10 地下世界でドラゴンと対峙す

「シャンバラってなんだ、ロイ」


「えーと……地下の世界なんですけど、中には小太陽があってエーテルの光を放っていて……いろいろな異民族やモンスターが暮らしています。現実世界よりも快適だとか。でもさらに底にいくと、魔王の治める魔都トーキオーンがあります」


「魔都トーキオーン」思わずオウム返ししてしまう。まるで東京みたいな響きだ。


 穴を慎重に降りていく。なんだ、こんなの尾去沢マインランドとなんも変わらねっしゃ。


 底につくと、上下が反転した。意外と明るい。小太陽があたりを照らしていて、小太陽は本物の太陽のように見ると目が痛くなる。


 重力はちょっと弱い感じがする。そして得体のしれないキノコのような木がぽこぽこ生えている。その間を歩きながら、テツ兄が疑問を口にする。


「シャンバラって要するにアガルタとかアスガルタとか言うやつだか」


 さすがテツ兄、いろんな知識を蓄えている。鈴木くんがスマホで検索しようとするが、電波は当然ない。


「アガルタっていうとFGOですね」と、鈴木くんが答える。FGOて。確かに高校のクラスメイトみんなやってたけれども。


「おー鈴木くんFGOわかるったが!」


「わかりますよ、あれは現代人の必須科目ですから」


「――俺はドラえもん思い出したけど。大長編の、『のび太の創生日記』の地下世界サ似てる」


「ドラえもんなんて子供が読むやつでしょ」鈴木くんがバッサリ切って捨てたので、

「ドラえもんこそ日本人の必須科目だと俺は思うぞ。アニメは苦手だったが漫画で読むと面白くて味わいぶかいんだからな」と答える。


「そうなの? ふーん……」鈴木くんは明らかに面白くない顔をしている。


「陸斗、そろそろTシャツとジーパン脱がねばねってね」


「おう……」


 俺は脱衣した。とてもとても悲しい気分になりながら、リュックサックに荷物を詰める。


 ガサガサっとキノコのやぶをかき分けてなにか現れた。頭がない。胴体に顔がある。あ、これ澁澤龍彦の本で読んだやつだ。ブレムミュアエ人だ!


「オワーッ」と、鈴木くんが悲鳴を上げた。そんなに恐ろしいものではないと思うのだが、ブレムミュアエ人は槍を持ってのこのこと近づいてくる。


 俺が冷静にブレムミュアエ人に訊く。


「天魔竜はどこだ?」


 ブレムミュアエ人は槍でどこかを指し示した。その向こうには火山のようなものが見える。


「ありがとう」そう答えるとブレムミュアエ人は照れたような顔をしたあと、ヒョコヒョコと去っていった。


「よくあんなのと喋るね……」


「陸斗は昔からクソ度胸の据わった子供だったからなあ」と、テツ兄。


 とりあえず火山のほうに向かう。火山のように見えたが、煙は湯気が立っているだけで、温泉といったほうが近いかもしれない。山肌には鉱脈と思われる結晶のようなものがキラキラと輝いていて、モンハンだったらどこから出てきたか分からないツルハシで掘るところだ。


 足元をなにかが這っている。見るとこれまた澁澤龍彦の本で読んだヒマントポデス人だった。脚が紐になっている種族だ。


「オワッ」ブレムミュアエ人との遭遇で若干慣れたらしく、鈴木くんは控えめな悲鳴を上げた。ヒマントポデス人はみんな同じ方向に逃げている。まるでハンターから逃げる、マンモスみたいなやつ……ああ、ポポだ。ポポみたいだ。


 顔を上げると、ほのかに硫黄の匂いがした。やっぱり温泉があるのだ。鈴木くんだけ、匂いの正体が分からずきょろきょろしている。


「なんかゆで卵が悪くなったみたいな匂いしますね」


「温泉があるんだべな、硫黄のかまりがするってことは」と、テツ兄。


「温泉かあ……小さいころ遠くの温泉行ったっけな。旅館に泊まっておいしいもの食べて」


「別に温泉サ行くのに遠出さねってもいっしゃ、普通にどこサでもあるべ、温泉」


 互いにそう言って、よく分からなくて顔を見合わせた。テツ兄がゲラゲラ笑っている。


「秋田県民と東京都民の認識の違いがモロに出た形だな。秋田県は温泉大国だからヨ、あちこちサ銭湯感覚で入浴できる温泉があるんだ。東京のひとは遠出さねば温泉サ入れねえからな」


「ええ?! うらやましい……」


「でもどこの誰とも分からねーおっさんの入ったお湯サ浸かりたいか?」


「まあ……温泉旅館もいまは部屋に風呂ついてるのがスタンダードだからね……」


 火山のほうに進んでいくと、なにやら広い池に出た。硫黄の匂いがして、ほのかに湯気が立っている。温泉だ。触ってみるとまさに適温。


「ここまで歩いてくたびれたし、少し浸かってみるか」テツ兄がそう提案し、俺たちはその、非常にステレオタイプなにごり湯の露天風呂に入浴することになった。ご丁寧に湯のなかに座ると丁度いい石まである。


「ふうーあったまる~」と、ロイ。


「昔のモンハンでよ、温泉サ入るやつあったんだよ」


 いつの話だテツ兄よ。とにかく温泉はとても適温で、歩いてくたびれた足が温まって楽になった。まさしく秘湯だ。


「秘湯混浴刑事エバラ」と、テツ兄がよく分からないことを言う。よくよく考えたら姉貴のオールタイムベストである、誰を推してもだいたいみんな死ぬ漫画のセリフであった。


 秘湯を堪能し、とりあえず持ってきていた汗取りのタオルで体を拭く。


 シャンバラには小太陽がある、と知った姉貴が持たせてくれたものだ。さっぱりした。


 着替えて――俺は変態さんになって――シャンバラの火山を目指す。次第にモンハンの溶岩洞を思わせる風景になってきた。空気がじりじりと熱い。風呂に入ったので汗がやばい。


 ふいに、冷たい風がびゅうっと吹いた。バサバサ――と大きな羽撃きが聞こえて、見上げるとそこには巨大なドラゴンがいた。こいつだ、天魔竜!


(ふはは ふははは ついにここまできたか、愚かな人間どもよ)


 天魔竜はそう語りかけて、バインドボイスを放ってきた。俺以外の三人が耳を押さえてうずくまる。どうやら神々に与えられた装備は聴覚保護のスキルがついているらしい。


「はあああああっ!」


 俺は剣を振り上げて、近くの岩を足場にしてジャンプした。そのまま、天魔竜の尻尾切りを狙う。尻尾の先に鋭いとげがあって、これで刺されたら痛そうだからだ。


 しかし天魔竜はひょいと回避して、尻尾の先のとげで俺の脇腹をどついてきた。やばい刺さる、と思ったらはじいた。天魔竜は単純にビックリしている。


 びっくりしたはずみで尻尾が地面に触れている。そこを狙って斬撃を放つ。天魔竜の尻尾はびっくりするほどあっさりと切れた。


「ナイス!」テツ兄がそう叫び猟銃を構え、目玉を狙って撃った。ぱあん! と炸裂音がして、天魔竜の左目がはじけ飛んだ。


(おのれえええええ)と、天魔竜は叫んだ。


「いいですよ!」ロイがどこからか出してきた投石ひもで天魔竜の鼻を狙う。ひゅん! と、石ころは空気を切って飛び、天魔竜の鼻っ面に命中した。天魔竜は痛がっている。


「いまだ勇者! いけ!」俺たちはそう叫んだ。


「むむむむ無理無理無理ですよう!!!!」


 なんと、鈴木くんは完全にビビり散らしていて、最初の吠え声でかがんだまま、物陰で震えていたのであった! なんと頼りない勇者だ。さすがとくせい:チキンだけのことはある。


「しょうがない」と、テツ兄がいったん植物の影に引っ込み、スマホを操作した。大音量で流れてきたのは、モンハンの曲でお馴染みの「英雄の証」。


「これでテンション上がるべ?! 倒せるんだど! 俺たちでや!」


「げ、元気でてきた! やってみます!」鈴木くんはようやく物陰から顔を出した。そこに天魔竜の吐いた火の玉が見事に命中する!


「うおぶっ」鈴木くんはしばらく転げ回ってから、俺のレンタルしたスコップを掴むと、真面目な顔で天魔竜を睨み返した。


「僕は! こいつを倒して! あかりちゃんに告白する!」


 盛大にフラグをおっ立てて、鈴木くんはスコップを構えた。


 天魔竜は、どうやら鈴木くんに狙いを定めたようだった。

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