8 異世界の神々より武器防具を賜る

 地聖竜が現れた日、俺たちはとりあえず家の屋根の修繕をした。


 異世界には物資がないのでトタン屋根ひとつ直すのも手間だ。はあやれやれ、と言いながら、地聖竜がつけた爪痕を直していく。


「屋根、瓦じゃないんですね」と、鈴木くん。


「そらそだべ、瓦だば雪で壊れてしまる」


「はー……そっか、東北だと屋根はトタンなのかあ」東北って範囲が広すぎるんでねっか。


「ゼットワイドルーフという屋根材もあるど」テツ兄が余計なことを鈴木くんに吹き込む。


「そういえば街の信号機、ぜんぶ縦だったけどあれは雪が降っても壊れないようにですか?」


「んだ。むしろ横の信号というのが珍しい」そう言いながら屋根の修理をしていると、なにやら異世界人の集団が我が家にたどり着いたのが目に入った。真ん中には見たことのない乗り物に乗った高僧のような人がいて、その人は乗り物から降りて集団のうち何人かの屈強な僧侶のような人に抱え上げられた。徹底的に歩かないらしい。


 もしかして神官とかそういうのなんだろうか。でもぱっと見は全員僧侶だ。丸坊主だしオレンジ色の薄い布を体に巻いただけである。タイとかで見そうなかんじだ。


「転生者、スズキリョウタはおるか!」


 高僧がそう声を発した。けっこうデカい声だ。


「僕です」そう言って鈴木くんははしごを降りた。


「神々からの託宣である! スズキリョウタよ、天魔竜を討伐せよ! そのために秘伝の聖なる剣を授ける!」


「えぇ?! 無理無理無理無理、無理ですよ!」


 鈴木くんの言うことを完全に無視して、高僧は鈴木くんに剣を授けた。なかなか重たいらしく、鈴木くんはよろめいている。


「この剣は天魔竜の鱗を打ち砕くもの! この世に現れ人々を混迷に巻き込む天魔竜を討伐するために、童貞神ガモチョシマシが打ったものである!」


「ど、どーていしんがもちょしまし?」


 そう言いながら鈴木くんは剣を鞘から抜いた。とても分かりやすい、童貞神ガモチョシマシを象徴するようなデザインの剣だ。鈴木くんはげんなり顔をして剣を鞘に戻した。一方でテツ兄が大笑いしている。笑いごとでねぇでば。カクヨムのR‐15の瀬戸際だど!


 僧侶たちはぞろぞろ帰っていった。あいつら、全員30過ぎの童貞なんだべか。いや俺もそうなる可能性はあるばってや。


 屋根の修繕を終えて、改めて童貞神ガモチョシマシに授けられた剣を見る。もろそのもの。誰だこんな直接的なデザインにしたの。テルマエ・ロマエの金精さまを思い出す。


「あの、ロイ。童貞神ガモチョシマシってなに?」鈴木くんはドン引きの顔でロイに訊ねた。ロイは大湯環状列石で俺たちに聞かせた説明をとうとうと語った。


「ええ……そんなの守護してどうすんの……」


「ついでに言うと、ガモチョシマシというのは秋田弁で男性器をいじくる、という意味だ。ガモ、が男性器で、チョシマシというのは『チョシマシする』という形で使う、いじくるという意味の言葉な」


 テツ兄が冷静に説明すると、鈴木くんはますますげんなりした顔をした。気持ちはよく分かる。


「いやしかしモザイクかけられそうなデザインだなや。きわめて直接的」


「テツ兄、面白がってる場合でねぇべした。これでドラゴンと戦えって言われてるんだで」


「……そうだった」テツ兄はため息をついた。


「これでドラゴンと戦ったら、ニュースの映像の処理が面倒ですねえ」


 ロイがものすごくのどかぁにそう言う。のどかになってる場合じゃない。ドラゴンと戦うんだぞ。その装備がこんなんでいいのか。


 そう思っているとまたしてもなにやら僧侶の集団が現れた。今度は尼僧だ。髪を丸坊主にしているが、そのふくよかな体形や派手な化粧を見ると清貧という感じではなさそうだ。やっぱり一番の高僧は変わった乗り物に乗っていて、そこから輿に乗り換えて近寄ってきた。


「そなたがスズキリョウタか」


「あ、は、はい……」


「これは熟女神アネコムシから授けられた防具。ドラゴンと戦うときに着ていくがよい」


 そう言い、まさに熟女といった風情の高僧がなにかアイテムが入っているとわかる箱を授けてきた。


 テツ兄は興味津々で、変わった乗り物を見ている。さっきの童貞神ガモチョシマシに仕える僧侶、神官? の一番偉いやつが乗っていたやつとほぼ同じデザインである。


「これはなんで動いてらすか?」テツ兄がそう訊ねると、けばけばしい化粧の尼僧が体をテツ兄にすりよせて、


「これの車輪は回すと徳を積むことができる祈祷の道具で、ということは徳を流し込めば逆方向に回るのですわ」と、そう答えた。マニ車理論でねが。


「ねえお兄さん、今晩どう? うちの尼僧院はかわいい子が揃ってるわよ」


「お、俺はとりあえず遠慮するす……恋人を亡くした人間だがらよ」


「あら可哀想。拙僧が慰めてあげる」


「いらねっす、帰ってけれす」


 テツ兄が適当にあしらうと、熟女神アネコムシの尼僧たちは退屈そうな顔で帰っていった。なんだったんだ。ロイに解説を求める。


「熟女神アネコムシは既婚女性の神です。既婚女性といっても結構な歳の人を守護しています。尼僧院はほぼほぼ熟女娼館ですね」ロイはそう答えた。徳もクソもないでねっか。


「まあ、鈴木くん。箱開けてみれ」


「はあ……」鈴木くんは箱を開けた。出てきたのはビキニアーマー……というか、ベージュのブラジャーとパンティだった。それもおばあちゃんがつけてるようなやつ。


「おー! ビキニアーマーでねが! ちょっと装備してみれ鈴木くん!」


「い、嫌ですよ!」


 そりゃ嫌だ。このデザインだばあかりはもちろん姉貴だって、ヘタしたらとき子祖母ちゃんだって嫌がるだろう。しかもカップ数がすこたまデカい。まさに豊満熟女が装備するやつだ。


「で、アネコムシっていうのは、この辺では言わねーばってカメムシのことだ。県南だばカメムシをアネコムシと言う。化粧品で変な臭いのするアネコ、つまり女性、からきている名前だ」


 テツ兄がこれまた真面目に解説する。鈴木くんはため息をついた。


「うーぇ香水臭っ。あの尼僧、どんだけ化粧してらってや」テツ兄が顔をしかめた。なんとテツ兄の作業着の肩のあたりに口紅がべったりとついている。尼僧たちが立ち去ったあとには、ひどい化粧品の匂いが立ち込めていた。まるでデパートの化粧品売り場のごとしである。


「こんなの装備してたらあかりちゃんに告白するどころじゃなくなっちゃう」


 鈴木くんは悲しげに言った。童貞神ガモチョシマシから授けられた剣と、熟女神アネコムシから授けられたビキニアーマーをよく見てみると、どちらも攻撃力防御力が段違いでレベルアップするもの、と表示された。


「これ、数値だけではRPGの最強武器にカウントできるやつでねが」


 俺がそう言い、ロイが頷く。


「神から授けられた武器防具ですからね。装備しない手はありません」


「いやでももろそのものの剣とおばさん臭いビキニアーマーだよ?! 嫌だよ!」


 一同、考え込む。


「ドラゴン退治を、なんだっけ、有名なご当地ヒーローに任せるってことはできないの?」


「ネイガーの敵は道路サ軍手を落としてあぐことに定評のあるだじゃく組合だ。ドラゴンは専門外だべな」と、俺が答える。そう、ネイガーは特撮的なヒーローではあるが、異世界にぶっ飛んでドラゴンと戦うのはどんなヒーローでも専門外だろう。鈴木くんが黙るので、


「せば俺が装備すればいいか?」と俺は手を挙げた。装備してみる。ビキニアーマーが大胸筋に張り付き、もろそのものの剣を構えるとなにやらリビドーのほとばしる姿になった。端的に言って変態だ。でもステータスを見てみると、「こうげき:MAX ぼうぎょ:MAX すばやさ:すごい かしこさ:サルなみ うん:すごい とくせい:バーサーカー」というところまで上昇していた。かしこさがサルなみだというのは変わらないが。


「おおー陸斗おめすっかり変態でねっか! カッコイイど!」


 いや、テツ兄それって褒めてるんだか。どっちかっていうとけなしてるってね? 俺の横で安心の顔をしている鈴木くんをちらりと見た。なんだか悲しくなってきた。

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