5 最強のドラゴンあらわる
接待モンハンで日が暮れるまで遊んでしまった。キャンプはほとんど解放されたし、装備の素材もたんまり手に入った。ありがたいことである。ちなみにイルミィはニコニコして見ていた。以前は3DSの古いモンハンを遊んでいたのだが、あっという間に飽きてしまい、あかりがモンハンライズをやらないかと誘ったものの満足してしまってやらなかったらしい。
鈴木くんのモンハンの腕前は尋常ではなかった。あかりやあかりのお父さんとも張り合えるレベル。ふだん学校のある東京の人がこれほどやり込むにはいろいろ犠牲にしなくてはならないのでは、と思ってしまう。そりゃあかりは暇だし、あかりのお父さんは時間さえあればゲームできる人だ。警察官で忙しいとはいえ、秋田県で警察が忙しくなるような問題が起こることはめったにない。ましてや異世界である、せいぜいモンスターが出たとかその程度。特殊詐欺のターゲットになりがちなお年寄りはたくさんいるが、そもそも物流が他県と寸断されており、特殊詐欺で現金入りのレタパを東京サ送ることはできないのであった。
「鈴木くんすごいね、笛ってこんなに便利なんだ。すごいなー」
あかりが素直に鈴木くんを褒める。鈴木くんは狩猟笛の使い手で、とにかく腕がよかった。
「いやあ、あかりちゃんだって太刀上手いよ」
「……あかりちゃん?」なぜかあかりのお父さんがそう言ってうろんな目で鈴木くんを見た。
「お父さん、そんなおっかない顔しないの! 鈴木くんビビってらしゃ!」
「さい。失礼しました」あかりのお父さんは謝ったが、鈴木くんは大型モンスターに初挑戦するときのムービーで犠牲になる小型モンスターみたいな顔をしている。
あかりのスマホで姉貴にメッセージを送る。すぐ姉貴が来たので、鈴木くんと一緒に乗って帰ることにする。
「陸斗はスマホ持ってないの?」と鈴木くんに聞かれたので、持っているが電池が死んでいるのだ、と答える。
「電池くらい修理屋で交換してもらえば」
「その修理屋がねんだよここは」
「……なんか、ごめん……」
鈴木くんがそう答えたとき、にわかに月をなにかが横切った。俺の目には、巨大なモンスターに見えた。
「月のとこなんか横切らなかったか?」俺がそう言うと、鈴木くんは、
「え? 人工衛星とか……ああでもここ異世界だ」と答える。
そんなことを話しているうちに家に着いた。きょうの夕飯は主に山菜である。
「うわー田舎料理ってかんじ」と、鈴木くんの褒めているのかけなしているのか分からないコメントを聞きつつ、アイコだのボンナだのをぱくぱく食べる。
「こ、これは結構エグみがきつい」
「ボンナは山菜初心者には難しいかもねえ」
「ぼ、ぼんな? 山菜って種類があるんですか?」
「そりゃあるよ植物だものよ。こっちはアイコ。ボンナよりは食べやすいと思う」と、姉貴。
「で、では……うん、おいしい」
……これ、おそらく鈴木くんとしては「異世界グルメ」なんだろうな。ダンジョンで冒険者がモンスターの素材や薬草を料理して作る、的な。
夕飯の山菜料理を食べて、シャワーを浴びて鈴木くんは退屈そうにテレビをザッピングしている。なにか観たい番組でも? と訊ねると、
「テレ東とTBSは放送してないの?」と訊いてきた。はい、放送されていません。
「え、じゃあ『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』は観られないってこと?!」
「何か月か遅れで土曜の昼にやってらよ」
「じゃ、じゃあTBSの日曜夜枠のドラマは?!」
「そっちは一週間遅れで日曜の昼にやってらよ」
「うわあ……僕、本当に異世界に来ちゃったんだ」いやそれは異世界でねえ。秋田県だ。
そんなくだらないことでショックを受けないでほしい。ちなみに青森サ行けばTBS系列は観られるものの、その代わりフジ系列がないのであった。そして、青森サはもう物理的に行けないのであった。県北ではTBS系列といえば青森のテレビが見られるケーブルテレビだが、岩手や山形のほうからケーブルテレビで観る手もあるらしい。
くだらないことでダメージを受けている鈴木くんのステータスを改めて見る。パラメータはカンストしているが、一つ気になるものがあった。「とくせい:チキン」である。
ううむ、と俺は考える。「とくせい:チキン」とはなんなのか。無限にニワトリを生み出す力だろうか。「異世界の秋田県に転生しました ~チキン量産スキルで比内地鶏を超えるブランド地鶏を生み出します~」とかそういうのだろうか。
とりあえずチャンネルをNHKに回すと、なにやら重々しい調子のニュースが流れていた。平和な秋田県らしからぬドンヨリ加減。何ごとだろうか、NHKがお通夜テンションなのは日本にいたときもそうだったが。
「秋田県で、異世界のモンスター、天魔竜の出現が確認されました。冒険者組合では戦力を募っており……」
流れた映像は、月の前を飛んでいくドラゴンの姿だった。すっかりニュース番組の常連になった異世界人のコメンテーターが、天魔竜のヤバさを淡々と語る。
「天魔竜は確認されているなかでも最強と言われるドラゴンです。魔王軍に参加しない、気高きドラゴンで、知性は人類を軽く凌駕しており、人類は何度も追い詰められてきました。また、天魔竜が現れるとき、異なる世界から最強の人間が召喚されるという言い伝えもあり、事実天魔竜を追い返した歴代の戦士たちは、異なる世界から呼ばれてきた人間です」
俺は、鈴木くんをちらっと見た。
……あきらかに、ビビり散らしている。
そうか、「とくせい:チキン」というのは、文字通りの骨なしチキンということか。
「ぼ、僕は怖がりじゃない……僕は強い! スライムだって一撃で倒した!」
何も言っていないのに鈴木くんはそうやって気合いをいれた。それからテレビを停めて、
「陸斗。僕はあのドラゴンを倒すためにこの世界に来たってことでいいのかな?」
と訊ねてきた。「んだびょん」と答えて、慌てて「そうだろうな」と言い直す。
「よおし……ドラゴン。ドラゴンと戦うぞ。負けないんだからな」
そういうのがすでに「とくせい:チキン」なのではないか。
「へば明日は武器でも見に行くか? さすがに木の棒ではドラゴンには勝たれないべ」
「お、おう!」
せいいっぱい勇ましく言い、鈴木くんは気合いをいれた。そして寝た。俺は部屋にスイッチを持ち込み、黙々と電池切れすれすれまでモンハンをした。
こうやって、モンハン世界のようにドラゴンと戦う日がくるとは思わなかった。いや俺は戦わないが。戦うのは鈴木くんだが。
夜もすっかり更けてしまった。スイッチをドックに戻して寝る。
――あかりは俺の彼女なんだよな。鈴木くんにとられるほどチョロい女じゃないよな。
そう念を押して確認し、タオルケットを被った。
でも鈴木くんはもはや異世界になった日本からやってきた勇者なわけで、であればチートやハーレムは付き物なわけで。いやこの世界が日本から見たら異世界とはいえ、世の中がぜんぶネット小説のノリで動いているとは思わないが……。
待てよ。ハーレムにするってもそもそも女キャラ足りねぐねっか。あかり、姉貴、環奈ちゃん、祖母ちゃんふたり、イルミィ、あかりのお母さん……祖母ちゃんたちやあかりのお母さんみたいに、ハーレムにしようのないキャラもちょいちょいいるでねが。それに環奈ちゃんをハーレムに入れたらロリコンでねが。
大丈夫。俺がチキンになってどうする。
俺がモンハンで愛用している武器は双剣だ。モンスターの前に飛び出して鬼人化乱舞を浴びせるのが俺のポジションだ。つまり俺は勇敢なのである。
俺は勇敢。だからあかりに捨てられたりしない。たぶん。
恋のさや当てをしながらドラゴン退治とは、これまた面倒な。でもやるしかない、やるしかないのである。
天魔竜がどんなものかは正直よく分からないが、人類がドラゴンを倒すことはできるとモンハンが証明している。いやゲームだけどな。証明されてないけどな。
そんなことを考えているうちに眠りに落ちた。あかりと、秋田市サ遊びに行ったときの夢を見た。目が覚めて、夢だったと知ってとてもがっかりした。
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