第一章 一節 追憶世界

第2話 さよなら世界

 ジリジリ照りつける日差しの暑さと頭と目を刺激させる熱と光で少年は目が覚めた。重い身体を起こすと、覚めた眼は雲に少し隠れた朱い太陽の陽射しを捉えて日没である事を少年に教えてくれた。顔に当たる涼風に心地良い気分になりながら、夕陽の直射日光に照らされながら脳を回転させて冴えるのを待つ。片手を地面に付けると異様な熱さにすぐに手を離し今更ながら地面を確認すると、コンクリートである事が分かった。そして少年の袖が部活用ジャージである事から、少年は部活が終わり疲れた体を休める為に此処へ来て寝たのか、部活をサボって昼寝をしたのかが分かる。

 明らかに後者であるが。

 少年は学校の屋上で欠伸をして溜息を吐いてから体をもう一度倒した。

「おはようっ!」

「ぅおっ!?」

 いきなり聞こえた陽気で弾む声に思わず力の抜けた重い体を無理矢理むりやり起こす。

 少年は夕陽の逆光で見えなかった背後の人物の事を思い出す。

 その人物は少年と同じく部活用ジャージを着用し、少年から見て左胸にほどこされている刺繍ししゅうには「相羽あいば」とあった。少年はその文字と背後の人物とを確認した上で後ろを振返らずに話す。

「驚かすなよハイナ」

 答え合わせをする様に顔を後ろに向けると、クスクスと笑い少年を見る少女の姿があった。

 ハイナと呼ばれた彼女は笑顔で言い返す。

「そっちが勝手に驚いただけでしょ?」

 次に眉を吊上げて疑いの目で少年に言う。

「それに、何で来なかったの?部活」

 少年はバツが悪そうな顔をして言い訳を考える。だが武道が好きな彼女はこういうことには決して自分が勝てる事は無いのを知っている。寧ろ彼女に反論しようものならマシンガンの様に論破ろんぱ罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられる為、口を閉ざすままに時間が過ぎる。

「まったくお寝坊サンだな~シロは。どうせめんどくさかったんでしょう?」

 シロと呼ばれた少年にその言葉が胸に突き刺さる。せめてもの言い訳を話す為、先程自分が見ていた妄想にも似た夢の話をする。

「あのさ、夢…みたいなの見たんだ。辺りが真っ暗で、俺だけしか居なくて、浮いてて、白い床とかあって、声が聞こえたり…イテッ」

 少年シロの言葉を制止する様に少女はゲンコツをシロの頭にお見舞いする。

「何言ってるのかさっぱり分かんない。ホントにゲーム止めたら?オタクみたいで気持ち悪い」

「一言余計だよ。あと、オタクに謝れよ」

 そんな中でギィとびた金属を引きずる音が聞こえて二人は合わせて音のした屋上の扉を見ると、扉を開けた者が風で顔まで大きく揺れる黒髪を掻き分けながら此方を見れば、二人に、主にシロの方に苛立った顔でその人物は口を開く。

「お前またサボったろ。今度サボったらアイスなんか奢ったりしないからな。」

 そう言ってスクールバックと一緒に持っていたビニール袋からガサッと音を立てて、島で一番有名なアイスキャンディーのパッケージをちらつかせて

「食べる奴は居るか?」

 ニカッと笑って言った。


「シーバーってさ、ホントに海の味なのかな」

「デマだろ」

「甘いしね」

「そこがヤミツキなんだよ」

「安いしな」

「当たり付きだしね」

「……なんかCMに出れそうだな」

「有名な俳優と女優起用だな」

「金かかってるね~」

「地元の俳優さん女優さんがい~よ~」

 夕陽を見ながら三人の幼馴染がアイスを食べながら駄弁る。三人の「シーバーサイコー!」の声が夕空に響いたところで幼馴染として年上の少年クロがシロに念を押すように言う。

「いい加減ゲームは控えろよ。今度の試合に支障が出るぞ」

「そうだよ。個人戦ならまだしも、団体戦なんて勝目無いっしょ」

 アイスを半分食べながら彼等は話す。

「負けません~勝目あります~!俺今のクロより超、チョ~強ぇーから」

「よく言うよ」

「何だよハイナまで」

 食べ終わったアイスの棒をビニール袋に入れるハイナを見てシロとクロもアイスの棒を片付ける。

 ハイナは改めてシロに注意する。

「私もクロの意見に賛成よ。授業までサボって留年する気?」

「ちげぇよ」

 不穏な風が三人に吹きつける。

「じゃあ勉強しろよ。なんでそんなゲームのやる気はあって勉強や部活には無いんだ?」

「うるせ…」

「何その態度…クロがせっかく心配してんのに…」

 突如として暗雲が夕陽を隠して空を覆う。

「―――居場所が無いからだよ………」

「はぁ?」

「どこが無いのよ」

 空気がよどみ、幼馴染三人の心に溝を作らせる。

「無いだろ!?剣道なんか強くても皆には試合だけしか話しかけてもらえないし、サボってたら悪口言われるし、いざ部活に顔見せりゃ何しに来たの?みたいな顔されるしよ、辛いし、やってられっかよ!勉強が何だよ!出来るなら偉いのかよっ」

 学校の校旗がバタバタと音をたてて風にあおられる。

「誰もそんな事言って無いだろ」

「そうよ。分かんないなら私達が教え…」

「教えてって言えねぇじゃん!」

 シロは初めて二人に激昂の混じった声で叫んだ。悪ふざけで言う声とは大違いの本気の一喝。

 ピリついた屋上でクロとハイナは目線を合わせようとしないシロの言葉の続きを待つ様に固まる。シロは体中が火照る感覚を覚え下を向きながら一息吐いて口を開く。

「俺の頭じゃ二人に追いつける事も出来ないし………ハイナとクロのこと見てたら分かんだよ。お前ら付き合ってんだろ?」

「冗談は顔だけにしてよ」

「ラブゲームのやり過ぎじゃないのか?」

「んじゃあ証拠見せろよ!」

「んなモン無いって」

 暗雲に空洞が出来て小さな光が輝きを増す。

「ほら無いじゃん何が違うんだよ!どうせ俺はゲームオタクでキモイさっ!おまけに先生にも呆れられる程馬鹿だよ!どうせ俺が居眠りばっかして冴えない奴だって陰で思ってながらこうして幼馴染だから仕方なくつるんでるんだろ?!嘲笑ってるんだろ!?いいさっ俺が留年しちまえば会う機会も少なくなって二人でウハウハして楽しめよっ!もうそんな奴の顔なんかもう見たくねぇよ!早く二人で帰ってラブラブランデブーしてどっか行けよ!消えちまえ!!」

 その言葉と共に頭上で鳴る筈の雷鳴が屋上の出入口に轟いた。

「きゃあっ!」

 ハイナが頭を抱えてしゃがんで怯える様子を見て二人の顔にも動揺が表れ身震いをする。

「どうなってんだよ!」

「今日の夕方に雨の予定は出て無かった筈だぞ」

 その言葉を機に地面のコンクリートが揺れる。

 これを三人は自然災害と判断して最善策を考える。

 落雷で崩れ移動が困難になった屋上の出入口。対称的にある扉は園芸部の倉庫。下の階に移動するのがますます困難になり三人の顔に焦燥しょうそうが浮かぶ。

 やがて揺れは激しさを増してコンクリートに亀裂きれつを走らせる。

「シロ、ハイナっ!捕まれっ」

 クロがふと叫び両手を広げる。

 ハイナはクロの手を握る。少し戸惑いながらもシロはクロの手を強く握る。

「絶対に離さないからな!風が弱くなるまで耐えるぞ」

 不安を胸に三人は体を伏せて飛ばされないようにする。

 空には渦巻く闇が広がっていた。闇は亀裂の入った建物から徐々に吸込み自然災害以上に危険な状況を三人の目の前で見せつける。

 やがてその強い風はハイナを闇に連れ去る。 

 咄嗟とっさにシロはクロの手を離してハイナの手を握ろうとするが、その手は空を切り無抵抗な少女を暗闇の渦に呑込まれる光景を目に焼き付かせる。

 完全に崩壊した学校と共に彼女を追う様に二人も渦に呑込まれる。

「シロっ絶対生還するぞ!」

 宙に浮いても差し伸べられる手を見て明晰夢を思い出した。シロも手を伸ばして手を捕まえようとするが空振りする。

 クロはめげずに手を伸ばすが、大きなコンクリートの破片にぶつかり闇に呑込まれてしまった。

「二回目だ……」

 闇に呑まれながら見た自分の暮らした島の終焉を嘘だと思いたい。絶望的な状況の中でほんの数分前の出来事を走馬灯の様に脳裏に流して、シロは羞恥と後悔の気持ちを溢れる程に加速する鼓動と共に胸に残して終焉を迎えた。—————————

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