の)愛って言います」
「あ…、夢(ゆめ)咲(さき)希望(のぞみ)です」
彼女のテンションに負かされて勢いのまま答えてしまった。
「へー、この町と同じ名前なんだね」
「漢字だけ違うの。この町は前で私の名前は咲」
「前咲の違いー♪」
変な歌で場を茶化す琉梨を気にすることなく結野さんは私にスッと手を差出して握手を求めた。私は手を重ねた。
「よろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします」
「愛は同い年だからタメ口オーケーだよ?」
「え?」
「そうっ!タメ口歓迎!」
二人のテンションの高さが恐ろしい。私はまた溜息を一つ吐いて
「よろしく結野」
と呟いた。
「ということでジョギングをしよう!」
「話が飛躍してるよ結野」
「愛でいいってー」
「もう一度言うね。親睦は深まり過ぎてるよ愛」
最早私のことを友人と認識してくれるのは大変有難いのだが、エンジンがあまりにも急すぎる。これが実際の道路だったら大事故である。
「そうだよ愛―。希望は長旅で疲れてるから軽くじゃないと参加出来ないよ?」
そして何よりも琉梨がそのエンジンにエナジードリンクを注いで私に巻き込み事故を起こさせるのだ。
「参加する前提で言わないで」
「大丈夫大丈夫。軽めだから」
「軽かろうが重かろうがジョギングをしないって選択肢は無いのお二人」
「ないっ」
「愛に同じっ」
「この脳味噌単細胞!」
出会ってまだ二分くらいしか経っていない人とどうしてこんなにもなれたのだろうか。
今では嬉しさよりも疑問が勝る。
「はい、いっちに!さんし!いっちに、さんしっ」
「何でジョギングしてるのぉ?」
「健康の秘訣は体を動かすこと!しのごの言わずに声出しさんはい!」
「おいっちに!さんし!」
この一連の空気を支配する愛は時々チラチラと後ろを振り返っては私と琉梨が腕を振りながら走っているのを確認する。琉梨は掌握されたままハキハキと四拍子を唱える。
「ほら希望もっ」
同調圧力は三人でも効果があるのかと考えながら腹をくくる。
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