3 転生者と主人公の状態異常発動す

 博物館をぐるっと見学して、次はどこへいこうか、ということになった。とはいっても秋田県にはまともに見て面白いものなどなにもなく、基本的にひたすらコメ畑――田んぼが広がっているだけだ。姉貴の提案で、とりあえずちょっと遠いけど小坂サ行ってみるべし、ということになった。小坂には産業観光とでもいうのか、昔の鉱山関係の建物がいろいろ残っている。まあそれだってきれいな建物だなーくらいの感じで、特にアトラクションがあるとかではない。


 道中ひたすら山の中を車で飛ばしていたので、鈴木くんはキョロキョロしながら、

「あの。ここ行って本当にオシャレな街なんてあるんです?」と訊いてきた。


「オシャレな街というのは妥当な表現ではないねえ。オシャレな街の痕跡というのが正しい」

 と、姉貴が言う。鈴木くんはよく分からない顔をしている。


「痕跡ですか」


「そう痕跡。鉱山事務所だっていまは鉱山事務所として使われてるわけじゃないし、康楽館にしたって役者さんが来るわけじゃないからただの古い芝居小屋だし。まあ、でもアカシヤ並木はきれいだよ」


「……アカシヤ? なんか木ですか?」


「アカシヤハチミツって聞いたことない? 小坂名物といえばハチミツだよ」と、姉貴。


「ハチミツ……」鈴木くんは考え込んでしまった。とにかく、車は小坂の歴史ある建物の並ぶ通りに入ってきた。鈴木くんは落ち着きなくあたりを見渡して、

「うわあ、オシャレな建物だ」と、東京人らしからぬセリフを発した。それにあかりがツッコむ。


「東京のほうがどう考えてもオシャレだべ。東京駅とか国立博物館の入り口とかヨォ」


 あかりのツッコミに、鈴木くんは真面目な顔で、

「そうかな。当たり前すぎてオシャレだとか考えたことなかった」

 と、秋田県民としては衝撃的なセリフを吐いた。


「あの、ひとつ疑問なんですが」と、鈴木くんは切り出す。


「なした?」と、あかりが明るく答える。


「ナマハゲって、アパートとかマンションには、どう入ってくるんです?」


 秋田県民一同、噴き出してむせてしまった。ない。男鹿にはそんたものない!

 それを説明すると、鈴木くんは口をとがらせて、

「小さいころ、サンタクロースは煙突のないうちのマンションにはどう入ってくるの、って訊いたらうやむやにされて、それでサンタクロースを信じるのはやめたんですけど」

 と、真面目な口調で話した。


「マンションって、いわゆるタワマン的なやつ?」と、あかりが訊ねる。


「そんなうんと高層マンションってわけじゃないですけど。そこそこのマンションです」


「すげ……」あかりがうめく。そこから切り返すように、

「マンションってことは雪かきさねってもいいズことだものな」と、そう呟く。


「あかり。そもそも東京は雪なんぞ降らねぇべった」俺がそう言うと、あかりはため息をついて、

「はあーあ……東京サ行きたかった……秋田県、なんもないもの……」

 と、悲しそうな顔をした。東京サ行ってなにをしたかったのか訊ねると、

「洋服の仕事。テキスタイルデザインとか、じゃなかったら服そのもののデザインとか。高校サ通ってあったころ、そういうの勉強できる大学を先生に勧められてて」と答えた。


「でもがり勉になんねば入れねぇとこであったんだべ?」


「んだ。あかりちゃんにがり勉なんて似合わないものな」


 あかりはため息をついた。ちらっと鈴木くんを見る。チャーム状態のハートがメラメラしている。なんだこの炎は。よく分からないがあんまりいいものではなさそうだ。


 とりあえず小坂を軽くドライブしてから家に戻ってきた。


「まあ、出てくる食べ物は田舎くさいばって、ガマンしてけれ」


 俺がそう言うと、この東京者は俺を一瞬睨むような表情をした。なぜだ。


 そういや東京のひとって軽い気持ちで舌打ちするとかいうものな。なしてそんた行儀の悪いことするんだべ。


 ――家に帰ってきてとき子祖母ちゃんが用意していたのは、ものすごいご馳走であった。とき子祖母ちゃんは自分の簡単スマホでクックパッドを調べて、いま家にある食材でできる一番豪華な食事をこしらえたのだ。俺と姉貴はあっけにとられた。


「――そうだ、あかりちゃんそろそろ帰らなねもねってね? 送ればいいか?」


「あーそうですねえ。いつまでも居座っちゃだめだ。それじゃー」


「あ、あの!」

 鈴木くんがいきなり大きな声を出して、一同びっくりする。


「あかりさん! LINE交換してください!」


「い、いいども……そんたでっかい声出すとビックリするでねが」


 あかりはポケットから、かわいいケースに入れられたスマホを取り出し、鈴木くんとLINEを交換した。それから姉貴に送られて帰っていった。


 なんだったんだ。


「あの。陸斗は、あかりさんとどういう関係なんだ?」


「関係もなにもあかりは俺の彼女だ」


 またしても鈴木くんの状態異常アイコンがメラメラしている。そうかこれ嫉妬か。


 しかし、このスマートな東京の男と、俺みたいな筋肉しか取り柄のない田舎者、あかりはどっちをとるのだろうか。わからないが、もし俺があかりだったら鈴木くんのほうを選ぶかもしれない。だって俺とはもう何年も一緒だったからだ。


 そう思ったら急に鈴木くんに嫉妬する気持ちがわいてきた。


「あ、スイッチの充電ケーブルってある?」と、鈴木くんはそう言ってスイッチライトを取り出した。新色の青いやつだ。姉貴が互換性のあるケーブルを持っていたな、と思っていたら姉貴が帰ってきたので、互換性のあるケーブルを貸してやる。


「……陸斗、おめなにメラメラしてる?」と、姉貴が訊いてきた。


「メラメラ?」よく分からないのでそのまま返す。


「頭の上サ、メラメラしてるハート出てる」


 ……俺まで嫉妬の状態異常になっていたのだった。どういうことだ。いや心当たりはあるのだが……。


 豪華な夕飯を食べて、家の奥の押入れから敷布団とタオルケットを出してくる。とりあえず鈴木くんには茶の間で寝起きしてもらうことになった。スマホの充電は大丈夫か、と聞くと、モバイルバッテリーと一緒に充電器も持ち歩いていたようなので、問題ないようだ。


 シャワーを浴び、さっさと寝てしまうことにした。いつまでもメラメラしていたってしょうがない。ため息をつく。


 姉貴に譲ってもらったタブレットでしばらくラノベ――いまはアプリでタダ読みできるが、一気読みできないしあのページが残り少なくなってくる感覚も味わえないので、やはり紙の本が最強――を読んで、それから布団に潜り込んだ。


 夢を見た。俺とあかりと鈴木くんとイルミィと姉貴とロイが、フィーリングカップルとかいう太古の昔のバラエティ番組の企画をやっている夢だ。結局夢の中ではカップル成立には至らなかったが、なんだかメラメラしてしんどい夢だった。起きたら汗みずくになっていたので、朝からシャワーを浴びる。


 茶の間では鈴木くんがひどくうなされていた。起こしたほうがいいんだろうか……と考えていると、とき子祖母ちゃんが起きてきた。とき子祖母ちゃんはアパート暮らしをしたことがないので、生活音がとにかく大きい。どしどし歩いてきて、鈴木くんはびっくりして起きたようだ。


「ここは……そうだ、秋田県か……天井が違う」


 鈴木くんはため息をついた。とき子祖母ちゃんが朝食を用意している。出てきたのはひきわり納豆と白いご飯、それから味噌汁と漬物というシンプルなメニューである。


「ひ、ひきわり納豆って、ご飯にかけるものなんですか? ふつう納豆巻の中身でしょ」


 鈴木くんのリアクションに、ああそれが全国規模では普通なんだな、と思いつつ、秋田県民のひきわり納豆好きを解説すると、よく分からない顔をしながら納豆をご飯にかけて食べ始めた。


 姉貴がのそのそと起きてきて、鈴木くんに、「じゃあきょうは何しようか」と訊ねた。鈴木くんは、「モンスターを倒してみたいです」と答えた。

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