2「温泉街にて」

 引き続き、温泉街を散策する二人。


「この先に遊技場があるのよ」

「遊技場ですか」

「そうよ、射的とか輪投げとか、そういうので遊ぶの」

「そうですか、どうりで……」


レナは懐かしそうに、


「昔、射的やったんだけど、景品が取れなくて……」


と言いかけて、達也の「どうりで」という言葉が気になった。

それを聞く前に遊技場が見えてきたのだが、


「お兄ちゃん、ありがとう」


と言う聞きなれた声がした。

その声の方に向かうと、そこには人形を抱えるエリンと、

射的をやっているエドに、側にはメレーヌ、ルシア、ベティと言ったダンテス一家とニーナがいた。そして、ベティが


「エド、今度はあの人形をお願い」


景品の一つを指さす、


「任せとけ」


そう言うとエドは銃にコルクを詰め、構えて撃つ。

狙いはクマのぬいぐるみで、見事命中し、人形は倒れた。

エドは魔法銃の使い手なので、射撃はお手の物と言う様子で、


「お見事」


達也が声を上げると、みんなの視線は達也に行き、エドが、


「タツヤさんいたんですか。レナさんまで」

「奇遇だね。君たちの旅行先も、この温泉街だったのか」


メレーヌが、


「ここは、両親が健在の頃、家族で遊びに来た場所なんです」


レナは、ルシアから家族で懐かしの温泉に行くとは聞いていた。

ただ、彼女は地名をきちんと憶えていなかったので何処の温泉に行くかは、

言えなかったし、休みの日に何処に行くか聞く義務もないので、

特にそれ以上聞くことはなかった。


 そして、一家と会ったことで、達也の「どおりで」の意味も分かった気がした。

達也は、遊技場のある方から一家の気配を感じたのだろう。

そして遊技場に射的があると聞いて、射撃の心得があるエドが、

射的で遊んでいると思って、出た言葉だと思えた。


 その達也は、エドの射的の腕に、


「凄いね。やっぱり普段から銃を使い慣れているだけはある」


と感心して褒める。


「いえ、タツヤさんほどじゃないですよ」


過去に一度、ファスティリア近くの森で、エドが射撃の練習をしている時に、

鍛錬目的で居合わせた達也に頼まれて、魔法銃を貸して、

試し打ちをやらせたことがあった。

使ったのは無限に撃てるが攻撃力皆無の練習用の弾で、

その時、見事な射撃の腕前を見せた。

煌月流には、射撃格闘術なるものがあり、射撃に体術を加えたものであるが、

単純な射撃だけでも、並外れた実力を持っていた。


 エドと達也の射的の腕はともかく、ここでレナは、


「ところで、なんでマックス君がいるの?」


そうここには本来、リーゼと一緒にいるはずのマックスがいた。

するとジャスミンが、


「さきほどリーゼさんとヴィンセントさんにお会いしまして」


二人はマックスを連れていたわけだが、

マックスがエリンと遊びたがって、

加えてエリンも望んだので、マックスを預かったという。

それと彼女と遊びたいだけじゃなく、


「おじさんとお母さんを二人きりにさせたいし」


と子供ながらに気を使った結果らしい。


 ここで、レナが


「そう言えば一緒にいるはずの、メリッサ達は、あとヒミコさんも」


メリッサ達はもちろん、偶然同じ場所という事で、ヒミコもここに居るはずだった。

するとニーナが、


「メリッサさん達は、別行動だそうですよ。あとヒミコさんは、

秘湯に行くとか言ってたそうで」


すると


「秘湯あるんですか!」


と達也が食いついた。温泉が好きな彼は、秘湯にも興味があった。


「確か、山奥にあるって聞いたことがあるけど……」


とレナが言うと、達也の目が輝いていて、


「行ってみたいですね」

「今からじゃ、時間が掛かるから、明日行きましょ」

「はい!」


と嬉しそうに声を上げる達也。

ただ、この状況に


(ダンテス一家に、ヒミコさんに、メリッサ達も一緒なんて、

偶然かしらね……)


はっきり言えば偶然である。ダンテス一家は思い出の場所という事もあるが、

場所的なこともある。ここはファスティリアからは、車だったから数時間だが、

馬車だと片道三日はかかる。


 盗賊でも休むと言われる休魔獣期とはいえ、

刺客が、来ないとは限らない。温泉に行くにしても、

近場は危険で、魔機神を使用しての遠距離の場所にしなければいけないが、

遠すぎると何かあったときに直ぐに戻ってこれない。

魔機神を使ってであるが、片道直ぐに戻ってこれそうな場所にあるのが、

ちょうどこの温泉であり、レナも懐かしさだけでなく、

そういう理由でこの場を選んでいて、他の面々も同じようだった。


 その後、遊技場で輪投げや射的に興じた後、

レナと達也は、その場を離れ、再び街を散策して、


「足湯ってこの世界にもあるんですね」

「由来は貴方の世界の様だけどね」


とそんな会話をしながら、実際に足湯に入ったりして、

楽しい時間を過ごし、温泉街を堪能する二人。


 そんな中で、達也は、ある建物が気になったようだった。


「ここは……」


この世界の文字は覚えているもの、

文字によっては、すぐに読めないこともある。

看板の文字をじっと見ている達也に、レナは血相を変えて、


「ダメ!」


と声を上げ、達也の目を隠した。


「何なんですか、レナさん!」

「とにかく、そこはダメなの!」


レナの、あまりに必死な様子を汲んでか、


「わかりました……」


と答えつつも、建物が見えなくなるまで、目隠しをして移動することになった。


「まだですか……」

「ごめん、ごめん……」


と言って顔から手を離した。


「何なんですか、一体?」

「とにかく、あそこはダメなの近づいちゃだめだからね」

「はぁ……わかりました」


とどこか不満げだった。そしてレナは、


(あんなところにタツヤ君を行かせるわけにはいかないわ……)


達也が気にした建物は、実はストリップ劇場だった。

彼に気のあるレナとしては、そんな場所に彼を行かせたくなかったのだ。

しかし、彼は看板の文字を読む前であったし、

そういう事に興味があったわけじゃない。

彼がその建物を気にしたのは、別に理由があった。

それはさておき温泉街を満喫した二人は、一旦旅館の部屋に戻る。








 部屋に戻った達也たちは、レナが、


「温泉に行こうか」


と言い出し、早速温泉に入る事になるのだが、


「ごめん、ちょっとトイレ、先に行っていて」


そんなわけで達也が先に、向かったのであるが、

脱衣場が、分かれていたのと、時間的に、

客が疎らだった事もあり、浴場に入ると、


(えっ!混浴!)


と驚く達也だった。

ちょうど男女の気配が二手に分かれていたから、

気づかなかったのだ。


 しかし入ってしまった以上、急に出ていく事も出来ず、

女性に背を向けて湯船につかった。気まずいながらも、

湯船から出ていくタイミングを見計らっていたら、

こっちに近づく気配を感じた。

ただ、この状況で、動揺している所為か、気配をうまく読めず、

敵意がない事がハッキリしているくらいで、あとが不安定で、

なんとなく男性様な気がした。


「達也!」


その人物は抱き着いて来た。


「銀……カサンドラさん」

「銀平でもいいぜ」

「いきなり何するんですか!」

「いいじゃん。スキンシップしても」

「今の貴方は女なんですよ!」


達也が、気配を男性と勘違いしたかと言うと、

カサンドラの前世である銀平の気配に引っ張られたというか、

普段でもカサンドラの気配は女性であるが、

気配が上手く読み取れない状況で、

カサンドラの中の銀平の気配を感じて、

それが、かつて男性だった人間の気配だったので、

男性と誤認したのだ。


 なおカサンドラは体にタオルはまいているが、

タオル越しに、所謂スタイル抜群の彼女の身体が、

もろに密着していて、 意識しないわけがなかった。


「俺は、気にしてないぞ。それに男同士、裸の付き合いと行こうぜ」

「僕は気になるんですよ!離してください」

「わかったよ」


と言って離れるカサンドラ。


「それに何度も言ってますけど、男なのは前世であって、今は女なんですよ」

「はい、はい」


と適当に返事をするカサンドラ。


「はぁ……」


とため息をつく達也だった。


 ちょうど、このタイミングで、タオルを巻いたレナがやって来た。


「カサンドラさん!何でこんな所に!」

「いや、適当にドライブしてたら、ここを見つけて、

一休みついでに、ひと風呂浴びてこうかなってな。そしたら達也がいてな……」


なおこの旅館は宿泊しなくとも、お風呂だけでも入れる。

そして、カサンドラの言葉に嘘はない。


「ここであったのも何かの縁だからな。男同士、裸の付き合いを……」


と言って、達也の側に寄ろうとしたので、

達也自身は離れ、レナも間に入って、


「だめ!貴方は女性なんですよ。破廉恥な」

「破廉恥って、そんなつもりは……」


とカサンドラは目線を逸らす。彼女には自覚はあるのだ。

男だった時から、達也の男とは思えぬ容貌に、惚れこんでいて、

男同士と言いつつ、女性の体である事を利用し、

達也を自分のものにすべく色仕掛けをしようとした。

この感情は、恋愛感情のような物なので、達也は感知する事は出来ない。


 なお、カサンドラの想いをレナは知る事は出来ないが、

勘として、達也の事を狙っていることを察していた。

故に、レナは達也を取られたくないし、特にカサンドラは異界転生者で、

同じ世界の出身の達也と話が合うので、今後、気を付けようと思った。


 一方の達也は、動揺しているものの、


(なんだか、みんな集まってきているけど、偶然だよね?)


と疑念を抱いているが、偶然である。同時に不安が達也を襲う。

そう、この街には暗黒教団がいる。

奴らが、何かしようものなら、みんなを巻き込みかねない。


(それだけは、避けないと……)


そんな事を思いながらも、今は、この状況を、どうすべきか考えるのだった。

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