9 主人公変態になる
童貞神ガモチョシマシに与えられた剣と、熟女神アネコムシに与えられたビキニアーマーを装備して、単純に変態になってしまったわけだが、しかしステータスは跳ね上がり、本来これらの管轄でない素早さまで上昇した。まあ賢さはサルなみから変わっていないのだが。
とりあえず装備解除するべか……と脱ごうとすると、ミツ祖母ちゃんの家から姉貴が戻ってきた。降りてくるなり、
「うお、陸斗どうしたその変態ファッションは」と目をむいた。
「い、いや、神々に与えられた最強装備で……」
「で、でもそりゃああんまりでしょ……ない……ないわあ……神々に与えられた最強装備っても、人として超えちゃいけない一線があるべした。で、そっちの剣はどうなってらの?」
抜いてみる。姉貴は目をぱちぱちしてから、ものすごくはしたない笑い方をして転げ回った。
「もろそのものだ、ああおかしい、やっぱり童貞神ガモチョシマシだか? ああお腹痛い」
「そ、そんな大爆笑することねえべった……まあ童貞神ガモチョシマシは正解だばって」
「陸斗、爆笑っつうのは大人数でゲラゲラ笑うことだ。一人で笑うことは爆笑とは言わねよ」
テツ兄に言葉の間違いを直された。テツ兄、NHKでねんだからよ……。
そのときイエデンが鳴った。すかさず出ると、
「もしもし陸斗? あたしいま陸斗んちの玄関サいるの」と、あかりの可愛い声がした。
あかりよ、ノンアポでメリーさんごっこするのはやめてけねべか。出ていくと、あかりはド派手に「ぶふぉ」と笑って、しばらく咳き込んでから、
「……陸斗が、変態になった……いやもともと変態か」と呟いた。もともと変態とは失礼な。
「これは神々から授けられた装備で、見てもらえばわかる通りステータスが」
「うん、ステータスが伸びまくってるのはわかる。でもその剣、おおかた童貞神……チョシマシに授けられたとか言って、鞘から抜くともろそのものとかそういう」
鞘から剣を抜いてみる。あかりはまた「ぶふぉ」と噴いて、
「やっぱり童貞神……チョシマシに与えられた剣か」と呟いた。
「あかり、おめぼんでんについて熱く語ったでねが。神社が女性器でぼんでんが男性器だって」
「ちょ、なしてそんたこと鈴木くんのいるとこで言うわけ?! デリカシーのかけらもない!」
「ぼ、ぼんでん?」鈴木くんがよく分からない顔をしているので、俺が解説する。
「県南の小正月行事だ。飾り付けた棒であるぼんでんを、神社に奉納するやつで……川を船で渡るやつとか、神社で競争する喧嘩ぼんでんとかバリエーションがいろいろある」
「もろそのものだ……」鈴木くんは遠い目をした。それからはっと気付いて、
「ガモ、という言葉がそういう意味なら、フェラガモってめっちゃエロいんじゃね?!」
と、至って男子高校生らしいことを言いだした。俺も同じことを言った記憶がある。
あかりはめちゃめちゃでっかいため息をついた。
「あ、ご、ごめんね、あかりちゃん」
「んー気にしてない! だいじょぶ! それよりそこにいる変態をなんとかしないと」
「なんとかするって……だどもこれ最強装備だで?」
「最強装備がカッコ悪いなら重ね着装備するほかねってね」
モンハンライズには重ね着装備というものがあるのだとあかりに聞かされている。あかりは重ね着装備を作るのに凝っていて、ファッショナブルなキャラクターで戦っている。
というわけでタンスのある部屋に行こうとして、玄関チャイムが鳴った。姉貴が出ると環奈ちゃんのようだった。
「陸斗! 将棋しよ! じぃじから新しい手筋習ったんだ!」
環奈ちゃんは俺がプレゼントした折りたたみの将棋盤と駒を抱えて猛ダッシュで家に入ってきた。そして俺を見るなりドン引きの顔をして、
「ええ……ふしんしゃ……ばぁばのパンツとブラジャー着てる……帰る」
と言って回れ右して帰っていった。また呼び方がふしんしゃに戻ってしまった。
とりあえず環奈ちゃんは剣を見なかったので、男の子の股間にいるゾウさんは大人になると大きさが変えられることについて説明しないで済んで安心したのだが、しかし不評だ。そう思って俺は姿見をみて、「確かにこれだっきゃ不評だべな」と、しみじみと納得したのだった。
「ただいまー。ポワポワボート買ってきたよー」
またしても間の悪いことにとき子祖母ちゃんが帰ってきてしまった。あわててタンスからTシャツを取り出し着ようとしたところでとき子祖母ちゃんと鉢合わせしてしまった。
「あいっ! 陸斗、おめ下着ドロだか?!」
ついに犯罪者にされてしまった。あんまりである。
「い、いやこれは最強装備……」と言いかけたところで、とき子祖母ちゃんはそもそも「装備」という概念がよく分からないということを思い出す。冷静に説明しようと考えて、
「ええと。これは要するに、ドラゴンが出たときに戦うために着る、冬の雪降ったときのコートみでったものだ」と説明するも、とき子祖母ちゃんは相変わらず不審なものを見る目で俺を睨み、
「だばってそれだっきゃ胸と股しか守ってねえべ。ドラゴンの角、腹サ刺さったら死んでまるべしゃ」と、至って真面目なビキニアーマーについてのツッコミを入れた。そういうことじゃないんだ、これは神様に与えられたものだ、と答えながらTシャツを着てジーパンを穿く。
「それだば竹槍で爆撃機落とそうっていうのとなんも変わらねべしゃ」
「大丈夫だよ祖母ちゃん。こっちにまた別の神様から与えられた武器が」
姉貴が勝手にガモチョシマシ神から授けられた剣を取り出してとき子祖母ちゃんに見せた。とき子祖母ちゃんは、
「わいせつ物陳列罪で逮捕されるってね」と、ごくごく常識的なことを言ってきた。
そう、俺は現状、ただの変態なのである!
そして悲しいことに、服を重ね着したところ、ステータスは元に戻ってしまった。どうやらドラゴンと戦うにはベージュのブラジャーとパンティというこの上なく恥ずかしい出で立ちで行かねばならないらしい。あんまりだ。俺が秋田県全域で変態と認識されるの待ったなしである。あんまりだ。あんまりだ……。
とき子祖母ちゃんがテレビをつけた。
大館市内、桂城公園のある三ノ丸に謎の穴ができたという。中からはモンスターの叫びがとどろいているとか。またしても異世界人のコメンテーターが、
「天魔竜ですね」とサックリと答えた。この穴の底に天魔竜がいるのだという。空を飛んでいいるんじゃないのか。そう思ったらすかさず、
「天魔竜は地聖竜が掘った巣穴から、世界内部のシャンバラと呼ばれる世界に出て、そこでパワーを溜めて勇者との戦いに備えます。討つなら力の完全回復していない今です」と、コメンテーターは語る。
「だそうだ。行くか?」
テツ兄が俺たちを見てにやっと笑う。
「行くしかねえべな」俺が答える。ロイも自信ありの顔をして、
「シャンバラにはまだ行ったことがありません。行ってみたいです」と答えた。
ロイ、お前確かクマに襲われて大ダメージ受けてたでねっか。それでドラゴンと戦えるったが? そう思ったがとりあえず今は黙っておく。
「ぼ、僕も行かなきゃだめかな?」鈴木くんは震え声で言う。テツ兄が、
「当たり前だ。行くに決まってらべ。おめが勇者だで」と鈴木くんの背中を一発ぶったたいた。鈴木くんはひどく噎せた。
「鈴木くんて部活なにやってあった?」とあかりが訊ねた。
「部活なんてやってもなんも得しないでしょ。帰宅部で、サイゼリヤでアルバイトしてたよ」
「さ、サイゼリヤ?!」
一同声がひっくり返る。そう、秋田県にはサイゼリヤがないのである!(※現実世界の秋田県にはつい最近できたようですが、この物語の秋田県はそれ以前から異世界なのでそもそも出店できないのです。悪しからず)
「え、さ、サイゼリヤがどうかしたの?」
「秋田県にはサイゼリヤがないッ」俺がそう言うと鈴木くんがうろたえた。
「えええ?! じゃあちょっとイタリアンぽいもの食べたいときどこ行くの?!」
いや、サイゼリヤはとりあえずいいのだ。いまはドラゴン退治が大事だ。俺と鈴木くんとテツ兄とロイの三人は、桂城公園のある三ノ丸にできた、シャンバラとやらにつながった巣穴に向かった。もちろん、俺はそこに着くまでちゃんと服を着て、剣は抜かなかった。
穴を覗き込む。覗き込み返されているようで、気分の落ち着かない穴だった。
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