第16話「温泉にて」

1「大型連休」

 アイアディクス王国には、休魔獣期と呼ばれ、

一年に一度、一週間に渡って、すべてではないが多くの魔獣が活動を止め、

休眠状態に入ってしまう時期が存在する。

この期間の魔獣はただ休眠するわけでは無く。

特殊な防御障壁を展開するので、これがなかなか強力で、

破壊も容易ではなく、寝ている間に殺すという事は出来ない。


 魔獣は出なくなる上、寝込みを襲えないとなると、

休むしかないわけで、休魔獣期は、冒険者たちの大型連休となっていた。

その内、他の職種も、この時期は休むようになり、

アイアディクス王国の全体の大型連休になった。

もっとも、休みを行楽地で過ごす人々も増えるので、

そっちの方は逆に書き入れ時で、休みなしだった。


 さて、この長期休暇の時期、達也たちも冒険者としてだけでなく、

運送の仕事も、休みとなっていた。もちろん休みじゃない業種への運送もあったが、

そっちも休魔獣期前に終わるので、七日間は完全な休みだった。


 達也は、この世界に来て初めての大型連休だった。

まあ以前は仕事が少なくて、休みが多く、

その間は、鍛錬と修行と食料調達を兼ねた魔獣狩りをしていたので、


(いつも通りかな)


と達也は連休前の最後の仕事の段取りを事務所で、行いながら、

そんな事を考えていた。


 そこに、レナが声をかけてきた。


「タツヤ君は、連休はどう過ごすの?」

「いつも通りですよ。鍛錬して、魔獣を倒して食料を……って、

魔獣は倒せないんでしたね」


食料の備蓄はあるので魔獣を倒せなくても問題はない。


「ホントにいつも通りね、遊びに行くとか、そういう事は無いの?

連中だって、休魔獣期を返上して何かしてくるとは思えないし」


休魔獣期は殺し屋や盗賊さえも休むと言われている。

刺客たちもこの間や休むと思われる。

ただし行楽地の盗賊は別だが。


「僕にとっては、武術が遊びみたいなものですから……」

「ここ最近、忙しくなって、やっと纏まった長い休みなのよ。

たまには他の事で遊んだら」

「でも、遊ぶって何をすれば……」

「例えば、旅行とか……」

「旅行ですか……」

「皆も行くじゃない」


 確かにこの連休、みんな旅行に行くと聞いていた。

具体的な場所は聞いていないが、

メリッサ達は、マックスを含めた六人で、

ちょうど同じ場所に行くヒミコとアラハバキで向かうらしい。

ダンテス一家はベティが一緒に情報収集していることもあって、

ニーナと仲良くなって、一緒に、旅行に行くらしく、

足としてアトラナートを使うので、許可を取りに来ていた。

もちろん達也は快諾した。

あとカサンドラは、トラックで泊りのドライブに行くらしい。

それとアリア達も場所は決まってないが、どこかに出かける予定らしい。


「私も、旅行に行こうと思ってるの、タツヤ君ところの『海の温泉』もいいけど、

『山の温泉』も良いと思う」

「温泉ですか……」


達也は温泉が好きなので、話に食いつく。


「昔、家族と行った温泉地があるの、中々良い場所よ」


レナの気配から、本気でお奨めの場所である事は分かったし、

それ以前に、温泉が好きな達也は興味がそそられた。


「僕も行こうかな……」


と言うとレナが、


「じゃあ、一緒に行きましょう!」


そんな訳で、連休、達也はレナと一緒に、その温泉地へ行く事になった。







 さて達也が帰った後、レナは事務所に居て笑みを浮かべていた。


(上手く行ったわ)


実は彼女は、達也と一緒に旅行に行きたかったのだ。

もちろん温泉地の話は嘘ではない。彼女が昔家族と一緒に行き、良かった場所だ。

それに達也が誘いに乗らなくても行く予定だった。

達也は、恋愛絡みだけは読めないので、彼女の想いは知られることはない。

ただ、誘い方がまどろっこしいのは、直接誘う事を考えると、

顔が熱くなって、うまく話せそうになかったから。


(タツヤ君との温泉旅行……)


彼女は、達也との二人きりの旅行。

それを利用して、達也との仲を進展させようと企んでいた。


 しかし、不安もあった。


(妙な事が起きなきゃいいんだけど)


一応、盗賊や殺し屋さえ休むと言われるが、刺客が実際に休むかは分からない。


(まあ、みんなマキシでの移動だから、問題は思うけど……)


なお魔機神を使っての移動だけでなく、レナの館が敵の監視下にあるようなので、

それを利用して、転移ゲートを活用し、出発の日、みんなレナの館に集まり、

館内にあるボックスホームへの転移ゲートで魔機神に乗り込んだり、

アトラナの場合は、アリア達の住む家への転移ゲートを使って、

監視の無いアリアの家から外出し、街の外に出た後、

魔機神形態になり、そのタイミングでダンテス一家とニーナが、

転移ゲートで移動し出発するなど、

達也とレナ以外は、館に集まって外出していない様に見せかける事にしていた


 ただ不安の払拭は完全には出来なかった。


(まあ、何が起きようともこの旅行で、タツヤ君と……)


顔を赤らめ、


「ウフフフフフフフ……」


と笑うレナ。その様子を、忘れ物を取りに事務所に来たアリアが、

見ていることに気づいていない。


 そうして連休の第一日目を迎える。

温泉地までの移動は、車形態のカオスセイバーを使った。

なお、達也が誘いに乗らなかったら、レナには別の移動手段があるので、

足の確保に関しては、一切考えていなかった。

なお他の面々は、手筈通りに出発している。


 レナは、いつものように車の助手席に座っているが、普段とは違って、


(タツヤ君と旅行……タツヤ君と旅行……)


と思いながらウキウキしていた。

なおこの思いは恋愛感情から来るものだから達也には伝わらず。

ただウキウキしているのは目に見えているので、


「レナさん、よっぽど温泉が楽しみなんですね」


と言うだけだった。


 さて早朝に出発し、レナの案内で、昼前には目的の温泉地に着いた。

温泉街は賑やかで、宿泊できる宿も多くある。

しかし時期が時期なので、行楽客が多いのと、

予約をやっている宿は皆無なので、空いている宿を探すのが大変そうだった。


 まあ、カオスセイバーのボックスホームがあるので、

宿泊には困らないが、


(宿には泊まりたいわね)


馴染みの場所よりも、いつもと違う場所の泊まる事で、

いい雰囲気が出せるような気がした。


(それにボックスホーム内じゃ、メディスさんもいるし、

オートマトンの事も気になる)


メディスはからかってくるだろうが、邪魔してくるような真似はしないだろうし、

メアリーは留守番で、アトラナは別行動だが、

ヨシノがまだいるので、特に何もしてこないと分かってはいるものの、

どうも気になって仕方なかったのだ。


 幸いというか彼女が昔泊まった宿が、空いていた。

レンガ造りの老舗の宿で、古めかしいが、


「ここは、独自の鉱泉地から、温泉を引いてるんですね」


この辺の宿は、同じ鉱泉地から温泉を引いていて、

泊まる宿も、引いているが、

それとは別に、宿の主人が掘り当てた温泉も引いていて、

その事が宿の入り口の看板に書かれていた。


 そして部屋に入ると、


「悪くはないですね」


と達也は言い、


「でもいいんですか?僕と同じ部屋で」


空いていたのは二人部屋だけだった。

なおペット同伴もできるので、何時ものように、

達也の足元にはカグヤがいたが、問題はなかった。


「いいのよ。ここしか空いてなかったんだから、

それにボックスホームで、一緒に過ごすこともあるじゃない」

「そうですけど、寝室は別じゃないですか」


宿の二人部屋なのだから、一緒の部屋で寝ることになる。


 ここでレナは悲しげな顔で、


「私と一緒じゃ迷惑かな」

「いえ、そうじゃなくて……」


達也は顔を赤くしながら、


「男と女が同じ部屋と言うのが、そのなんて言うか……」


この一言に、レナも意識してしまい顔を赤くして、


「問題ないわ。それに決めたのは私なんだし……」


宿の人から二人部屋しかないと聞いて、

了承したのは彼女だった。


(タツヤ君との相部屋……この機会、逃してなるものか!)


この思いは達也への恋愛感情から来ているので、

彼には察することはできない。


「レナさんがいいというなら、それでいいですけど……」


と達也は答える。


 そしてレナは、この場を取る繕うように、


「それよりさ、出かけましょ、この温泉地をいろいろ案内してあげるから」


とレナは言って達也と一緒に出掛けるのだった。





 達也は、この世界に来て初めての温泉街であった。

街はレンガ造りの西洋風であったが、


「何だか、懐かしいですね」


妙に懐古感があった。どことなくだが、日本の温泉街を思わせたのだ。


「この温泉街の設立には異界人が関わっているらしいわ」

「どうりで……」


達也と同じ世界の住人、日本の温泉街に詳しい人が

それを元に作ったようだった。

なおこの温泉街は100年以上の歴史があるので、

その異界人は、もう生きていないと思われる。

 

 その後、二人は温泉街を散策する。

異界人が伝えたと思われる温泉饅頭らしきものが売っていたり、

温泉卵や、ここは炭酸泉が出るらしく、それを使ったジュースなども売っていて、

それらを食べたり、飲んだりもした。

やはり、異界人が関わっていただけあって、味はおいしかった。


 街並みもいいし、他にもいろんな施設があるので、楽しく散策できるのであるが、

途中、達也の顔が暗くなった。


「タツヤ君、どうしたの?楽しくない?」

「いえ、十分楽しいですよ!」


笑顔を作るが、実は達也はこの楽しさに水を差すような気配を感じていた。


(ミズキ・ラジエルがこの街にいる……)


かつて対峙した暗黒教団の神官ミズキ・ラジエル、

その気配がこの街からするのだ。

つまりこの温泉街に、暗黒教団の連中がいるという事。


(どうしよう……)


 この事をレナに伝えるべきか、悩んだ。


(レナさん、楽しそうにしていたからな。そこに水を差すのも……)


その後、街を散策しつつも、悩んだ末に話さない事にした。

もちろん無視するつもりはない。

相手が単に温泉を楽しみに来たようには思えないからだ。


(あの村の時にように、何かする気だ)


何かあれば、レナだけじゃない、この街が危険にさらされる。

かつて、レナからは関わるなと言われていたが、

それでも黙ってはいられず、秘かに対処しようと思うのだった。

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