9 秋田県民森の主と遭遇す

 大アヒルという乗り物は、なかなか便利だ。まずは速い。ちょっとした原付、それこそ出川哲朗の番組で乗っている電動バイクくらいの速さが出る。動力源はその辺に生えている草やその辺を飛んでいる虫なので、人間が休憩している間に勝手に栄養をとってくれる。モルカーみたいだ。少なくとも充電のために民家にお邪魔する必要はない。


 原付の速さで大鰐から弘前、というとちょっと時間感覚が分からないが、藩都ヒジャキはそう遠いところではないらしい。宿屋を出るときおみやげにもらった、びっくりするほど南部せんべいにそっくりなせんべいをかじりながら、しばらく街道をゆく。


 途中何度かモンスターに出くわした。オーガが出てきたときはさすがにやべぇと思ったが、テツ兄が爆竹を鳴らしたら逃げていった。秋田県より北のモンスターは秋田県に出没したモンスターと違って人間が怖いのだろう。


 よく整備された街道で、やはりわだちがたくさん残されている。


 昼ご飯にまたホットサンドメーカーで缶詰カレーをパンに挟んで焼いて食べた。テツ兄のキャンプ飯スキルが高すぎる。香辛料に慣れていないイテャは食べながらけほけほしている。


「テツ兄、なしてこんたに飯つくるの上手いんだ?」


「そら作ってける人がいないからに決まってらべ。いやミツさんは作ってけるよ、薄味の豚の煮物とかサラダ寒天とか。でももうちょっとガッツリくるもの食べたいべしゃ」


「作ってくれる人を探そうとは思われないんですか?」と、イテャ。


「うーん。それこそ十代のころからあこがれ続けた人がいて、三十くらいで結婚できそうなところサこぎ着けたばって、交通事故であっさり死んでまったんだ、その人」


 テツ兄の重い告白に、一同黙り込む。


「だから誰かを好きになるのは悲しくなるから、誰かを好きになるのはやめようと思ってな」


 そんな悲しい過去がテツ兄にあるとは、俺はさっぱり知らなかった。


 あかりがなぜかグスグス言っている。確かに泣ける話ではあるが。


「さぁて、昼飯も食べたことだし。藩都ヒジャキまでもうちょっとだ。行くべし」


 また全員大アヒルに乗る。ちなみにイテャのぶんの大アヒルは、大アヒルのレンタル業者にお金を払って借りたものだ。騎士団には秋田県民三人ぶんのアヒルしか用意されていなかったのである。まあ当然と言えば当然である。


 むこうに、関所のようなものが見えた。なんだろう。


「げっ」と、イテャの悲鳴が聞こえた。


「イテャ、あれなんだ?」


「徴税所です。無許可で税金と称してお金を取るところです。あの前を通りかかると交通税を取られます。でも街道沿いに進まないとヒジャキには着かないし」


「迂回するわけにはいかないの?」やっぱりあかりは異世界人相手だと言葉がきれいだ。


「迂回……ですか。街道をそれるとモンスターがたくさんいるので……」


「俺たちだばダイジョブでね?」と、テツ兄の楽観的な観測。俺もそう思う。


「まあ、そう言うならやってみましょうか」


 と、俺たちは街道をそれて森に入ろうとした。しかし大アヒルがすごく嫌がっている。


 それでも無理くり森に入ると、なにやら異様に薄暗い。森というと人間が整備した杉林のイメージが強い秋田県民からすると、少々気味の悪いところだ。


 ばさばさ、となにか飛んできた。


 あいしか、モスマンでねぇか。あかりが杖を構えて火炎魔法を放つ。モスマンは燃えてぶすぶすと煙を立てながら落下して、落下した瞬間森がざわざわと動いた。


「いけない、森の怒りに触れた!」イテャがそう叫ぶ。森は不気味な風ととどろきを発して、俺たちの前方も後方も塞いできた。もう逃げ場はないのだ!


「あわわ、ソレオ山の神々。神々の庭に踏み入った我々をお許しください」


 イテャがそう祈る。しかしまだ森は俺たちを帰してはくれなさそうだ。


「ランバージャックデスマッチで突破するわけにはいかねんだか?!」と、テツ兄。


「なんですかランバージャックデスマッチって!」


「いま適当に思いついた言葉だ! 木をぶった切って進むってことだ!」


「そんなことをしたら森の主に殺されてしまいます!」


「森の主ってなに?! 美輪明宏?!」あかりがそう叫ぶ。もちろんイテャには通じない。


「なんですかそれ! わかんないですよう!」


 端的にいって非常にヤバいと俺の感覚が言っている。周りはおそらく魔物に囲まれているにちがいない。これなら大人しくぼったくられるべきだったかもしれない。


「さい、こいだばラピュタでねぐナウシカかもののけ姫でねえか」


 あかりののどかなセリフ。しかしいまはそれどころではない。ていうかやっぱり宿屋の朝でラピュタのトランペットのやつをイメージしてあったんだか。「出川哲朗の充電させてもらえませんか」は数か月遅れの録画放送だというのに……。


 ざわ、と森が道を作った。その向こうから、巨大なモンスターが現れた。熊に似ているが、爪などはなく牙もない。いたって穏やかそうな青い毛をしたモンスターだ。


「うわ、ヌシアオアシラだ」とあかりが呟く。だからいちいちモンハンに例えるのやめれでば。


「おまえたち なぜもりにはいった」


 モンスターはエコーのかかった声でそう言った。


「ええと……徴税所の前を通りたくなくて」と、イテャが恥ずかしい顔で言う。


 これは金などという人間の作った概念より恐ろしいものなのでは。そう思うと、ヌシアオアシラ(仮)はふんと鼻を鳴らして、

「きもち わかる いたいほどわかる まおうぐん ぜいきん やばい」

 と答えた。どういうことだ。


「まおうぐん せんぴを あつめるために せかいじゅうの まものから ポキうばった」


 ポキとはなんぞや。そう思っているとイテャが説明してくれた。魔都トーキオーンで作られる、魔族たちの通貨だという。


「まおうぐん ポキあつめたくせに せんそうやめた だから しんがりの ジェネラル・フロストには がんばってほしい」


 そうか、秋田県がジェネラル・フロストとの戦争に負けたら、このヌシアオアシラ(仮)たちの暮らしがよくなるということか。ここは秋田県からジェネラル・フロストの倒し方を調べに来たことは黙ったほうがいい。そう思った瞬間、イテャが笑顔で、

「わたしたちは、ジェネラル・フロストの倒し方を調べに来たんですよー」

 と、絶対に言うべきでないことを堂々と言った。なして。なしてや。


「おまえたち まぞくのてきか」


「い、いやそういうわけでなくて! 本来なら和睦を結びたかったけどジェネラル・フロストはお米は召し上がらないとかで! 秋田犬を飼う気もないとかで!」


 慌てて俺がそう言う。ヌシアオアシラ(仮)はふんすっと鼻を鳴らして、

「にんげんには にんげんの みちが あるということか」

 と答えた。意外と物分かりがいい。


「わたしには きばもつめもない おまえたちをころすことはできない ここをとおれ おまえたちの したいようにしろ」


「え、な、なんでです?」テツ兄があっけにとられてそう言う。


「わたしには おまえたちを たおすほうほうがない まもののせかいは つよいものがいきのこる わたしは おいた ふるいぬしだから ここにいるだけだ ちからはない おまえたちとたたかうのは とくさくでない ゆけ にんげんのゆうしゃたちよ」


 どうやらこのヌシアオアシラ(仮)はご老体らしい。お礼を言って遠慮なく通してもらい、無事徴税所の向こう側に出た。


「よし。あとちょっとで藩都ヒジャキですよ」と、イテャがガッツポーズをする。


 目の前に、いかにも栄えている、という印象の街並みが見えてきた。栄えているのも弘前にそっくりだ。見れば城もそびえていて、いかにも中世ヨーロッパの建築みたいな、天を衝くような塔が目に入る。あれも弘前城みたいに土台から切り離して移動したりしたんだろうか。


「ようやくここまで来た。遠かった~!」あかりが大アヒルの上でぐいと伸びをする。


「やっと知力集合の魔法の使いどきですね!」イテャがニコニコする。


「まだまだ先だど。まず大書庫、それからヒジャキ城のドリアードさ話聞かねばねんだべ」


 テツ兄が真面目な口調でそう言い、俺たちは大アヒルを進めた。ヒジャキの都につながる、いかにもファンタジーな跳ね橋を渡り、その都の喧騒のなかを進んでいく。


 案内板を見ると街の中央に大書庫があるらしい。やっとここまで来た。

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