2 転生者と大館市内を観光す

 詰むや詰まざるや、という会話をしていると、あかりが我が家の茶の間に有機EL型のスイッチが置かれていることに気付いた。


「あれ? これ最新機種じゃなかった? なんであるの?」


「姉貴がテレポーター最後の往復で買ってきた。いまモンハンのキャラ作ってあったところだ」


「へえー。どんなキャラ?」


「普通に男キャラだ。コワモテの」


「だめだよーモンハンは女の子のキャラ作んないと。何時間もケツを見続けることになるんだよ?」


 あかりの発想が完全に姉貴と一緒でげんなりする。


「だってよ、あかりの父さん男キャラでやってらべ。俺が美少女だったら恥ずかしいべった」


「……そうか。それも一理あるな……。進めたくなったら連絡ちょーだい」


「分かった。で、鈴木くんはどうする?」


「ま、魔王倒したら帰れたりしますかね?」

 鈴木くんはオドオドした口調でそう言う。あかりが首をひねる。


「うーんこの世界の魔王わりと人畜無害なんだやー」


「いや、人畜無害でねえべった。セリオンだの樹海ドームだの落とされたの忘れてねっか? そのうえ魔王軍のしんがりのせいでひどい目に遭ったべした」


「あー! そうであった! でも魔王倒して帰れるシステムではねえびょん……」


「びょ、びょん? イ・ビョンホン?」


 ああ、鈴木くんには秋田弁は通じないのか。俺が説明する。


「びょん、っていうのは『だろう』ということで、つまり訳すと『魔王倒して帰れるシステムではないだろう』ってことだ」


「な、なるほど……秋田弁ってもっとこう、『○○だっぺ』みたいなのかと思ってました」


「それは北関東な。福島あたりでも言うと思うばって」


「てゆか東京人から見て秋田ってどう見えてあったの? すごく気になる」と、あかり。


「なんていうか、異世界に飛ばされたよく分からない田舎でナマハゲときりたんぽとしょっつるがある、みたいなイメージですね」


 ほぼほぼ合っている。


 秋田県民一同、ため息をつく。


「まあそう悪いところじゃないから、帰る方法が分かるまでエンジョイ異世界するといいよ」

 姉貴が外国の人みたいに肩をすくめてみせた。


「ありがとうございます。……あの、ここは秋田のどこですか?」


「大館。秋田犬発祥の地」俺がそう答えると、鈴木くんは目をキラキラさせた。


「秋田犬?! あのザギトワとか朝青龍にプレゼントされた秋田犬?!」

 なぜか秋田犬に食いついてきたので、秋田犬を見せよう、と、俺たちは鈴木くんを連れて奥村さんの家に向かった。ちょうど、おじさんが外で犬洗いをしていた。ゴン太は水をドリルみたいになってぶるぶるーっとまき散らしている。


「これが秋田犬」


「へえ……こんな模様の秋田犬がいるんだ。触っていいですか?」


 俺には吠えるゴン太であるが、鈴木くんには特に吠えなかった。解せぬ。


「そのふとはどこから来たんだ? この辺の制服でねえな」


「東京でトラックにはねられてこっちに飛ばされたみたいで」


「トラックにはねられてこっちサくるなんてこともあるんだなあ。東京で制服のある学校ったば名門でねが」


 細かいニュアンスは伝わっていないかもしれないが、なんとなく通じたらしい。


「いえいえ。高校受験しなくて済むってだけの理由で中学入試して入った学校です。たいしたところじゃありません」


「そもそも中学入試って発想がないよね、秋田県……国際情報学院はあるか」


「あー、わたしが小学生のころは国際情報学院はなくて商業高校だったから、毎年『中学入試のない秋田県の子供に算数の良問を』っていう問題集買わないかって案内学校で配ってたな」


「姉貴、歳がバレるぞ歳が」


「三十を突破するとどうでもよくなるんだよ歳なんて」


「その割には行き遅れを気にしてるでねが」


「……うぉっほん。鈴木くん、秋田犬どうであった?」


「でっかいですねえ。柴犬を一回り大きくした感じなのかなって想像してたんですけど、すごくでっかいですねえ。かわいいなあ」


「よし。ほかになにか見てみたいものある?」


「うーん……僕、秋田県に行くなんて考えたこともなくて、見たいものとか言われてもぱっと思いつかないっていうか……」


「じゃあ田んぼでも見にいこうか。ドライブだ」


 姉貴の車に俺とあかりと鈴木くんが乗り込む。姉貴は車を走らせて、ちょっと郊外に出た。見事に稲が実っている。


「うおお……すげえ、どっち向いてもコメ畑だ!」


「コメ畑じゃない、田んぼな」鈴木くんの農作物への認識の低さに驚いてしまう。田んぼ、という語彙がぱっと出てこないのは、やはり田畑と無縁の東京で暮らしているからだろうか。


「ところで秋田県って冬はスキーで通学するって本当ですか?」


 どこで得た知識なんだろうか。偏見がすごい。さすがにスキーでは通学しないぞ。


 秋田県についての偏ったイメージはまだほかにもいろいろあった。


 きりたんぽにハタハタが泳いでいると思っていたのには秋田県民のほうがショックを受けたし、きりたんぽがしょっつる味だと思っていたのにも秋田県民のほうがショックを受けた。きりたんぽに泳いでいるのは鶏肉だし、味付けは醬油ないし味どうらくの里だ。


 ただこれは地域差があるかもしれないね、と姉貴は言う。


「秋田県広いからね。あかりちゃんちのきりたんぽには豚肉が泳いでたりするんでしょ?」


「そうですねえ。で、どこに向かってるんですか?」


「郷土博物館。とりあえず秋田県大館市がどんなところか分かるからね」


「あー、あたしもあんまりちゃんと見てなかったので見てみたいです」


「郷土博物館って本物の比内鶏飼ってるよな、確か」


「ええっ?! 比内鶏ってあの比内鶏ですか?! すげー!」


「食べられないよ?」と、姉貴。いや当然ですがな。それでも鈴木くんは嬉しそうだ。


 姉貴の車は郷土博物館の駐車場にすーっと入った。みんなで姉貴の車を降りる。郷土博物館は昔高校だった建物なので、ぱっと見の学校感がすごい。みんなでまずはニワトリ小屋を見学した。ニワトリくさい。


「これが比内鶏ですかあ。案外ふつうのニワトリなんですね」


 どんなニワトリを想像していたのだろうか。食用になっているのは比内鶏と地鶏を掛け合わせた比内地鶏だとか、そんな話をしつつ博物館に入っていく。入場料は姉貴が払ってくれた。


 大館というところは基本的に鉱山の街だったところなので、入ってすぐに鉱山で使われた機械がズララーっと並んでいる。それを鈴木くんは興味深げに眺めて、それから昔の生活用品のコーナーをしみじみと見た。さすがにこれは大昔のやつだ、と言うと、


「そうかー……今はさすがに機械でやるんですよね」と、納得したようだった。いやどの程度の文明を想像してたの。そこを訊ねると、某ジャニタレがなんでも作っちゃうテレビ番組の名前を挙げて、


「あの番組みたいに、手で田んぼに植えて手で稲刈りしてるとばかり」と答えた。ううむ、今は田植え機とかコンバインとか便利な道具がいろいろあるのを知らないのは、やはりそういう「田舎」のイメージのせいだろうか。そう思っているとあかりがスマホを操作して、


「これ、秋田県のご当地ヒーロー」と、ネイガーが田ウェーイしている画像を鈴木くんに見せた。鈴木くんはしみじみと田ウェーイするネイガーを眺めて、


「そうかあ、田植えも機械でやるんだ……」とつぶやいた。いやそこで納得されても。


「都会のひとは田舎と言われて想像するのがあの番組なんだねえ。きょうび手で田植えするのは小学生の体験教室か大曲農業の田植え選手権くらいだよ」と、姉貴。


「た、田植え選手権?」またややこしいことを。要するに田植えの速さと正確さを競う競技だ、と説明すると、「大曲ってここから近いんですか?」と誤解したことを聞いてきたので、電車で三時間かかる、と説明する。なにも知らない人にものを教えるのは難しいのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る