4「支配人との勝負」

 引き続き、イカサマを見破っていた達也の元に、

強面のフロア・パーソンが二人組でやって来た。普通ならここで、


「おいお前、こっちに来てもらおうか!」


強引に連れ出すところであるが、達也の強さを知るこの二人は、


「すいません、ちょっと来てくれませんか?」


と低姿勢で声をかけてきた。


 この状況に、


(ついに来たか)


思った達也は、


「いいですよ」


と答えて、二人の後に付いて行くのであった。

連れて行かれたのは、支配人室である。ドアを開けると、カルメーラがいた。


「ようこそいらっしゃいました。

私がオーヴィカジノの支配人カルメーラ・オーヴィです」


とカルメーラが挨拶すると達也は、


「どうも、初めまして」


と言いつつも、


「オーヴィさんですか、ダービーさんじゃないんですね」


向こうは少しイラついた様子で


「オーヴィです。良く間違われます」

「それは失礼しました。それで、僕に何か用でしょうか?」


すると彼女は、イライラを抑えつつどうにか余裕の笑みを浮かべ、


「随分とお勝ちになってるようですね」

「まあ、イカサマを見破っているだけで、賭けで勝ってるわけではありませんが」


すると笑顔が引きつるカルメーラ。


「イカサマは見抜けなかった者が敗者です……しかし、貴方は見抜き続けた。

そういう意味でも、貴方は勝者と言える」

「そうですが……」


と興味なさげに言いつつ。


「ご用件は?」

「勝負をして頂けませんか? 私との一対一のポーカーで。

賭けるのは今回アナタが稼いだすべてのチップ。私が倍額のチップです」


賭けに勝てば、チップは3倍になる。


「又は私のコレクションから一つ」


すると達也は、間髪入れずに、


「ゴールドラドの鍵を賭けてください」

「ほう、貴方はゴールドラドに興味が……」


達也は答えない。すると彼女は、部屋の奥に向かい、

金色で宝石の付いた鍵を持って来た。


「これがその鍵です。私はゴールドラドに興味はありませんが、

この鍵は素晴らしいものです。渡したくありません。

だから、この勝負、負けるわけにはいきません」


そして達也を睨むように見て、


「よろしいですか?」

「はい、その為来ましたから」

「では、決まりですね」


と言った後、


「その前に、お食事はいかがです?」


夕食はまだ食べていなかったし、相手の腹を読むためにも


「いただきます」

「それでは、こちらへ」


と案内するのだった。


 カルメーラが用意した夕食を食べながら、達也は考える。


(夕食には、細工はない)


毒を盛るつもりは無いようだったが、


(この夕食を利用して、何かをしているみたいだ)


彼女からよからぬことを考える気配がした。

あとカジノの方で何かしている気配もする


(もしかしたら……そうか、この夕食は時間稼ぎだな)


達也は彼女の目的を察したようだった。



 

 その頃、レナはカジノの外にいた。


「タツヤくん……」


達也がフロア・パーソンについていった後、他のやはり強面のフロアパーソンから、


「今日は店じまいだ。さあ帰った!帰った!」


他の客ともども、強引にカジノを追い出させたのだ。

抵抗する客もいたが、脅される形でともかく全員追い出された。

 

 一緒に追い出された客たちが、


「どうやら、タツヤは支配人とポーカーで、一騎打ちだな」


と言うようなことを言っていたのをレナは耳にする。

どうやら、支配人であるカルメーラとに一騎打ちの時は、

他の客は全員追い出すらしい。


「タツヤ君……」


達也は強いから、何かあっても大丈夫だとは思っている。

それでも気にならないわけじゃない。

それに、やはり他の異性の為に達也が頑張っているという事実が、心に引っかかる。


(私だって、アルテーアの事を解決してあげたいという思いはあるけど)


それを達也がしていると言う事実に嫉妬も混じった複雑な感情がする。


(何考えてるんだろう。私……)


そんな自分に、やはり自己嫌悪しているレナだったが、


(今は、タツヤ君の勝利を願おう)


とそう自分に言い聞かせていた。








 さて食事を食べ終えた。作った人間は異界料理の心得があるのか、

味付けは、達也の世界の料理に似ていて旨かった。


「では、行きましょうか」


カルメーラに誘われて、カジノのホールへと戻った。


「個室で勝負するとでも思ったかしら?」


こういう勝負は個室と言うイメージがあるが、


「いいえ、ここですると思っていましたよ」


ホールは、先ほどと同じく客が大勢いる。その中での勝負となる。

そして、テーブルに着くと、封を切ってないトランプを用意した。

つまりトランプに仕掛けが無いという事の証。


 次に彼女は、コインを出してきて、


「公平を期すために、このコインを投げて当たった人間に、

ディーラーをしてもらうわ」


と言った後、客に向かって、


「ディーラーになられた方は、勝敗に関わらず。

彼の賭け金と同額の賞金を支払います」


すると、会場は沸き立つ。


「勝敗に関わらないので、どちらかに肩入れせず、お願いしますね」


と言った後、コインを達也に渡し、


「私が投げれば、イカサマだと思われるので、貴方に願いします」


と言って来た。


 ここまでの様子を、ある事情から冷めた目で見ていた達也は、

どこか投げやりに、客に向けてコインを投げた。

当たったのは、気弱そうな青年だった。

彼はカルメーラから、カードを受け取って、ディーラーをすることに、


「どちらが勝っても、貴方には賞金を手に入るのですから、公平にお願いしますね」


とカルメーラは念押しするように言う。そして達也も、カードを配る前に、


「ちょっと……」


と青年に声をかけ、彼の目をジッと見ながら、


「公平に……」


と言いつつ、次にカルメーラの目をジッと見ながら、


「イカサマはしないでくださいね」


と釘を刺すと、カルメーラは、特に動揺するような素振りもなく。


「当然ですよ」


と言う彼女に達也は、


「イカサマをすれば、貴女は負けますよ」


とだけ言った。そしてポーカーが始まった。そしてカードが配られる。

達也はカードを見てから、


「ドローで」


一枚カードを捨てる。カルメーラも同じようにする。

そして次のターン。カルメーラが二枚交換。達也は五枚交換して、

悲しげな顔をすると、


「これで良い」


とだけ言った。







 達也の様子にカルメーラは


(諦めたのかしら……)


と思った。この時の彼女の手札はロイヤルストレートフラッシュ、

これ以上にないくらいの手役だ。


 しかし、達也の言葉か気になっていた。


(イカサマをすれば、負けるって、どういう事かしらね。

このイカサマは、この場では証明できないのに)


彼女はイカサマをしていた。実はディーラー役の青年も含め、

この場にいる客は全員彼女の手先なのだ。

だから誰がディーラーをしても、彼女が有利になるのだ。

例えその事に気づいたとしても、細工によるイカサマとは違い。

人間関係をこの場で証明するのは難しい。

 

(この勝負、私の勝ち。彼の手元にはロクな手が無い、

間違いなくハイカードの筈よ)


ハイカード、別名、ブタと言って、役がないカードである。


 勝利は確信していたが、やはり達也の言葉が呪詛になって、

彼女を縛りつけてきた。ここまで、イカサマを見破って来た彼だからこそ、

その言葉に強さがあった。


(それに、諦めたなら フォールドすればいいのに……)


勝ち目のない手で、勝負を挑もうとする達也にますます、不安を感じる。


(イカサマを暴けるという事は逆に、イカサマの天才の可能性もある)


それはカルメーラも同じこと、しかし達也がイカサマをしている素振りはない。


(それにここでは、魔法もスキルも使えない。でもアーツなら……)


達也がアーツを使うのは有名な話。


(しかし、イカサマに使えるアーツなんて聞いたことが無い。

それにアーツは、大きな動きをともなうから、隠れて行う事はできない)


増大する不安。更に達也が、


「僕はこの後は、ずっとパスでもうこれで勝負しますから」


と宣言する。それがますます追い打ちをかけた。


 しかし、彼女にできる手はもう勝負をするしかない。

手はそろっている。ロイヤルストレートフラッシュ、これ以上の手は作れない。

出せば確実に勝てる。でも不安で息が荒くなり、汗もかく。


「どうしました?ドローはしないんですか?」


と達也が言うが、彼女には自分が勝つと確信し煽っている様にしか思えなかった。

そしてカルメーラは勝負に出るしかなかった。


「勝負よ」


と言い、


(勝つのは私、私が勝つんだから!)


と思いながら、自分の手札を手にしたまま表にした。


 だが次に瞬間、 


「えっ?」


彼女は目を丸くした。周りにいたギャラリーも同じで、


「どういう事?」


彼女がロイヤルストレートフラッシュだと思い、出したカードは、

何の役もない、ハイカードだった。


「馬鹿な!」


思わず叫ぶカルメーラ。


「そんなはずは……」


彼女は、もう一度確認するが、間違いない。

そして達也が、出したカードはロイヤルストレートフラッシュだった。


「そんな!」


すり替えたかと思ったが、そんな暇はなかった。

そもそも、出す直前まで確かに、ロイヤルストレートフラッシュだったのだ。

すり替えたとしても、あり得ない話。


 更に、ディーラー役を引き受けた青年も、


「そんな、僕はちゃんとカルメーラさんには良いカードを配っていたのに!」


と驚きのあまり暴露するが、達也は、気にする素振りはない。そこから、


「貴方、全部わかってたのね?」


達也は返事をしない。ただ状況から彼が何かをしたのは、間違いない。

だが何をしたのか分からない。

 

 自分たちがそうであるように、彼がイカサマをしたとしても、

この場で暴けなければ、負けだ。彼女は、目的の為なら手段を選ばない人間だが、

この点だけは、強いこだわりがあった。

そして、いくら考えても分からず、結局、イカサマを見破れないという意味でも、

達也の勝利を認めざるを得なかった。



 



 さて達也は、勝利はした。しかし後味はよくない。

達也は気配から、この状況を読んでいたが煌月流賭博術には、

賭けで勝負するときは、


「相手が誘う場所は、敵地と思うべし」


という文言があるので、気配が読めなくとも、

カルメーラが誘ったこの場所は、敵だらけだと予測できたはずである。

 

 彼は、この場にいた人間がグルだと分かったとしても、

それをこの場で証明する手立てはなかった。

しかし賭博術、イカサマをすればこの場で勝てなくもない。

それは避けたかった。だけど何もせずに、負けたくはない。

そこで眼術を使った。もちろん相手が敵と認識した相手と言うのもある。

それと、眼術はアーツになるので、この空間でも使えた。


 しかし、ここで使った暗示もある意味、賭けである。

まずディーラー役には良いカードと悪いカードが逆に見える暗示をかけた。

もし、相手が何も考えていないなら、逆に見えた所で関係ない。

カルメーラの方にも同じ暗示を掛けたが、

こっちは、イカサマをしようとしたら暗示が発動するようになっていて、

イカサマをしない、あるいは止めたなら解けるようになっている。

カルメーラ、ディーラー共に、勝負が決した時、解けるようになっていた。


 もし相手が、イカサマをしてないなら、達也が本能的にイカサマをする前に、

フォールドを宣言するつもりだった。一応警告もした。

ゴールドラドの鍵の事は、彼が勝手にやってることで、

アルテーアと約束はしていないし、

賭け金の殆どは、このカジノで稼いだものだから、

失ったところで大した損害はない。


 だがカルメーラはイカサマをした。気配で感じただけでなく、

達也の元に次々と良い手が来たので、


(この人たちは、イカサマを止める気はないんだな)


と思った。イカサマをするという条件はカルメーラが満たしたわけだし、

条件を指定していないディーラー役は、意識して配らない限りは、意味はないので、

カルメーラたちの自業自得と言っても過言ではない。

そうだとしても眼術による暗示を使ったからか、あまりいい気分はしていない。


 とにかくカルメーラは、悔しそうに、


「貴方の勝ちよ……」


そういうと、ゴールドラドの鍵を取り出し渡そうとした次の瞬間、

壁をぶち破り、巨大な機械の手が現れ直後に、煙がカジノに充満した。


「なに!」


これはカルメーラの、あずかり知らぬこと、それは達也も気配から分かっている。

ただ、この機械の手と言うか、その先にあるものに関しては、

転移で現れたのか、気配が急に現れたので、達也は何もできなかった。


 そして煙が充満する中、みんな咳き込む中、

カルメーラの側に、転移で現れるものがいて、


「ちょっと何するの!」

「ゴールドラドの鍵は頂くわ……」


そう言って、彼女から鍵を奪い取る。

だが、達也は煙で視界は塞がれていても、気配で状況は分かる。

そして、この状況を許すはずもなく、

達也は咳き込むながらも、奪おうとしている奴の手首をつかんだ。


「ゴホ……その鍵は……ゴホ……僕の物だ。渡さない……」

「邪魔をするな!」


達也を払いのけようとするが、その力は強く払えない。

更に達也は、手に力を入れたので、


「ぐっ!」


鍵を手放してしまい鍵は床に転がる。

達也は、相手から手を放し素早くそれを拾う。


「返せ!」


相手は襲ってくるが、達也は素早く避けつつも


「もとよりこっちのものだ!」


と言い返す。


 やがて煙が晴れ、マスクをつけた女が姿を見せたが、

達也は気配からカジノで見かけた狼耳の半獣人の貴婦人だと分かった。

何処の誰かは分からないので、


「貴女は何者だ?」


相手は答えなかったが、外から、


「レイカールト様、緊急事態です!戻ってきてください!」


と言う少年のような声が聞こえた。貴婦人は、


「くっ!」


と悔しそうな声を上げると、


「これで終わったと思わないで」


そう言うと、転移で姿を消す。ただ距離は、短距離で店の外までだったが、

直ぐに巨大な手の主と再び転移したのか、共に消えてしまい。

後を追う事は適わなかった。なお相手が使った転移は魔法によるものだが、

巨大な手が、カジノに穴をあけたので、魔法を封じる結界は無力化されていた。


 とにかく鍵は手に入ったが、同時に更なる厄介ごとの予感がした。

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