7 転生者と秋田県民戦いを決意す
確かに一乙イコール死だ。ドラゴンと戦うのは人類にとって悪手そのものである。しかしながら、俺の生まれ育ったあの家をただ壊されるくらいなら、俺は戦いたいと思う。
俺は真面目に、なるべくきれいな言葉でそう説明した。鈴木くんはよく分からない顔。
「家が壊れたって、引っ越せばいいだけなんじゃないの?」
「そりゃ東京サはマンションもアパートもいっぱいあるだろうし引っ越すのが当たり前なんだべばって、俺にとって俺の家はあの谷地町の図書館裏の家しかない」
「うう……わからない。わからないよ……」
「それに本来ドラゴンと戦うべきなのは鈴木くんだ。そのためにこっちの世界サ転移したんだど」
「いや無理無理無理、ドラゴンなんて倒せないよ!!!!」
「おめのステータスはカンストしてらんだど。その辺の木の棒でスライムやっつけたべ、ちゃんとした武器装備すればドラゴンくらい余裕でねっか」
「うう……無理だよ。そりゃゲームの中なら死んでもいいけど、リアルでは死ねないんだよ」
「分かってらよ、俺でもそれくらいは分かる。でも、誰かがやらねばねんだよ」
「あ、あの。力になれるなら、俺も連れていってください」
ロイがそう言ってきた。大丈夫だろうか。こいつ、クマに大ダメージを負わされていたんじゃなかったか。
「俺も行くど。迎撃戦とか面白そうだな。PSPのモンハンのシェンガオレンを思い出す」
テツ兄まで乗っかってきた。猟銃じゃ厳しいんじゃなかったか。こうして、男ばっかりのドラゴン討伐チームが結成された。ちょうど四人。完全にモンハンである。後ろ姿を眺めても面白くないやつだ。
テツ兄の車で俺の家に向かう。鈴木くんは見事に青ざめている。
「大丈夫ですよ。回復アイテムいっぱい持ってきましたし」と、ロイが鈴木くんに言う。ロイは、大量のミツ祖母ちゃん手製のお惣菜を抱えていた。
「いやそれ、回復アイテムというかお惣菜じゃないの……?」
「ばっちゃ様の手料理をなめちゃいけませんよ。俺はサラダ寒天で命拾いしたんですから」
「さ、サラダ寒天……って、なんですか……?」
「きゅうりと缶詰ミカンのマヨネーズサラダを寒天で固めたやづだ。うまいぞ」と、テツ兄。
「へ、へえ……」
どうやら味が想像できないらしい。確かに分からない人には分からないだろう。
「天魔竜ズやづが地聖竜に呼ばれて来たところを迎撃せばいいんだな? いつ現れる?」
「ニュースの映像を見る限りではさほど遠くなく現れますね」
「そうだか……武者震いするな、ワハハハ」
テツ兄よ、豪胆すぎる。とにかく天魔竜迎撃部隊は俺の家についた。地聖竜は庭に降りて寝ている。ああ、庭木の夏椿と梅がぼっきり折れてしまっている……。
「見れば見るほどでっけえな」
テツ兄がため息をついた。警察が規制線を張っていて、あかりのお父さんもいた。
「おー菅原くん! あかりが心配してあったども無事であったか!」
「なんとか。で、どうなってますか」
「いま冒険者組合サ緊急招集をかけてらところだ。こっちの人サ聞いたらまもなく天魔竜が攻めてくるだろうという話で」
やっぱりか。
「でも本当に、攻めてくるんでしょうか?」と、ロイ。
「どういう意味だ?」俺がそう訊ねると、ロイはすこし考えて、
「とりあえず、現状地聖竜は動いていませんよね。地聖竜の呼ばわるとき現れる天魔竜、という伝説に従えば、地聖竜が何らかの事情で天魔竜を呼ばなければ問題の天魔竜は現れない」
なるほど確かに。いま地聖竜はのどかにお昼寝中だ。モンハンだったらタル爆で吹っ飛ばすかんじである。いやタル爆しないけれども。
「仮にすでに呼ばわっていてこちらに向かっているとしても、危害を加えるつもりのない人間に攻撃したりするんでしょうか」
ロイの推理はなかなか冴えているわけなのだが、現実そんなに甘いだろうか。
ドラゴンというものは人間を見つけたら攻撃してくるものなのではなかろうか。
「それはモンハンのやりすぎです。ドラゴンだって無用な戦いは好みませんよ。ましてや天魔竜は人間を超える知性を持った、旧時代から生きているドラゴンなんですから」
ロイ、おめどこでモンハンを覚えた。聞いてみるとテツ兄がやっているのを見ていたらしい。
「旧時代ってなんだ?」俺がそう訊ねると、ロイはちょっと難しい顔をして、
「かつて秩序の存在しなかった時代のことです。人間は身を守るすべを持たず、食べ物を拾ってその日暮らしをしていました。そして魔物が跋扈し、人間を脅かしていました。しかしそのさまに深く悲しまれた神々は、魔物を粛清し人間に魔法と武器と農業をお与えになった。そのときから新時代が始まったのです」と、昔話をするていで答えた。
神々というのは童貞神ガモチョシマシも含まれるのだろうか。そんなことはともかく。
「旧時代に粛清されなかった魔物というのは、神々に品格を認められた魔物です。現代のモンスターとはわけが違う」
「モンハンで言うところの古龍ってことですか」鈴木くんがそう言うと、ロイは頷いた。いやロイ、古龍わかるったが。
そんな話をのんびりとしていると、ふいに頭のなかに音のような波が走った。明らかに鼓膜を震わせて伝えている音ではない。
(そこな人間よ 我が夫を撃ち滅ぼしにきたか)
――地聖竜の声だ。俺はでっかい声で、
「撃ち滅ぼすなんてとんでもねぇことだす。我々では相手にならねす」と答えた。
(そうか それであれば去るとしよう)
地聖竜は四本の脚でのしのしと歩き出した。お隣の空き家を踏みつぶして、地聖竜はいなくなった。
これで一件落着、ということでいいのだろうか。そう思っていると隣の鈴木くんがへたり込んでいた。
「よかった……戦わないで済んだ」鈴木くんは震え声で言う。
「でもそんなに甘いとは限らないと思います」と、ロイ。どういうことだ、さっきと矛盾してるでねが。そう突っ込むとロイは真面目な口調で、
「地聖竜が戦うことをやめたからといって、天魔竜が許してくれるとは限りませんよ」と答えた。どういうことだ。
「ここまでの会話で察したことですが、スズキさんは異世界から、それも秋田県でないところから来ましたよね」
「え、ええ。東京から……」
「トーキョー。魔都トーキオーンみたいな地名だ。トーキョーがどんなところかは存じ上げないですが、ほかの秋田県民とはあきらかに違うので、ああ異世界から転移してきた人だな、というのは察しておりました。天魔竜が人間世界に現れるとき、それと戦うべき勇者が召喚される、ということが伝説で語られています。スズキさんは間違いなく、勇者です」
そのロイの無慈悲な言葉を聞き、鈴木くんは深い深いため息をついた。テレビで観たあのニュースは間違っていなかったのだ。
俺の脳裏を、「異世界の秋田県に転移して勇者になったけどドラゴンと戦うなんて無理です ~秋田県? 東京人の僕には関係ありませんね~」というネット小説のタイトルが駆け抜けた。われながらあんまりだと思うが、まあ実際これくらいのことは考えているだろう。
「勇者……勇者……ドラゴンを倒して、あかりちゃんに告白する!」
うおっ。ものすごい宣言。しかしあかりは俺の彼女だ。頭の上サ出てきたハートがメラメラする。俺はまたしても「異世界に転移して勇者認定されたのでドラゴン倒して地元の人の彼女をNTRます ~異世界秋田美人は最高だぜ~」というネット小説のタイトルを想像してしまった。いや、NTRも何も寝てないけどな……。湯たんぽ替わりにされたのはノーカンだ。
「おー面白れぇことになってきたでねっか」と、テツ兄が笑う。笑いごとじゃない。
どうすんだ、このネット小説の主人公。しかし現実こいつのステータスはカンストしているわけで、俺に太刀打ちできるものではない。強いて言うならスキルの「チキン」がどう作用するかだ。ドラゴンから逃げだしたらあかりをさらっていくことはできないが、しかしこいつがドラゴンから逃げだしたら俺たちだけではドラゴンは倒せない。
どうすべ。俺はぐるぐると悩んでいた。
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