8 宿屋で一泊す
さて、ケリアータの街にたどり着いた秋田県民三人と異世界人一人のパーティであるが、とりあえず騎士団とやらに顔を出してから宿をとることになった。
ケリアータの街はいたるところから温泉がわき出し、元から暖かい気候の土地なのも相まって蒸し暑い。しかしすっかり日も暮れかけており、空は星に彩られている。
秋田県にいたときは気付かなかったが、異世界の夜空はとてもにぎやかだ。星の数が違うし、星自体ただ白っぽく光るのでなく色とりどりに光っている。
ケリアータの街の騎士団は街の中央に事務所があり、ドアをノックして入ると、鎧をつけたひとたちが何人かへべれけになって黒糖焼酎を飲んでいた。
「あの、アキタケンとの境界にある関所から連絡が来ていると思うんですけど」
あかりがびっくりするほどきれいな言葉で騎士たちに声を掛ける。騎士のうちの一人がはっと気づいた顔をして、
「ああ、のろしで連絡があったやつ。ちょっと待って、今モノを出してくるから」
と、立ち上がるなりすっ転んだ。起き上がるが千鳥足である。ひょこひょこ歩いて、騎士は事務所の奥から、なにやら簡素な防具を三つと、魔法の杖を持ってきた。
「これが革鎧。布の服よりはナンボかマシだと思う。で、こっちが三色魔法の杖」
「三色魔法?」あかりがちらっとイテャのほうをみる。イテャははきはきと答える。
「三色魔法っていうのは、炎・雷・氷の魔法をまとめて呼ぶ名前です。この杖は三色魔法のなかから撃ちたい魔法を撃てるんです」
そんなアイテムがあるのか。あかりは魔法の杖を受け取り、一同革鎧をかかえて、騎士たちに頭を下げた。騎士たちはへべれけになりながら赤い顔でにまっと笑った。大アヒルは明日貸してもらうことにした。
「早く冬を終わらせてサトウキビ生産さねばあの人がだ酔っぱらえないから頑張るべし」
あかりはそう言い、三色魔法の杖を握りしめた。
でも三色魔法、なんというかFFみがある。黒魔道士が使うやつだ。
「で、宿屋を探す……ここいらの宿屋って、食事ついてきたりするったが?」
テツ兄がイテャに訊ねる。イテャは笑顔で、
「たぶん、名物のヒョロロ草料理が食べられると思います」
ヒョロロ草。モヤシだろうか。大鰐温泉郷と言えばモヤシ。モヤシと言えば大鰐温泉郷。よく分からない顔のあかりに、大鰐温泉郷はモヤシで有名なのだと言うと、
「え、モヤシって給料日前に食べるやつでしょ。そんなのが名物なの」
と、偏見100パーセントのセリフを言ってきた。
「あのよ、大鰐のモヤシはただのモヤシでねんだよ。水耕栽培じゃなくて温泉でホカホカした穴サ植えた、食べ応え抜群の豆もやしだ」
「おいおい陸斗、まだモヤシとは決まってねぇべ。ヒョロロ草だ」
歩いて行くと宿屋の立ち並ぶ一角に出た。見た感じ、連れ込み宿とかそういうのでなく、本当に旅人が滞在するための宿屋のようだ。安堵する。
看板には「お一人さま一泊銀貨三枚」などと書かれており、価格設定はわりとリーズナブルである。安すぎてはずれを引くのも嫌だったので、とりあえず一人銀貨三枚で泊まれる、わりと標準的な価格と思われる宿屋に入ってみることにした。
からんからーん。昭和の喫茶店のようなベルが鳴る。いや昭和の喫茶店知らねばって。
「いらっしゃいませー。あれ、四名様ですか。シングルの部屋が三つ空いてるだけなんです」
宿屋の女将さんがそう言う。じゃあほかにするか。そう思ったらあかりが、
「構わないです。ご飯は四人前ありますか?」
と言ってしまった。構わないってお前、だれかがだれかと一緒に寝ねばなんねぇということだど。女将さんはそれで納得して、
「ご飯は四人前ありますよ。じゃあいますぐ用意させますね。えっと、三部屋であればお代は銀貨九枚で結構です」と答え、台所に飛んでいってしまった。
「お、おい、あかり。誰と誰が一緒に寝るんだ」思わず震え声でツッコんでしまう。
「え、だめだか?」どうやら俺と一緒の布団で寝る気だったらしい。テツ兄がニヤニヤしている。イテャもニヤニヤしている。お、おまえら。
「そうですか、あかりさんと陸斗さんって恋人だったんですね」
イテャがいやらしく笑う。こ、恋人。こっぱずかしい言い方である。だが俺もあかりも互いに好きなことは知っているし、事実いっぺん一緒に寝た(ただしなにも起こらなかった)。
つまりAをすっ飛ばしてBまで発展した関係なわけで。
悶々と考えていると女将さんが料理を持って現れた。
「ヒョロロ草とマンガジュー肉の炒め物ですよー」
いい匂いがする。マンガジューの肉は角館で花見をしたときに食べた。テーブルに用意されたものは、大鰐のモヤシより一回り太い、ヒョロロ草という名前から想像しづらい野菜と肉の炒め物だった。見ると異世界人は箸で食べているので、俺たちもそれを箸でいくことにした。
うむ、うまい。大鰐のモヤシよりワイルドな味がして、それにマンガジューの肉の柔らかくて脂っけの強い味がベストマッチだ。おいしくてもぐもぐ食べる。
あかりも偏食家のわりにはうまそうに食べているし、テツ兄も問題なく食べている。イテャも結構な食欲でがっついていて、全員の皿が空っぽになるにはさほど時間はかからなかった。
「ここって温泉、引いてますか?」
イテャが女将さんに訊ねると、ちゃんとした浴場が男湯女湯とあるらしい。イテャは嬉しそうな顔をしていて、あかりに、
「ここの温泉は冷え性にすっごくよく効くんですよ! あと飲泉するとダイエットにもいいんです!」と言っている。あかりは難しい顔で、
「飲泉がダイエットに効くって、ようするにお腹壊すってこと?」と答えた。あかり曰く、大館に引っ越してきて、温泉施設で飲泉してひどく腹を壊したことがあるのだとか。
「あぁ。そういうことだ」イテャはため息をつく。いや、腹を壊すだけかい。
食後、それぞれのタイミングで風呂に入り、部屋に案内してもらった。俺としては不本意だったが、俺とあかりが同じ部屋だ。いいんだろうか。帰ってきたらあかりの父さんにとっちめられないだろうか。あかりを強制的に嫁にすることになりはしないだろうか。
「わーすっごい手足ぽっかぽか。陸斗は床で寝ればいいよ」
あんまりである。
「俺だってちゃんと掛けて寝たいよ」
「えー陸斗手足冷えたりさねべ? 気候は夏なんだから毛布いらないべした」
「いやまあそうだども、せめて柔らかいところに横になりたい」
「じゃあ一緒に寝る?」
心臓が跳ね上がる。断りたい。でも布団で寝たい。
「毛布二枚重ねだば暑いべ。一枚貸してけれ」
「いいよー。ほい」
あかりは毛布を放ってよこした。それをキャッチし、床に寝転ぶ。
あっという間に眠ってしまったあかりをちらっと見て、俺も毛布をかぶる。早く朝になれ。そんなことを念じながら寝たら結構あっさり朝になった。
寝ぐせを直して、アメニティのカミソリでヒゲを剃る。あかりが、
「陸斗もいっちょ前にヒゲ生えるんだ。意外と男性ホルモン濃いんだね」と言ってくるのを聞き流し、部屋を出る。
頭の中では「出川哲朗の充電させてもらえませんか」で、どこかに泊まったときに流れる、ラピュタのトランペットのやつが響いている。しかし隣の部屋から出てきたテツ兄に、
「なんだ。ゆうべはお楽しみさねがったのかよお」と、なにを期待しているんだというようなことを言われて、頭の中で鳴っていたラピュタのトランペット曲は再生を停止してしまった。
「陸斗、こう見えて結構清潔ですよ。床で寝てました」あかりが説明する。
「んだのか。まあ清潔感は大事だものな。いまどきそんなサカリのついた猫みでった高校生そういねえものな」と、変に納得された。
イテャも起きてきた。眠たい顔で目をこすりこすりしながら出てきて、
「ゆうべはお楽しみしなかったんですね」と、これまたひどいことを言ってきた。
「さて。きょうは騎士団で大アヒルを借りて、藩都ヒジャキを目指しましょうか」
イテャが元気いっぱいでそう言う。食事を済ませて宿泊料金を支払い、俺たちは宿屋を出た。空がびっくりするほど青い。
テツ兄がラピュタのトランペットのやつを口ずさむ。俺たちはケリアータの街を出た。
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