4 転生者ステータスに主人公驚愕す

 というわけで、家からちょっと歩いたところにある杉林に来た。小学校のころ、クラスメイトたちがよく遊んでいたところ。もちろん俺は仲間に入れてはもらえなかったわけだが。


 杉林の鬱蒼とした木々の合間合間に、見たことのない異世界の植物が生えている。杉の木には見たことのない異世界の鳥がとまってさえずっている。


 向こうからスライムが一匹ぴょんこぴょんこと現れた。これなら適当に倒しても問題なかろう。火炎放射器つきスコップを構える。


 一方の鈴木くんはなんの武器を……と思ったらその辺に落ちていた木の棒を拾っていた。小学生か。それで勝てるわけねぇべった。


 スライムはそこも判断したらしく鈴木くんに襲い掛かる。鈴木くんは木の棒でスライムを横なぎに一閃する。


 ぱっかあーん!


 スライムは見事に上と下に分かれて、じぶじぶと土に還っていった。


「お、おめ、その木の棒で?!」


「な、なんかわからないけど、できた!!!!」


 鈴木くんのステータスをよく見る。

 すべてのパラメータがカンストしていた。


 お、おめ、いわゆるひとつの俺TUEEEでねが。無双でねが。秋田県民が欲しくても手に入れられねがった、異世界転生の定番でねが。


 改めて俺のステータスも見てみる。


「こうげき:それなり ぼうぎょ:まあまあ すばやさ:ふつう かしこさ:サルなみ うん:ほどほど とくせい:バーサーカー」


 おい。なんで俺のステータスばりこんた雑なのや。怒りでメラメラしてくる。特に「かしこさ:サルなみ」とはどういうことだ。鈴木くんに大きく劣っている。じぇ、ジェラシ~~~~!


 これはもしや、「気が付いたら異世界の秋田県に転移していました ~秋田県民の持っていない『全ステータスカンスト』で無双します! 秋田美人に囲まれて毎日楽しいです~」みたいなライトノベルが始まってしまうのだろうか。いやだ、この物語の主人公は俺だ!


「……鈴木くんは、モンハンやるったが?」そう訊ねると、鈴木くんは笑顔で答えた。


「もうやりこみすぎて飽きちゃってるけど、夏にサンブレイクが出るから操作忘れないようにやってる」ちきしょうモンハンのほうもやりこみすぎて飽きるレベルかよ。どだやづや!!


 メラメラしても仕方のないことでメラメラしたわけだが、とりあえず「モンスターを倒してみたい」というのは達成されたので家サ帰ることにした。東京の人は歩くのが速い。


 家に帰ると姉貴が掃除機をかけていた。あれ? 壊れたんじゃないっけ、と思ったら、最新鋭のスティック掃除機だった。ラスト一回のテレポートでスイッチと一緒に東京で買ってきたとか。それなら俺のスマホも買い替えてくれたらよかったのに……。


「姉貴、この世界と日本の東京をつなぎ直すことってできるったが?」


「うーん、むこうでテレポーターを設置してくれる人がいないことには。電話するって言ってもあっちの研究施設辞めちゃってるし、むこうにテレポーターを置いてくれるひともいないし。父さん母さんに頼むったってテレポーターを渡せないし」


 そうなのか。俺としてはとっとと帰ってほしいのだが、鈴木くん。あかりの好きな東京の話ができたり、カンストしたステータスだったり、どうあがいても勝てない。きっと鈴木くんは俺TUEEEでチートでハーレムなのだ。許しがたい。


 しかしこの気付きのおかげで、異世界転生小説で主人公の横にいるモブの気持ちが少し分かった。これは小説に活かせそうだ。いやこんた気持ち活かしたくねえばって。


 ため息をついた。頭をがしがししていると、玄関チャイムが鳴った。


「陸斗ー。ひまだよう」


 入ってきたのは環奈ちゃんだった。環奈ちゃんは鈴木くんを見るなり、

「このひとだれ?」と訪ねてきた。かくかくしかじかと説明すると、

「すごい、東京って本当にあるんだ」と目をキラキラさせた。いや東京はあるよ。そう言うと、

「だって東京だよ、スカイツリーとか東京タワーとか、雷門とかがあるんだよ!」と、環奈ちゃんは東京名所を並べた。東京に行ったことのない人間っぽい視点だなあと思う。


「環奈ちゃん、東京にはな、新宿末広亭というのがある」


 俺がそう切り出すと、環奈ちゃんはよく分からない顔をした。


「なにそれ、焼肉屋さん?」と訊いてきた。これは食いついたと思ってよさそうだ。


「新宿末広亭というのは、寄席だ。落語とか手品とか講談とか漫才をやっている」


「へえー、いわゆる演芸ってやつかー」環奈ちゃん、なんでそんなこと知ってるの。


「え、落語って江戸時代語のやつでしょ?」と、鈴木くんがトンチキなことを言いだしたので、そりゃあ古めかしい表現もあるが基本的に現代語だ、と言うと、「詳しいんだね」と言われた。いや常識だべした。


 新宿末広亭には中学の修学旅行で行ったのだが、噺家さんがいろいろいじってきて面白かった、と俺は素直に言う。それを聞いた鈴木くんは、

「いやいや修学旅行で東京に来てなんの意味があるの。特に有名なお寺とかないし、水族館とかもショボいし」と、田舎の民をバカにする口調で言う。


「……鈴木くんは、修学旅行どこであった?」


「えーと、小学校が日光で、中学校が奈良と京都。高校は沖縄」


 うん、修学旅行のスタンダードメニューだ。俺は小学校が函館で中学校が東京、もし通っていたら高校で奈良と京都、という東北スタンダードメニューだった。


「そっか、東北からだと奈良京都に新幹線一本でいけないんだ」

 いま軽く東北をディスったな?


 ディスられた東北民の俺は、とりあえず黙るしかできなかった。


 これが俺TUEEE。これがやれやれ系主人公。……悔しい。メラメラする。


 電話が鳴った。とき子祖母ちゃんは環奈ちゃんと山菜の皮を剥いているので俺が電話に出る。環奈ちゃんはなんだかんだでとき子祖母ちゃんに懐いているのであった。


「陸斗? モンハンどこまで進めた?」

 あかりだった。俺は素直に、

「キャラクター作り終わって訓練クエストクリアするとこまで」と答えた。


「……まじか。じゃあさ、あたしと父さんで接待モンハンするから、うちに遊びにきなよ。何なら鈴木くんも誘うといいよ!」あかりは明るく朗らかにそう言う。接待モンハンて……。


「もしかしてあかりさん?」と、ワクワク顔にメラメラの鈴木くん。


「あかりが、モンハンやろうって……俺、始めたばっかりでキャラクター作り終わって訓練クエスト突破したところなんだけど……あ、あかりだけじゃなくてあかりのお父さんもいる」


「へえー! あかりさんのお父さんってゲーム好きなんですね」


「あのや、鈴木くん。『あかりさん』って言うと某将棋漫画のおっぱいのすごいおねいちゃんみたいだからやめてけねが。あかりとあのおねいちゃんには共通項がなさすぎる」


「あっ、たしかに……じゃあなんて呼べばいいのかな?」


「ふつうに『あかりちゃん』でいいってね?」


「わかった。本人に了承をとってそう呼んでみるよ」


 というわけで姉貴の車であかりの家に移動した。駐在所を、鈴木くんはしみじみと眺めて、

「あかりちゃんのお父さんって警官なのかあ」とつぶやく。秋田県警のパトカーをちらっと見てから、おじゃましまーすと中に入る。


「おー君が東京から転移してきたズ鈴木くんかあー! いかにも東京のスマートな高校生って感じだなや! あかりの父です!」


 あかりのお父さんのやたら圧のつよい挨拶に、鈴木くんは明らかに気圧された顔をしている。あかりは万SAI堂で買ってきたという中古のスイッチライトで、あかりのお父さんは転移する前に手に入れていたスイッチをテレビにつないで、ゲームの用意をしていた。


「そいじゃー始めるか。陸斗はとりあえず逃げながら隠れてて。倒したら剥ぎ取って」


「お、おう……」


「ヒトダマドリちゃんととれよ~。よし、じゃあまずキャンプ解放するやづから行くべか。とりあえず探索ツアー選んでけれ」


 てな具合で接待モンハンが始まった。あかりのお父さんのところに集合してみると、鈴木くんは女の子のキャラクターを使っていた。しかもけっこうかわいい。


「いやー恥ずかしいっす……ふだんオンラインでしか遊ばないんで……」


「んーん、鈴木くんのキャラかわいいじゃん! モンハンはどう考えても女キャラで遊ぶのが正解でねが」あかりは朗らかに言う。また俺の頭の上サ、めらめらが浮かんでいる気がした

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