異世界秋田第三部 恋の龍討伐 〜東京から転生者が降ってきたんだが〜

1 東京からの転生者あらわる

 俺はきょうも梁にぶらさがって懸垂をしていた。


 筋肉は裏切らないからである。筋肉質に、俺はなる! である。事実、俺の筋肉でどうにかなった事案というのはいろいろあって、なので筋肉を鍛えることにしているのである。


 しばらく筋肉をギシギシやっていると、唐突に姉貴が声をかけてきた。


「おーい。いいもん買ってきたぞ」

 いいもの。なんだろうか。梁から手をぱっと放して姉貴のほうに向かう。姉貴の手にはちょっと見たことのないデザインの紙袋が握られていた。


「なんそれ」


「ふっふっふ。有機EL型のニンテンドースイッチだ!」


 ……それって秋田県では買えないやつでは。そう言うと姉貴は高笑いして、

「玄関のテレポーターが残り一発だったから東京都内に移動した!」と答えた。そう、姉貴は東京の地下深くにある謎の研究施設に勤めていたので、玄関先からその施設にワープできるようテレポーターを備え付けていたのだが、そのワープ先の座標を東京の地上に設定したらしい。


「てことは東京サ行って買い物できるズことだか?」


「うんにゃ。なんせ酷使したからね、ワープの残回数がなくなるところだったから、買い物して帰ってきた。もうテレポーターは使えねよ」


 なんということだ。貴重な現実世界との連絡を、そんなしょうもない使い方で終わらせてしまうとは。でもスイッチの有機EL型は素直に嬉しいので、姉貴に頼んでクレカでモンハンライズのダウンロード版をポチってもらった。


 さっそくキャラメイクを始める。うーん、どうすべ。どうしたもんだべ。


「女の子のキャラを作れ。これから何十時間もケツを見続けるんだぞ。装備だって女の子のほうがかわいいぞ」


「いや、でもあかりとかあかりの父さんとかと遊ぶから……さすがに美少女を作るのはちょっと」


「そうかー。まあ、しょうがないか。やりたいようにやればいい。研究所の上司が、ゲームで異性の主人公キャラ作る話をしたら『ええ?! 男の人が女の子のキャラクターで遊んでもいいの?!』って言ってたからそういう考え方が一般的なんだろうね」


 キャラメイクが終わった。ものすごいコワモテのハンターができた。


 よし、さっそく始めるか――となった、そのとき。空から一筋光が指してきた。


 その光の中を、秋田県には存在しない、いかにも東京の高校生、といった服装の、俺とあまり年の変わらない男が、横になって目を閉じてゆっくりと降りてくる。完全にラピュタだ。


「姉貴! 空から男子が!」


「そんなところでラピュタを持ち出すな。な、なにごと?」


 東京の高校生(仮)は、庭に着地しても、まだ目を閉じている。


 おそるおそる近づいて、そっと観察する。生きているようだ。


 姉貴が、その東京の高校生(仮)を真面目な顔で観察していると、東京の高校生ははっと気がついて目を覚ました。すっ飛ぶように庭木の影に隠れる。


「あーあー大丈夫。ここは秋田県だよ。どうしたの?」と、姉貴。


「ぼ、僕、トラックに轢かれて……あ、秋田県って、異世界に行ってしまった秋田県?」


 あいしか。異世界転生でねが。


「そうだよ。そこしか秋田県ないからね。まあ落ち着いて――しそジュースでも飲む?」


「し、しそジュース?」


 姉貴が奥村さんの奥さんからいただいてきたしそジュースを出した。東京の高校生(仮)は、しそジュースをひと口飲んで、「酸っぱい」と呟いた。


「俺は菅原陸斗。こっちは姉の菅原萬海。お前は?」


「ぼ、僕は鈴木亮太といいます……東京の私立の高校に通っていました」


 なるほど。東京は公立の高校に制服がないんだもんな。


「陸斗~? 萬海~? 誰かお客さん来てらったが?」と、とき子祖母ちゃんが言うのが聞こえた。


「いや、異世界転生者だー」と答えると、とき子祖母ちゃんは急ぎ足で茶の間に現れた。


「い、異世界転生って、あのトラックさ轢かれて勇者になるやつだか?」


「なんで知ってんの」


「ときどき夜中に再放送みたいにしてアニメやってらべ、なんとなく見てあったんだ」


 秋田県では異世界というものを知らないジジババが人口の多くを占めるため、ときおり夜中に異世界転生アニメを流すようになったのであった。


「そうか、鈴木くんは勇者なのか……」と、姉貴がしみじみ言う。


「えぅ?! 勇者?! 無理無理無理ですよ! 僕そういうの嫌いなんです! 好きなのは太宰治とモンハン!」


「太宰治ったば青森のふとだよな。斜陽館、いかにも成金の館って感じで」


「夢が壊れる……」俺のセリフを聞いて、鈴木くんはそう言ってため息をついた。大昔、家族で青森県にある太宰治の実家、斜陽館までドライブしたことがあるのだが、本物の金持ちならゆっくりとるであろう門から玄関までのアプローチが短くて、和洋折衷でド派手な家具が置かれた、まさに成金の館という風情の家であった。そんな家で育ったらそりゃ屈折した文豪になって玉川上水に入る人生を送っても仕方がないと思う。太宰本人も「風情もなにもなくただ大きい」みたいなことを書いていたような記憶もある。


「太宰はともかく。神様に土下座されたりしなかった? なんかチートスキルはある?」


 姉貴の質問に鈴木くんは困り切った顔をした。たぶんなんの予告もなしに、異世界にぶっとんでしまったのだろう。


「……秋田県って、青森県の南ですよね。東北日本海側ってやつ。岩手とか山形とも接してるんでしたっけ」


「いまのところ北はタキア藩王国だど」


「すごいところに来てしまった……どうすれば戻れますか。スイッチの有機EL型があるということはワープして戻るとかできるんですよね」


「それがテレポーターはもう使えなくて」


「マジかよ……」鈴木くんはため息をついた。戻りたがる異世界転生ってあるのか。しみじみと鈴木くんを観察してもらう。


「陸斗、いる?」玄関からそんな声。見るとあかりが、イチジクの甘露煮の入ったタッパーウェアをもって立っていた。


「おーあかりナイスタイミング! いまちょうど現実世界の東京から転移してきた人がいて」


「は? なにそれ『な●う』?」


 あかりの中の「小説家にな●う」の立場はどうなっているのだろうか。


 あかりは問答無用で上がりこんでくると、鈴木くんをしみじみと見て、

「あたし伊藤あかり。よろしくね」と挨拶した。俺は鈴木くんの頭の上に状態異常のアイコンが灯っていることを目ざとく見つけた。チャーム状態だ。あかりに惚れてしまったらしい。


「すごいね、東京から来たったが?」


「え? あ、えっと……はい。東京から……鈴木亮太といいます、よろしく」


 鈴木くんの自己紹介。しかしあかりは食い気味に、

「マジ?! 女の子にどんな服流行ってる?!」とそう尋ねた。


「量産型とか地雷とかそういうのばっかり見ます」


「……そうか。うぬぬ、なんの参考にもならんかった……」あかりよ、そりゃあんまりでねっか。そうツッコむと鈴木くんはしょんぼりした顔をして、

「参考にならなくてすみませんでした」ととてもきれいな標準語で言った。いや、悪いのはあかりだ。わけのわからない質問をしたあかりが悪いのだ。


「で、どうするんですかマミさん」あかりが姉貴に訊ねる。姉貴はうーむと考えて、

「なんとか帰れる方法を探すしかねえべな」と答えた。そりゃそうだ。


「あ、あの。秋田県ってことは、ナマハゲに襲われたりするんですか」


 鈴木くんのとんちんかんな疑問に、秋田県民一同は大爆笑した。襲われるわけがねえべした。あれ中身は男鹿の町内会のおじさんだど。そして男鹿以外サはナマハゲは出ないのだ。


 それを説明すると、鈴木くんは安心した顔をした。よほどナマハゲが怖かったらしい。


「ナマハゲより問題なのはゴブリンだのスライムだのモンスターが出ることだ」


「えぇっ。詰んでるじゃないですか」


 鈴木くんは叫んだ。詰んでる、て。いや確かに詰んでるばってや。

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