11 ジェネラル・フロスト長走風穴に現る

「アキタケンは、そもそも人知の及ばぬ土地じゃ」と、ドリアードの長老。人知の及ばない土地というのは、この世界のテクノロジーでない方法でこの世界に現れた、ということだろう。


「ジェネラル・フロストはたしかにわしの命の間何度もこの地に押し寄せた。この城の人々が皆死んでしまうのも幾度となく見た。しかし、それはこの地が普通の土地だからじゃ」


 ずいぶん遠回りに話すなあ。まるでえねっちけーのガッテンだ。とき子祖母ちゃんは「なして本題サ入るまで遠回りすべ。もっとさっさと、ナントカは体にいいズ話をすればいべしゃ」と言いながら、毎週欠かさずガッテンを見ているのであった。


「さっさと本題に入れと思うておるな。まあよい、本題を話そう。単純に言うと、ジェネラル・フロストはアキタケンの技術で簡単に追い払うことができる。ジェネラル・フロストは魔王と同じく不死身じゃが、人間で致命傷になる怪我を負い続ければいずれ弱ってくる。アキタケンには、こちらの世界では想像もつかないほど精密な石火矢、しけない爆弾、そういったものがあると聞く。そういうもので弱らせて、引き返すのを待つんじゃよ」


 なんだ物理か。それならとっくにやってるべした、と思ったが、続きがあるようだ。


「しかしジェネラル・フロストは元来形のないものじゃ。高度な魔法の力がなければ、その姿を見るのは難しい。それがアキタケンが防戦一方になってしまった理由じゃ」


 なるほど。すごい魔法使いがいれば見えるってことなのか。


「そこなはぐれ神官純情派」


 老いたドリアードはイテャにそう声をかけた。はぐれ神官までは分かるが、それについてくる純情派というのはなんなのだろうか。はぐれ刑事純情派みたいな感じなのだろうか。


「お主ほどの力の持ち主であれば、心眼でジェネラル・フロストを捕捉できるじゃろう」


「心眼。なるほど、心眼ってこういうときに使う技なのですね」


「そうじゃ。さあ、分かったなら早ういけ。アキタケンは滅びに瀕しているぞ」


「いきましょう! アキタケンへ!」


「ちょっと待て。俺のスノーモービル、二人乗りだ。こっちサくるとき無理やり三人で乗ってきたども、さすがに四人だばキャパシティオーバーだ。インドの電車になってまる」


「大アヒルでいけばいいと思う」と俺が言う。そういうわけで、秋田県に帰るべく、俺たちはきた道を引き返し始めた。


 途中の徴税所は、めちゃめちゃに壊されていた。近くの木こりが、青い毛の大きなモンスターが体当たりして壊したのだと教えてくれた。ありがとうヌシアオアシラ(仮)。


 ケリアータの街を抜ける。大アヒル、とにかく速い。初めて乗ったときはちょっとした原付と言ったが、乗るのに慣れてくると大型バイクみたいなスピードが出る。しかも羽毛がふかふかで暑いのを防げるのだ。すったげ便利である。


 秋田県とタキア藩王国の境界線にたどり着いた。秋田県側の路面が凍結している。見張りの騎士に、あとでスノーモービルを取りに来ます、と伝えて秋田県がわに踏み込んだ。


 大アヒルがおもいきり飛び跳ねて振り落とされてしまった。冷たくてびっくりしたらしい。


「まあ、ここまでくればあとは大した距離でない。慣れるまで引いていくべし」


 テツ兄の提案。大アヒルを引き、秋田県に入っていく。


「ジェネラル・フロスト、見えたりする?」あかりに訊ねられて、イテャは目を細くすると、

「ぼんやり、シルエットが見えてきました。この峠を抜けたところにいるようです」と答えた。


 あいしか、大館サいるったが。これはやばいぞ。急ぎたいが大アヒルはまだぴょんこぴょんこしている。靴でも履かせたらいいのだろうか。


 結局、矢立峠を抜けるまで徒歩だった。しかしここ数日の大冒険でだいぶ徒歩に慣れた俺たちである、わりと元気に突破できた。


 そこから大アヒルに乗って、大館の街の方向に向かう。道中は冷たい風とキリキリのしばれ雪で、極寒の世界になっていた。イテャが声を上げる。


「――いた!」


「どこだ?!」テツ兄が猟銃を取った。イテャは雪に覆われた杉の木のてっぺんを指さす。テツ兄はその地点を精確に狙撃した。オオオンという声がとどろいた。


「いまので頭を撃ち抜きました!」


「よっしゃ! いまは?!」


「痛がってもがいてます!」


「よぉし、ファイア!」あかりが杖を降ると、すさまじい火球が杉林に飛んでいき、なにかにぶつかって爆発した。またオオオンと声がとどろく。


 俺はスコップを担いで飛び出した。火炎放射器のスイッチを入れる。ものすごい炎がゴゴゴゴーと噴き出して、その炎の先でなにかがもがいている気配が感じられた。


「こしゃくな人間どもめえええええええ」


 炎の向こうで、なにかがそう声を発した。やはりジェネラル・フロストだ!


 そう思った瞬間、冷たいなにかが振り下ろされ、俺は思いきりはじかれた。氷だ。氷でできた剣だ。弾き飛ばされたさきで、俺は荒く息をついた。


「やっぱり攻撃がゴシャハギじゃないですかやだー!」あかりのセリフにあきれてしまう。しかしあきれている場合ではない、体勢を立て直してまた火炎放射器で攻撃する。


 次第に、相手が弱ってきたことが感じられた。そして、俺たちが戦っているという通報がいったのか、秋田県警が出動してきた。あかりのお父さんもいる。あかりのお父さんは涙目であかりの頭を撫でると、拳銃を没収して構えた。


「いま、そこの建物の上によじ登りました!」


 イテャが長走風穴館の上を指さす。警官たちが一斉に射撃する。


「お、の、れ……」ジェネラル・フロストがそう声を発する。


 いつの間にか猟友会まで出動していて、ジェネラル・フロストは恐らくハチの巣状態なんだろうな、と思った。火炎放射を浴びせたりしているうちに、次第に雲の隙間から太陽が覗いた。


「まさか、この呪文はぁぁぁぁぁ?!」


 建築会社マスターピースのRPG風コマーシャルみたいなことを言って、だれも呪文なんか唱えていないのに、ジェネラル・フロストはでん、と倒れたようで、長走風穴館の屋根がひしゃげた。


 どうやらこれで一件落着、らしい。


 空が急に明るくなった。明らかにいままでのどんより具合とは違う。


「川の増水サ備えねばね。帰ろう」と、テツ兄。そりゃそうだ酸ヶ湯並みに雪が降ったのだから、解けたら長木川なり米代川なりが大変なことになってしまうかもしれない。


 旅が大変だったわりにずいぶんあっさり勝負がついてしまった。クライマックスくらい引っ張ればよかったのに、と俺は思った。


 そのときであった。長走風穴館の屋根がぎしりときしんで、ひゅうと冷たい風が吹いた。


「まだ諦めてないのか?!」俺はスコップを構えた。秋田県警や猟友会も異変に気付く。テツ兄も猟銃を取って、あかりも魔法の杖を構えた。イテャは目をぱちぱちして、

「おかしい、もうジェネラル・フロストは弱り切ってるはずなのに」と、小声で言う。


「冬将軍を武器で追っ払おうってのが無茶だったってね? きまげるな、あのいんちきドリアードめ」と、あかりがめちゃめちゃ悪いことを言う。「きまげる」というのは「肝が焼ける」、つまり「ムカつく」ということである。若い人はなかなか使わない言葉だ。


「――いえ。ジェネラル・フロストは、どうやら――ここが気に入ったようです。ナガバシリ風穴でしたっけ。風穴ってことは一年中同じ温度の風が吹くんですよね」


 イテャの予想外のセリフに、そこにいた全員が啞然とした。


 いや、ジェネラル・フロストが長走風穴を気に入るってどういうことだ。確かに夏休みに遊びに行くと涼しいし珍しい花が見られる楽しいところなのだが。


「ジェネラル・フロスト!」と、イテャが声を上げる。


「そこをゆずる代わりに、秋田県への侵略をやめてほしい!」


「りょうかーい」


 なんて軽いのジェネラル・フロスト。


 すっかり雪の解けた道を、大アヒルに乗って家に帰る。家につくと、もう完全に夏の天気なので、とき子祖母ちゃんはアッパッパーを着ていたし、姉貴は寒暖差アレルギーでぐったりしていた。


「ジェネラル・フロストは、倒せたか?」姉貴が床に転がりながら訊ねてきた。


「倒したっていうか、長走風穴をゆずって示談に持ち込んだ」


 姉貴はアッヒャッヒャと笑うと、俺に「おつかれさん」と声をかけた。


 こうして秋田県は平和になった。しかし物語はもうちょっと続く。

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