10 秋田県民目的地に到着す
大書庫まで来た。もっと神聖な感じなのかと思ったらふつうに一般人が出入りして書物を読んだり書き写しの魔法を使ったりしている。特に来た理由を話すとかもいらないらしい。まるっきしふつうの図書館だ。
なにやら草花の挿絵の入った本を棚に戻している人がいて、どんな本か気になったので出してみる。薬草学の本だろうかと思ったら「趣味の園芸11月号 マンドラゴラで元気になる!」と書かれていた。この世界の言語と現実世界の日本語はほぼ同じだという謎設定がここで活きるとは。「趣味の園芸」を見たテツ兄はちょっとげんなり気味の顔で、
「ミツさん、趣味の園芸のテキストめちゃめちゃ集めててすこたま邪魔なんだよなあ」
とぼやいた。ミツ祖母ちゃんは基本的に花が好きなのだが、腰が悪いので植えたり水をやったりができないので、趣味の園芸のテキストを夢中で読む人なのである。
「じゃあさっそく知力集合の魔法使ってみましょう!」と、イテャがノリノリで言う。なにやら複雑な呪文を唱えると、本から稲妻が走り、それがイテャを貫いた。
「『ジェネラル・フロスト 倒し方』の検索結果はありませんでした! 文言を変えて再度検索してください!」
ズコ、と秋田県民三人はコントのごとくずっこけた。そんな、ややこしいことを検索したときのグーグルじゃないんだから。
「そいだば『ジェネラル・フロスト 過去 戦い』で検索してみたりのっかし」と、あかり。
イテャはまた呪文を唱える。本から飛んでくる稲妻のうち、一つ赤い光があった。
「検索結果一件! ジェネラル・フロストは過去、魔王軍の侵攻から遅れること半年、南の最果てであるタキア藩王国に戦いを挑んだという。タキア藩王国は雪害に見舞われ、大飢饉となり、タキア藩王家は滅亡した。人民がすべて滅んだタキア藩王国でタキア藩王として即位したのは、ガルツ藩王国の分家筋である。それゆえ、タキア藩王国はいまだにガルツ藩王国の文化風習が根強いが、神聖な鍛冶屋の神である来訪神の風習だけが残った」
異世界ナマハゲの由来はどうでもいいのだが、とりあえずタキア藩王国が青森県っぽい理由は分かった。そして、ジェネラル・フロスト相手に手も足も出なかったことも。
「ちょっと待てよ。なしてジェネラル・フロストに襲われたのに領地は奪われねがったんだ。そこんとこ詳しく……『ジェネラル・フロスト タキア藩王国 奪われなかった』で」
テツ兄がそう言い、またイテャが呪文を唱える。今度は複数件ヒットしたようだ。さすがご当地、と思った。郷土資料というやつだろうか。
「複数件ヒットした内容を確認すると、田舎すぎて奪う価値がなかった、ということのようですね」と、イテャ。あいしか、そんな身も蓋もない結論……。
「せば秋田県からもじきに逃げていくってね?」と俺が言うと、
「でも秋田県ネットあるよ。ゲームあるよ。ポワポワボートあるよ。奪う価値はあるんじゃない?」と、あかりが真面目な口調で言う。いやそれおめが好きなものでねぇか。
「うーむ。ネットとゲームとポワポワボートを人質に取られては手も足も出ない」
テツ兄、それはそんたに大事なことだか? とツッコみたいのをこらえる。
とにかく大書庫にいても分かることはないようだ。早いところヒジャキ城のドリアードたちに話を聞きに行こう。そういうことになり、俺たちはヒジャキの街を歩いていく。どうやら街中の公道を大アヒルで走るのは一部の貴人のアヒル車をのぞいて禁止らしく、街の人々はみな大アヒルを引いて歩いている。
「なんか、ワンピースでこんなのあったな。あれはアラバスタ編だったか」
テツ兄がつぶやく。アラバスタ編て。ワンピースは姉貴が世代直撃なので、空島で読むのを諦めたところまでの単行本が揃っているのだが、言われてみれば大アヒルは確かにあのやたら速いカルガモに似ていないこともない。
ヒジャキ城が見えてきた。ヒジャキの街はヒジャキ城を中心に作られた城下町である。城下町はいたるところに人の賑わいがあり、大館よりよっぽど栄えている。
市場を通りかかったところ、ゴンゴという真っ赤な果物が売られていた。弘前ならリンゴなのだが、ここは異世界で常夏の土地なのでもちろんリンゴではない。一個買って食べてみるとなにやら食べるところの少ない若干モサパサした果物だった。でも時期を過ぎたモサパサのリンゴに似ていないこともない。それにどうやらこれは生より煮て食べるもののようだ。
ヒジャキ城はとても美しい建物で、ちょっと近寄るのに緊張するが、城の庭園は市民に開放されているようだ。みないたるところで日向ぼっこしたりなにか食べたりしている。大道芸人がいたり、菓子を売っている商人がいたり、とても賑やかだ。
「さぁてと。ドリアードにインタビューだ」あかりがにかっと笑う。
城の庭には、人の顔のついた木が無数に植えられていた。これがドリアードらしい。スマホ買ってもらいたてのころにやっていたソシャゲでドリアードというものを覚えたわけだが、やっぱり実在するとちょっと不気味だ。
「あかり~~!!!!」
ふいにそんな声が聞こえた。振り返るとイルミィだった。あかりのお下がりでなく、異世界の貴人の装束を着て、あかりの得意な簡単ヘアアレンジでなく複雑に髪を結い上げていたので、一瞬だれだか分からなかった。
「おーイルミィ! ひっさしぶりー! 元気してた?」
「ええ! あいかわらず城は退屈ですわ。インスタもできないし」
ホントにインスタが好きなんだな、こいつは。
「お? あかりちゃんの友達だか?」と、テツ兄が笑う。
「この方はタキア藩王家の王女さまで、家出してうちの駐在所サ居候してたんです」と、あかりが説明する。
「あかり、この殿方は?」
「テツさんって言って、陸斗の叔父さん。すごいんだよ、料理上手いしモンスターにもビビらない」
「そうですのね。わたくしはイルミィと申します。秋田県は大雪で大変だって聞きましたわ。それで何をしにお城までいらしたの?」
「ドリアードたちに、ジェネラル・フロストの倒し方を教えてもらおうと思ってまいりました。あ、わたしはイテャといいます。いわゆるはぐれ神官純情派です」
「あら、ソレオ山の神官さまもいらしてる。秋田県にジェネラル・フロストが侵攻して、タキア藩王国もそう遠くなく侵略される恐れがあるということで、藩王家ではお抱えの錬金術師たちに命じていろいろ兵器を作らせているんですのよ」
いろいろな兵器。それは心強い。見ると城の庭園に、イージス・アショアを思わせるミサイル兵器がでんと置かれていた。しかし一般市民がぺたぺた触ったりしているが大丈夫なんだろうか。それにそもそもイージス・アショアはミサイルが飛んできたとき落ちないように迎撃する兵器だった気がする。
「あれは冬を迎撃するミサイルですわ! ジェネラル・フロストがタキア藩王国に入ってきたら反応しますの!」
どうやらタキア藩王家がお抱えの錬金術師に作らせた兵器は、タキア藩王国の防衛にしか使えないらしい。なんだ、期待して損した。
「あの、知力集合の魔法を使ってよろしいでしょうか?」と、イテャがイルミィに訊ねる。
「構わないですわ。秋田県から冬を追い払う方法、分かるといいですわね。わたくしも早く秋田県に帰りたくてよ」
よし。イルミィとの感動の再会もほどほどに、イテャの知力集合の魔法を使う。ドリアードたちだけでなく周りの市民からも知恵を抽出したようで、だいぶ時間がかかっている。
「すみません、ちょっとギガ死してしまったので通信が遅くなります」
ギガ死て。どんだけ通信容量小さいのイテャの脳みそ。
「はい出ました、『知りたいなら知力集合の魔法なんて小賢しい方法を使わず丁寧に訊ねろ』とのことです!」
またしてもコントみたいに秋田県民三人はズコ、とこけた。
そういうわけで、ヒジャキ城でいちばん大きくて樹齢の長いドリアードのところに向かう。そのドリアードはすさまじい威圧感を放っていた。枝葉を大きく茂らせて、どうやら前の魔王軍の侵攻より遥か昔からここに生えているようだった。
「長老様。お聞きしたいことがあります」イテャが丁寧に訊ねると、年老いたドリアードは、
「ジェネラル・フロストの倒し方かの」とあっさり俺たちの考えていることを当ててきた。
「そうです。いまこのタキア藩王国の隣にあるアキタケンという土地が」
イテャがそこまで言うと、ドリアードの長老はえびす顔で笑った。
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