6 つがいのドラゴンあらわる
あかりと秋田市サ遊びに行ったのが夢だとわかってがっかりしながら部屋を出る。なぜか薄暗い。なにかが庭に大きな影を落としているのだ。
なにごとだろうか。茶の間にいくと、鈴木くんが分かりやすくうなされていた。よくうなされるなあ、こいつ……。
「だからミナミ……あかりちゃんとはそういう関係じゃなくて……え、ミナミ……」
どうやら現実世界に残してきた彼女とあかりとで揉めている夢らしい。ずいぶん都合のいい夢だ。
「うそだろミナミ……イソノ先輩とそんなことになってるなんて……」
どうやら夢の方向性は三角関係からいわゆるNTRになっているらしい。どだやづや。
だいたいイソノ先輩ってなんだよ。カツオとかそういう名前なんだろうか。とにかく見守る。
「う、うう……あ、わ、……夢か」
鈴木くんはむくりと体を起こした。どんな夢を見ていたか訊ねると、
「うーん……男女関係で揉める夢」と答えた。そらそだべな。
「ミナミっていうのは彼女だか?」
「いや、同じマンションの隣の部屋に住んでる同い年の女の子。学校が違うしうんと親しいわけじゃないよ」しかしこいつは寝言でそのミナミちゃんと付き合っているていの夢を見ていたとわかるわけで。俺はさらに、「イソノ先輩っていうのは?」と訊ねてみた。
「小学校の先輩で、僕を野球部にしつこく勧誘してきた先輩。でも丸刈りとか嫌じゃん」
なるほど。なかなかに混乱した夢を見ていたらしい。
「はー……秋田県って日照時間が短いっていうけど、本当に薄暗いね」
「いや異世界サ飛ばされてこっちはカンカン照りが続いてる。なしたべ」
見渡すが姉貴やとき子祖母ちゃんの姿はない。――なんだ? なんだか警官隊みたいのもいるぞ。とにかく家を出てみる。
……屋根の上に、ドラゴンがでんと座っていた。
「うおっ」思わずそんな声が出る。慌ててスコップをひっつかむ。鈴木くんも、除雪用のわりと軽いスコップを取る。こいつが天魔竜か? 俺と鈴木くんが武器(?)を持ったのを見て、ドラゴンは「コオオーン」と高らかに鳴いた。襲い掛かってくるのだろうか、と武器を構えるも、なんの動きもない。
鈴木くんがビビり散らした顔をしているのを一瞥して、俺は、
「かかってこいッ!」と声を上げた。ドラゴンは無反応だ。
「おかしい、このドラゴン動かないぞ」鈴木くんが震え声で言う。
「そもそも戦う気がないんじゃないか」俺がそう言うと鈴木くんが、
「それなら頼むからさっさと帰って」と呟いた。気持ちはよくわかる。ここはテツ兄を召喚するべきだろうか、いやしかし猟銃の弾なんてはじきそうな純白の鱗に覆われている。
「お、お前らとりま逃げろ! やばいから!」遠くから姉貴の声がした。とりあえず逃げる。テレビ局や新聞社の取材が来ている。姉貴が連れて来たらしいロイの姿もある。
「ロイ、これが天魔竜か?」
「いえ、言い伝えでしか知らないので正確なところは分かりませんが、天魔竜は漆黒の鱗に覆われているとか――こいつは白いですね」
なるほど。じゃあふつうのドラゴンか。そう思うとロイが、
「白い鱗は王妃の証、と言われています」と付け加えた。王妃ったらリオレイアでねえか……。
「レイアちゃんかあ……」話を聞いていた鈴木くんが呟く。幸いなことに、ドラゴンは戦う気はないらしく、ずっと屋根の上で体を舐めている。猫か。
ドラゴンが屋根の上に居座っているので、もしいきなり暴れ出したら危険だ、ということで、とりあえず俺たちはミツ祖母ちゃんの家に移動した。ミツ祖母ちゃんの家につくと、ミツ祖母ちゃんはせっせとお惣菜をこしらえていた。わーお、肉団子。
テツ兄が猟銃のメンテナンスをしているのを見て、鈴木くんは、
「マタギですか?!」となかなかにステレオタイプなことを言ってきた。
「違う。俺はハンターだがマタギではない。マタギは複雑な戒律があるそうだが、俺はそういうのには従わない。まあ猟友会サは入ってるばって」テツ兄が真面目に答えて、鈴木くんは「すみません」と、きれいな言葉でわびた。テツ兄はハハハと笑うと、
「別に謝ることじゃない。秋田県民が猟銃磨いてあったら誰だってそう思う」と答えた。
「それよりテツ兄。うちの屋根サ白いドラゴンが出た」
姉貴がそう言うと、テツ兄は猟銃の手入れをしながら、
「あいしか。ドラゴンてなったらさすがに猟銃でなんとかできる相手でねぇよな」
と答えた。どうやらいまのところ、どうにかする方法はテツ兄にはないらしい。
「はーいポテトサラダできたよー」
ミツ祖母ちゃんがポテトサラダを出してきた。言われてみれば朝飯を食べていない。ミツ祖母ちゃんのポテトサラダはとてもおいしいので、俺はさっそく食べることにした。
「僕もいただいていいですか?」と、鈴木くん。
「いいよいいよー。なんぼでもけ」
「け?」
「食え、ってことだ。他には来い、とか、かゆいとか、そういう意味もある」
「へ、へえ……いただきます」鈴木くんがポテトサラダに箸を伸ばす。缶詰ミカンのかわりに大量のポワポワが投入されているのだが大丈夫だろうか。
「あ、あまい……なに入ってるですかこれ」
「砂糖とポワポワだ。ポワポワというのは異世界の果物」
「へ、へえー……ああ、秋田県民ってなんにでも缶詰ミカン入れるひとたちだ……」
それは偏見でねえか。
「祖母ちゃん、コンセント借りていいか?」と、俺は朝から電池の切れたスマホを持って訊ねる。ミツ祖母ちゃんは快くOKしてくれたが、このビフォアフ物件の居間にはコンセントが四口しかなかった。既にテレビとDVDデッキで二個使われている。つまり実質二口しかない。
「俺の部屋からタップ持ってくらぁ。そうすればナンボかマシだべ」と、テツ兄がそう言い、二階の部屋からタップを持ってきた。四口増えて、でもタップでコンセントをひと口使っているので、合計五口になった。そこに充電器をつなぐ。
俺はふと気になって、姉貴にとき子祖母ちゃんの行方を訊ねた。姉貴は肩をすくめて、
「とき子祖母ちゃんなら同級生の家サ転がり込んだ。フリーダムだな」と答えた。
しばらく充電すると、あかりから鬼のようにメッセージが来ていた。イエデンに誰も出ないから当然か。めちゃめちゃ心配されていたので、とりあえず無事だと返信する。
「無事なら無事ってちゃんと言えでば! 泣いて損した!」というメッセージがきて、ドキリとした。あかりは俺のために泣いてくれたのか。心臓が破裂しそうだ。
とりあえずスマホをロックする。ポテトサラダと肉団子をやっつけて、どうしたものか考えるものの、ドラゴンの倒し方なんてわからない。そりゃモンハンなら勝てるまで何度も挑戦していいが、リアル世界では一乙したらすべて終わりである。異世界だ、というのはこの際関係ない。この世界でも死ぬときは死ぬのである。
「どうしたもんじゃろのう」と、姉貴が昔の朝ドラのセリフを言う。
「なあ鈴木くん、死に戻りのスキルとかはねんだか?」思わずそう訊ねるが、鈴木くんは首を横に振っただけだった。そりゃないよな、死に戻りのスキルなんて。あってもおっかねくて使えるものではない。
ミツ祖母ちゃんがテレビをつけた。ローカルニュースで、我が家の屋根の上サ現れたドラゴンのことをやっている。異世界人のコメンテーターが、
「あれは地聖竜と呼ばれる、天魔竜とつがいの竜です」と言っている。ますますレイアちゃんでねえか。いや、本当にそうなのかはわからないが、とにかく我が家の屋根の上でヤバいことが起きているのは分かった。
「おそらく天魔竜は地聖竜を探しに現れたのでしょう。地聖竜の目覚めに気づいたのです。この二体は精神の世界で惹かれ合っている……」
なるほど。このまま放っておいたら我が家サ天魔竜が突撃してくるということか。
「迎え撃つか」俺がそう言うと、鈴木くんは目を丸くして、
「い、いやいや、ドラゴン相手に勝てるわけないでしょ。こっちはスコップとかしか持ってないのに」と慌てた口調で答えた。
「だばって、俺は俺の家をぶっかすやつを、野放しにだっきゃできねぇ」
俺は大真面目にそう答えたが、訛りすぎて鈴木くんサはあまり通じていなかった。
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