11 ドラゴン討伐に成功す

 鈴木くんはいさましくフラグを立てたものの、攻撃できずに天魔竜にしつこく追いかけられた。ひいひい言いながら逃げ回るさまは、よく知らないでエンエンクを使ってしまったときみたいだ。モンハンではあんなに頼りになる鈴木くんが、まったく何の役にも立っていない。


 天魔竜の背後に回ることに成功したので、聖剣で背中を狙う。軽く地面を蹴飛ばして天魔竜の真後ろから背中に一撃を見舞う。


「いいぞお陸斗!!」


 テツ兄がそう叫んで、猟銃で翼の膜のあたりを狙って撃ち抜くと、天魔竜はバランスを崩して墜落した。よっしゃ、いまのうちに攻撃をばしばし当てて討伐だ。


 脆そうなところを狙って攻撃する。翼をへし折り、さっきロイが投石で大ダメージを与えた鼻を狙う。天魔竜が起きてこないので恐る恐る鈴木くんが戻ってきて、俺の貸したスコップで天魔竜の頭をド突いた。天魔竜は無事な方の眼球で鈴木くんを睨みつけると、


(おのれ……人間ふぜいが……)と、そううめいた。


 天魔竜はかなりギリギリまで弱っていた。そりゃほぼほぼ最強ステータスの人間ふたりと、異世界では考えられない精度の銃器を持った人間と、弱点を知っている(かもしれない)人間で構成されたパーティである。そりゃあギリギリにもなる。上位の武器で下位のモンスターを殴り倒すようなものだ。


「このへんでやめましょうか」と、ロイがよく分からないことを言いだした。


「なんでだ? ほっとくと攻めてくるんじゃないのか?」


 俺がそう訊ねると、ロイは真面目な顔で、

「天魔竜のように神と言えるほど強力な魔物というのは、この世界のバランスを保つ存在なので、むやみに殺しちゃいけないんですよ。ゴブリンやスライムなら倒しても問題ありませんが、天魔竜ぐらいになると世界の均衡に大きな影響を与えます」


 なるほど。モンハンのモンスター感覚で倒しちゃいけない、ということか。


「それにここまで弱らせたら、次に人間界に現れるのは百年後よりあとです」


 百年。それなら子孫に丸投げしてもいいかもしれない。いや子孫がいるのかわからねばって。


 意気揚々と引き揚げようと天魔竜に背中を向けた瞬間、地鳴りのような音が響いた。天魔竜の咆哮だった。


 天魔竜はものすごい勢いで突進してきて、鈴木くんを鼻先で吹っ飛ばした。


「ゲリョスの死んだふりか!」テツ兄が昔のモンハンのネタを披露しつつ猟銃に弾薬を装填する。吹っ飛ばされた鈴木くんは無様に地面に転がされ、天魔竜に思い切り轢かれていた。


「こいつまだやる気かよ!」


 俺は聖剣を構える。鈴木くんはどうにか起き上がったものの、崖の下に追い込まれて立ち上がっては轢かれ立ち上がっては轢かれを繰り返している。モンハンが下手なひとのモンハンの状態である。


 天魔竜は激しく咆哮すると、角を大きく震わせ、空に向かって火炎を噴き上げた。

「無理無理無理勝てない勝てない!」と、鈴木くんが叫ぶ。


「――飛べなくなってからが本番か!」と、俺は叫ぶ。


 要するにRPGのボスの第二形態と同じことらしい。モンハンにはそういうシステムが基本的にないので、この戦いをモンハンだと解釈していたゆえに考えもしなかった。


 おろろろろろん、と天魔竜は怒気を放った。口からすさまじい勢いで炎と泡が飛び散る。


「スズキさん! きみの攻撃で行動不能に追い込まなければ、勝負はつかない!」

 ロイが叫ぶ。鈴木くんは相変わらず世界の端っこで立ち上がっては轢かれをやっている。


「――わかりました!」


 鈴木くんははっきりとそう答えて、スコップで天魔竜の顎をぶち抜いた。


 もう吠えることもままならない天魔竜は、体をびたんびたんとさせて、鈴木くんを攻撃しようとしている。鈴木くんは全力で勇気を出して、天魔竜に向かっていく。


 天魔竜の鱗が開いた。ロイが叫ぶ。


「何かくる!」いやそんなモンハンじゃないんだから。


 天魔竜は体から熱風を放った。離れていても死ぬほど熱い。鈴木くんは這うようにして天魔竜から離脱した。


「ぜんぜん弱らないじゃん!」

 鈴木くんは泣いているのか怒っているのか判然としない顔でそう捨てるように言った。


 そんなに簡単にいかないのがこの世界の常であると俺は思っているのだが、しかしそれでもさすがにここまでしぶといモンスターは初めてだ。ジェネラル・フロストだってもうちょっと簡単に倒せた。あれはたぶん下位のゴシャハギだったんだと思う。


 天魔竜は、木々をなぎ倒してどこかに消えた。


「……追いかけるまえに回復しましょう」


 ロイがそう提案し、全員に缶コーヒーが配られた。ミツ祖母ちゃんの家に大量にストックしてあるやつだ。みんなで缶コーヒーを飲む。俺も鈴木くんもだいぶHPのゲージが削れていた。


「どこサ逃げたかわかるったが?」


「それはいちおう。これなんですけど」テツ兄の質問にロイは地図を広げて答えた。地図には、ゆっくり遠ざかっていく青い点が光っている。どうやらそれが天魔竜らしい。


「追いかけるべし」俺はそう言い、剣をかついだ。


「相手を示す点が青くなっているということは相当弱っているということです。たたみかけて、百年は出てこないようにしないと」


「……よし。天魔竜をやっつけて、あかりちゃんに告白するぞ」


「鈴木くん、そうやって盛大にフラグを立てるのはやめてけれ」


 というわけで、逃げていく青い点を追いかけると――地上につながる穴に出た。


「どうやら地上に逃げ出したようですね。地上ではエーテルによる回復はないのに。なぜだろう」


「ちょっと待て。つまり俺は秋田県でこの変態仮面スタイルのまま戦わねばねぇということか」


 俺の意見を無視して、全員地上に行ってしまった。仕方がないので追いかける。


 地上に出ると、そこはシャンバラに入ったときと同じところで、しかしなにやら雰囲気が違う。建物がいくつかなぎ倒されているのだ。見ると、秋田犬会館に向かうようにして進む天魔竜の姿が見えた。このままでは秋田名物がピンチだ。追いかける。


 俺の心のなかのバーサーカーが、「やってしまれ!」と叫んだ。世界の均衡がなんだ。ぶっ倒してやらねば気がすまない。俺は天魔竜の首に聖剣を振り下ろした。


 がつん、と弾かれた。それでも何度も何度も聖剣を振り下ろした。正直なところ、なにをしていたか正確な記憶はない。気が付いたら、天魔竜は動かなくなっていた。


「陸斗! なした?!」地面にへたり込む俺をテツ兄が揺さぶる。俺は放心状態で、

「やってまったかもしれない」と答えることしかできなかった。


「やってまったって……天魔竜、殺してしまったんだか?!」


「わかんね……なんか記憶がない」


 テツ兄が天魔竜に触れて、「生きてない」と呟く。ロイも駆け寄ってきて、

「もしかして、天魔竜、倒しちゃったんですか?!」と訊ねてきた。


「気がついたら死んでらっけ……鈴木くんは?」


「……どこだべ」テツ兄がきょろきょろする。鈴木くんは、桂城公園の公衆便所に隠れていた。そこから恐る恐る出てきて、

「……マジで倒しちゃった?」と訊ねてきた。俺は、「……おう」と答える。


「――とりあえずなにか着なよ」と、鈴木くん。


「そうする」俺は荷物から服を取り出し、変態装備からふつうのかっこうに着替えた。


 それからすぐ、北鹿新聞だの秋田魁新報だのの新聞社や、テレビ局やらが集まってきて、俺たちは取材を受けることになった。解放されたのは、だいぶ薄暗くなってからだった。


 家に戻ると、姉貴ととき子祖母ちゃんがテレビを見ていた。さっきのインタビューを流している。


 とりあえず夕飯を食べ、最強装備を解除し、シャワーを浴びてばったりと寝た。疲れた。


 次の日、我が家にあかりが遊びに来た。鈴木くんが呼んだらしい。あかりはいつもよりずいぶんとオシャレな服装をしている。たぶん秋田県が異世界に飛ばされる前に、オーパで買ってきたやつだ。


「はいこれ我が家の裏でとれたイチジクの甘露煮」


 あかりがタッパーウェアをでんとテーブルに置く。


 鈴木くんは緊張しきった顔をして、イチジクの甘露煮をひとつ食べた。

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