12(第二部完) 秋田県に平和戻る
――秋田県は夏に戻った。あちこちで急な雪解けによる川の増水が起こったものの、特に家が水没しただとか家畜が流されただとか、そういうおっかないことは起こらなかった。
ジェネラル・フロストは相変わらず長走風穴に棲みついている。冬がくる、ということがないので、長走風穴は年中ひんやりしているのだ。いまではすっかり長走風穴のマスコットキャラクターになってしまっている。人間に見える姿になったところ、ジェネラル・フロストは完全に「かわいいゴシャハギ」なのであった。
すっかり夏に戻った我が家では、またしても環奈ちゃんのご両親が、ペコペコしながら稲庭うどんの箱をとき子祖母ちゃんに渡していた。どうやら俺がいない間ずっと環奈ちゃんを預かっていたらしい。とき子祖母ちゃんはニコニコで稲庭うどんの箱を受け取り、環奈ちゃんのご両親が帰ってから、
「うどん、茹でねば食べられねんだよなあ」とつぶやいていた。この常夏ぶり、確かにうどんを茹でるのはなかなかの地獄である。
それはともかく。
あかりが帰ってきて、あかりの家族はあかりをきつく𠮟るのか、と思いきやオイオイ泣いて喜んでいた。俺としてはすこしきつめにお灸を据えたほうがいいと思うのだが、あかりは元気に帰ってきたのだからそれでいいか、ということになったらしい。さすがに拳銃をかっぱらったのはあかりのお父さんが秋田県警から𠮟られていた。
帰ってきて気付いたのだが、あかりはかなりこんがりと日焼けしてしまっていた。健康的な感じだ。色白でふっくらした感じの秋田美人ではなくなっている。あかり自身も、鏡を見て「まじか」と思ったらしく、お小遣いを投入して美白化粧品を次々と買っていた。
それからイルミィが駐在所サ戻ってきた。相変わらずインスタで遊んでいるようだ。
テツ兄はミツ祖母ちゃんの家で暮らしているようだ。ときどきいくと包丁を研いでいたり車の改造をやっていたりする。ミツ祖母ちゃんもロイも楽しそうなのでいいか、ということになった。
イテャはいちど山を下りてしまったはぐれ神官純情派ゆえ、ソレオ山に帰ることは許されなかったらしく、長走風穴の近くで暮らしている。ジェネラル・フロストがなにか悪だくみをしたら止める役、ということらしい。
「いやあ秋田県いいところですねえ! 道はきれいに舗装されてるのにわだち一つない!」
そりゃアスファルトだから当然なのだが、異世界人の秋田県の第一印象は「道がきれい」というのが多いらしい。確かに異世界の道はわだちだらけの石畳か土の道がほとんどだった。
やっぱり、秋田県というのは、異世界人から見たら異世界なのかもしれない。俺も電書を読めるタブレットが欲しい。無性にライトノベルを読み漁りたい気分だ。
それを姉貴に訴える。無視されたのでもう一度くどく行ってみる。
「うーむ、たしかに宮部みゆき御大が言ってたな、読書しないと悪い大人になるって」
なにやら映画のセリフらしい。俺は世代でないのでよく知らない。姉貴は押し入れから使い古したタブレットを出してきて、
「これやるから自由に使っていいよ」と言ってきた。まあお下がりのものを貰うのにはわりと慣れている。それを使ってカクヨムに登録し、ついでに漫画やラノベのタダ読みアプリをいくつか入れた。さすがにお金を払って読む電書を買うお金はなかったんである。
カクヨムのカテゴリに詩があるのに気付いて、ちょっと昔のノートのやつを掲載してようかな、と思ったものの、さすがにその勇気はないのであった。
そんな話を、しばらくぶりに我が家に遊びに来たあかりに話す。あかりは帰ってきてしばらく、家から出ないか家族と一緒の決まりで行動していたのだ。
あかりは旅から帰ったときから美白化粧品のおかげでだいぶ色白にもどりつつあった。秋田県には色白にする結界でもあるんだろうか。あかりは嬉しそうに俺の話を聞いて、
「陸斗は読書家でないと。なんかオススメあったら教えてけれ」と言ってきた。
「あかり、おめすったげ訛るようになったな」
「やんだぁー陸斗もだべー。どうせ一生秋田県から出られねんだからよ、少々訛ってても恥ずかしいことなんもないべ」
「いやまあそうだばって……昔よ、あかりと秋田市サすごい名前のかき氷食べに行ったべ?」
「生グソだか?」
「そうそれだ。あのときとかよ、花見のときとか――あかりは県南のほうが故郷なんだべなーって思ってあった。で、俺は小さいときから、なにかあれば青森サ遊びに行ってあったから、ちょっと見へられて嬉しい」
「青森でねよ、あっこはタキア藩王国!」
「まあそうだども、ヒジャキ城はほぼほぼ弘前城公園だったし……」
「……青森って、なんか面白いものあるの? サクラノとイオンシネマ以外に」
「でっかい美術館がある。あと三内丸山遺跡とキリストの墓」
あかりは飲んでいた麦茶を噴きそうになった。
「キリストの墓?! なして?!」
「行ったことはないばってあるらしい。まあ、義経がチンギス・ハンになった以上の眉唾物件だばって」
「あははは。おもしろーい。青森は謎が多いね」
「んだ。でも俺は秋田が好きだよ」
「そっか。なんだかんだいいところだよね、秋田。あたしも秋田が好き」
二人で空を見上げる。異世界の夕焼けは赤々と輝いている。
「ところでマミさんと陸斗のおばあちゃんは?」
「祖母ちゃんは買い物サ行ってかれこれ一時間帰ってこないところを見ると、たぶんいとくで同級生と出くわしてそのまま喫茶店だびょん。姉貴は寝てる」
「陸斗のおばあちゃんって、同級生といまだにちゃん付けで喋るったっけか」
「んだ。いまだに桂乙女だ。姉貴や俺みたいなでっかい孫がいるのに」
「桂高校って名門っぽかったものな。昔友達の親戚が桂高校出身で、友達がもらった制服リカちゃん見せてもらったけど制服超かわいいっけな」
あかりは麦茶を飲み干して、コップを流しにおいて戻ってきた。
「陸斗はさ、かっこいいね」と、不意打ちであかりに褒められた。
「どこが?」そう訊ねると、あかりはきししと笑って、
「みんなを守る行動に躊躇がないところ!」と答えて、ぐいっと顔を寄せてきた。
ち、近い。心臓が高鳴る。あかりはさらに顔を寄せてきて、強引に俺の唇を奪った。
特にレモンとかさくらんぼとかいちごとか乳酸菌飲料の味はしなかった。でも、正しい手順を踏んだような気がして、指先に力が入った。
「みんなにBまで行ったとか言われてたけど、全否定でいいんだからね? 湯たんぽ替わりにしただけだおん」
「いや、その、なんていうか……」言葉に詰まってしまう。泣きたいまであった。
「あたしが家に入れる同級生は陸斗だけだからね? あのクソ狭くてクソぼろい駐在所サ入れる友達は、陸斗一人なんだからね?」
「お、おう」
「ノリが悪いなあ。桧内川堤の桜のとき、互いに好きだって言いあったべした! そいだば健全なお付き合いから始めていくしかないべした!」
「……つまり、あかりは俺のカノジョずことか?」
「それ以外にどんな関係があるってや」と、あかりは鼻を鳴らす。
あかりがカノジョ、というのは、なかなか飲み込めない感情だった。あかりは俺にとって、中学時代を照らしてくれた文字通りの明かりである。
そのあかりが、俺の横で笑っている。
「秋田県の平和、一緒に守るべし」
「やだ。父さんにおんおん泣かれて大変だったんだで。超神ネイガーにまがへるべし」
二人、はじけるように笑う。こんなあかりが、俺の横にいるということが、まずは信じられない。でも、あかりは俺を好きだと言ってくれた。そして、俺とキスをした。
あかりの手をそっと握る。あかりが俺の肩にもたれかかってくる。
あかりはまぎれもない、俺の恋人なのだ。いつか結婚するかもしれないし、しないかもしれない。そこはちょっと分からないけれど、あかりと一緒なら、この異世界でも頑張って生きていける気がする。
そう思ったそのとき、
「あいっ! 不純異性交遊!」と、とき子祖母ちゃんが叫ぶのが聞こえた。立ち見してたんかい!
(第二部おわり)
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