7 よくしゃべる異世界のはぐれ神官あらわる

 さて、30分ばかし街道を歩いた。


 俺たち秋田県民三人組は、完全にグロッキーになっていた。クソザコもいいところである。そりゃ東京みたいに、5分歩いて列車に乗って、降りて十分歩けば映画館がある――みたいな環境だったら歩くのも苦にならないが、秋田県では車で長距離を移動しないことには映画館にたどり着かないのだ。ケリアータの街までどのくらいだろうか。あかりがスマホを見るも、秋田県を出てしまったので電波がないし、異世界の地図はグーグルでは調べられないのである。


「さい。ポケットワイファイ用意しとけばよかった」と、あかりがぼやく。


「ポケットワイファイ、異世界でも使えるったが?」


「わかんね。はーもう脚がよいでない!」


 わぁわぁわめきながら、とりあえず一休みしようということになった。ちなみに秋田県を出た瞬間ギンギラギンの太陽が輝く南国になってしまったので、俺たちはかなり薄着している。あかりのシンプルなTシャツからかわいい下着が少し透けていてドキドキする。


 いやラブコメの波動を出している場合じゃない。さて、何食べるべ、となって、テツ兄が荷物からなにやらキャンプ飯の道具を取り出し始めた。


「あーっ! それインスタで見るやつ!」と、あかりが元気よく言う。ホットサンドメーカーにごま油を塗って肉まんを焼くようだ。さすがテツ兄、準備がいい。


 数分後ほどよくプレスされてコンガリ肉まんGになったものを三人で食べる。うまい。しかし肉まんなんてどこで買ったのだろうか。コンビニではもう手に入らないはずだ。


「ミツさんが冷凍のやづを買って大量にストックしてあったんだよ」と、テツ兄。確かにミツ祖母ちゃんならやりそうだ。しかし自分の母親をさん付けで呼ぶテツ兄が面白い。


 肉まんをもぐもぐしていると、向こうからなにやらよろよろと女の子が歩いてきた。真っ白い髪に真っ白い瞳、褐色の肌という、あきらかに異世界人の女の子だ。


「うう、いい匂い。お腹すいた」女の子はそこまで言うと、ばったりと倒れ込んでしまった。慌てて揺すぶり起こすと、その女の子のお腹が盛大に鳴った。


「しょうがない。ケリアータの街まで行けばなんかかんか食べ物も売ってらべ。食べさせてやろう」テツ兄がもう一個肉まんを焼く。それを、お腹が空いて倒れてしまった女の子に渡すと、そりゃもうガツガツと、夢中で食べた。頭の上のHPゲージがみるみる満ちていく。


「おいひい~。命の恩人ですっ。このままだと餓死するところでした!」


 女の子は明るい口調で言う。それはよかった、と安堵する秋田県民三人組を女の子はよく眺めて、

「南の土地からきたんですか? アキタケンとかいう」と訊ねてきた。


「そうだよ。あたしはあかり。こっちがテツさんで、こっちが陸斗」


「なるほど~。わたしはイテャといいます。ソレオ山の神官です」


 ソレオ山って恐山だろうか。やっぱり青森県でねっか、タキア藩王国。


「ソレオ山?」と、あかりが訊ねる。


「タキア藩王国随一の霊峰です。神々の住まう山とも言われ、山そのものが神殿なのです。そこで神官をしていたのですが、しかしアキタケンで魔都トーキオーンからの宣戦布告があったと聞いて、いてもたってもいられなくなり神官が山を下りる禁を犯してしまいました」


「あー、ジェネラル・フロストの件を知ってるってことか?」と、テツ兄。


「はい! アキタケンがジェネラル・フロストの侵略を受けたら、次はタキア藩王国ですから、なんとしてでも食い止めなくてはなりません。しかしわたしにできることといったら回復魔法と知力集合の魔法くらいなので、多分なんの役にも立ちませんね」


「知力集合の魔法ってなに?」と、あかりが食いつく。


「書物から必要なところだけ抜き出す魔法です。膨大な書物のある書庫などで使うと、一瞬でなんでも調べられるんです。アキタケンの言葉で言うところの『ググレカス』ですね」


 ググレカス、て。しかしこれって、まさに俺たちに必要な力では。


「あのしゃ、いや、あの。俺たちと一緒に来て、藩都の大書庫を調べるのを手伝ってくれないか」俺はなるべく丁寧にそう言う。テツ兄もあかりも納得の顔だ。


「えぇ?! わたしなんかでお役に立てるんですか?」


「そうだよ、イテャさんの力はまさに我々に必要な力だよ! とりあえず脚がクタクタなのを回復する魔法ってない?」と、あかり。


「疲労なら回復魔法よりこっちのほうがよく効きます」と、イテャはカバンからいびつなガラス瓶に入った飲み物を三つ取り出して俺たちに配った。異世界のドリンク剤だろうか。


「あの、これはなんなんだ? ヤバい薬とかじゃないよな?」


「ソレオ山の神聖な井戸からくみ上げた水です! タキア藩王国の藩王さまや大臣様も執務の際にお召し上がりになる、疲れの吹っ飛ぶ水ですよ!」


 端的にいってただの水。きっと霊峰にこじつけたプラセボだろ、と思いつつ飲んでみる。


 ひろうが ふっとんだ!


 げんきが わいてきた!


 どういうことだ。ソレオ山の水、どこまでよく効くの。


「しゅごい……まんたんのくすりじゃん、ソレオ山の水」

 あかりよ、ポケモンに置き換えるな。


「とりあえずこれで歩けるびょん。肉まんで腹つえぐなったし、ケリアータの街を目指そう」


 一同、立ち上がる。イテャもひょいと立ち上がる。思いのほか背が低い。


「ケリアータの街にはなんのご用で行かれるんですか?」


「検問の騎士が、ケリアータの街の騎士団に連絡してくれるらしくて、そこで武器を受け取って大アヒルを貸してもらって、藩都を目指すことになったんだけど」


「藩都、ですか。藩都ヒジャキは本当に大都会ですからね。アキタケンの名産物を大量に輸入したり、贅沢な暮らしをする人が本当に多いです」


 藩都、ヒジャキっていうのか。弘前でねっか。青森市ではないのか。


「ヒジャキ城のドリアードたちは素晴らしい知恵を持っていますから、ドリアードたちからも情報を集めればいいと思います。ドリアードたちが年に一度いっせいに花をつけるの、そりゃもう最高なんですよ。みんなそこでごちそう食べて甘い薬を飲むんです」


 どうやら弘前城公園の花見の話をしているらしい。弘前をサクラノとイオンシネマしか知らないあかりはぽかん顔である。俺が訳してやる。


「いーいーいーいー! 弘前城公園なぁ! 花筏がやべえところだべ?!」


「んだよ。毎年ゴールデンウイークには花見に行くべかってなってあったばって、弘前城公園めちゃめちゃ人混みになるから結局桂城公園で花見してあった。いっぺんだけ行ったばって遠くから見てもすごい桜だったで」


「そうだ、藩都ヒジャキもすごいですけど、海都モーアリもすごいんですよ。ガラスのピラミッドがあって、毎年盛大なお祭りがあるんです。巨大な、神話の英雄をかたどった像にたくさん明かりをつけるんですよ!」


 それ青森のアスパムとねぶたでねえか。


 俺とテツ兄は理解の顔だがあかりだけピンときていないので、ガラスのピラミッドはアスパムだと説明する。やっぱりよく分からない顔をしている。おそらくアスパムがなんなのかそもそも知らないのだろう。これだから県南の人間は、と思ってしまうが、仮に秋田県の南にガタヤマ藩王国だのダッチャ藩王国だのができてしまったらそっちはあかりのほうが詳しいだろう。


 というかなぜアキタを逆に読むタキア藩王国なのに青森の名物がいっぱいあるのだろうか。まあそこは先を考えずに第一部を書いた作者が土下座することである。それにタキア藩王国には、いわゆる異世界ナマハゲがいるのだ。あいしか、秋田県と青森県がごっちゃでねえか。


「あ、それから海都モーアリと言えば海の幸ですね! 海栗と平たい貝の煮物がすごくおいしいんです! 贅沢な食べ物なのでお祝いの席で食べられるくらいなんですけど」


 それいちご煮でねえか。ウニとアワビのスープ。


「マーオの村ではすごく大きな魚が釣れるんですよ!」


 しゃべりだしたイテャは、ものすごい勢いで青森名物にそっくりなタキア藩王国名物を語る。いや……それタキア藩王国じゃねぇべした、ガルツ藩王国でねが。


「タキア藩王家の血統は、北にあるガルツ藩王家の分家なんです」


 俺の思っていたことをずばりとイテャが言う。ガルツ藩王国、マジだったか。そしてガルツ藩王国は、ブンナ藩王国と長いこと戦争をしているらしい。津軽と南部でねが。


「あ! ケリアータの街が見えてきましたよ!」


 小高い丘からあたりを見おろすと、大きな街が見えてきた。湯けむりがあちこちで上がっている。いや大鰐温泉郷でねえか。


 ツッコミどころが満載だ。しかし無事に最初の目的地につけて、俺たちは安心したのだった。

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