第17話 早朝、ハウスにて

「………」

 メイジの朝は早い。だが、今回は心細さといびきをかいて寝ているシロで早めに目が覚めた。

「ナイト……」

 メイジはシロの隣でスヤスヤと寝息を立てて寝ている傷だらけの獣人を見て呟く。

「本当に馬鹿」

 そう言ってメイジは傷ついた部分に手を当て回復魔法を使う。

「シロはまだ才能を開花していないし、私だって貴方が居ないと何も出来ないんだから。……無理しないで」

 メイジはナイトに布をかけてハウスを出る。

「メイジ……」

 扉を開ける前にそんな声が聞こえてメイジは振り返る。

「…えへへぇ~ミートおいひぃ~ね…」

 寝言のようだ。メイジは呆れて溜息を吐いてハウスを出た。




人魚の湖にて

 メイジはやっとの思いで辿り着いた湖はとても澄んでいた。メイジは手で湖の水を掬い取り顔に浴びせる。

「…はぁ~気持ちいい……」

「そんなに気持ちいいの…?」

 メイジは驚いて後ろを振り向くが誰もいない。はぁ、と溜息を吐いたメイジは湖に目を向けると人がメイジの顔を覗き込んでいた。

 堪らず後退りすると、その人は口をパクパクさせながら上体を陸に着ける。

「え、あ。…え?」

 メイジは目を丸くして彼女を見る。彼女はあたふたしながら水面に鼻まで沈める。

「……」

「……さっき私の声が聞こえたのよね?」

 ぶくぶくと音を発しながら彼女は濁(にご)って話す。

「どうして?水に触れたからなの?それとも、そういう種族なのかな……?」

「貴女、もしかして【マーメイド】?」

「すごいっ!あなた物知りなのね!」

 濁る声からでも彼女の声は愛らしく愛らしく美しいと感じる。

「…ボンベ」

 メイジは呪文を唱えると掌(てのひら)から出現した大きな泡を顔に近づけて泡の中に顔だけ入れた。するとメイジは湖の中にポチャンと沈む。

「あなたは何でも出来るの?それとも皆がしないだけなの?教えて!」

「まず、貴女が【マーメイド】だと分かったのは水面から出たのに声が出せなかった事。書物の一説に貴女達の昔の種族が水中でも生きれるようにとか、陸を捨てたとも書かれていたから、少し興味があったの…それと、これが出来るのは私だけだから。この事は秘密にして欲しいの」

「ええ、分ったわ!私の名前はアクアよ。そうなんだ、私おじい様よりも昔を知らなかったから、知れてとても嬉しいわっ」

「メイジよ。よろしくアクア」

「メイジさーん。何処ですかー?僕ですオービットですぅー居たら返事して下さーい」

 地上からそんな声が聞こえてきた。メイジは少し困った顔をしてアクアの顔を窺う。

「早く行ってあげてよっ私はここで待っているわ」

 当の本人は笑顔でメイジの別れを受け入れる。

「そんなすぐには帰って来れないわ。せめてもう少し時間が経ったらまた会いに行くわ」

 そう言ってメイジは地上に向けて足を蹴る。アクアが笑顔で手を振るからメイジも笑顔で手を振りかえした。


———ぷはぁ

 小さな水飛沫を上げてメイジは口を開けて酸素を取り込む。ボンベの呪文で出現したあの大きな泡は水面から出ると共にポンと音をたて弾けて消滅した。それを目撃していた大きな弓を背に携えて手に小さな弓矢を此方に向けて警戒している【エルフ】オービット。一瞬目を見開いて彼はすぐに弓矢の力を緩める。

「…驚かせてごめんなさい」

「いえ、此方こそ。お客様に矢を向けてしまうだなんて…なんとお詫びすれば…」

「いえいえ、私こそ。【エルフ】がこんな所で水浴びしてるだなんて思いもしないだろうし」

 お互いに謝り、オービットは全身びしょ濡れのメイジを湖から引き揚げた。

 メイジは呪文で衣服を乾かした。オービットはそれに目を輝かせながら当の目的を話す。

「実は、昨晩メイジさん達が寝ている間に【ワーウルフ】の集会場に奴等が奇襲したらしいです。そこでメイジさんがよろしければ、一緒に巡回してくれませんか?」

「ええ。構わないわよ」

「嗚呼良かったです!では、早速巡回しましょうか。今回はトワイライトバリーのギリギリの区域まで巡回させていただきますね」

「エスコート、よろしくお願いしますわ」

「勿論で御座います、お客様」

少し芝居がかった二人は微笑みながら湖を後にする。

「ちなみにこの森はどっからどこまでが移動できるの?」

「主にミカエル様がいる神殿とそこを囲う神殿の森が僕らの拠点です。そこからフラン達が仕事をしている花畑や【ドワーフ】達が働いている渓谷鉱山よりも奥に佇むあの黒いお城前を囲む棘(いばら)道までが行動範囲です。でもあの棘道前までの荒地はジンマジン軍団もうろうろしているので皆行きたがらないだけなんだよ」

「ふーん」

 二人が何人かの【エルフ】と合流して巡回報告をしてる中、事件が起こるまで神殿の森区域でトラクト達を足止めしていたのはまた別の話。————————————————

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