12(第三部完)転生者東京に帰る
「なーにおっかない顔してるの? 早くモンハンやろうよ。きょうは父が仕事でさ」
「あのっ。あかりちゃん」
「質問に答えて」あかりの、ちょっと冷たい印象のセリフを聞いて、鈴木くんはひるんだ顔をした。しばらく落ち着きなく座りなおしたりイチジクを食べたりしながら、鈴木くんは、
「緊張してるんだ」と答えた。
「緊張。なんでまた」あかりがのどかに訊ねる。鈴木くんがドキドキしている理由を、俺は知っているのだが、とりあえず黙っておくことにした。
「あの、あかりちゃん。僕、あかりちゃんが好きだ」
鈴木くんは勇気を振り絞ったようにそう言った。あかりはしばらくアホの顔をして、
「それで、好きだって言ってなにがしたいの?」と、静かに答えた。
「あかりちゃん。僕と付き合ってください!」
俺は、そう言う鈴木くんが、すごく誠実でちゃんとした人に見えて、俺なんかよりだったら鈴木くんのほうがよっぽどいい男だよな、と思った。俺と違って訛らないし、アルバイトをしたことがあって世の中を知っているし、なにより中学受験なんていうとんでもない難関を潜り抜けている。ちゃんとした家のちゃんとした子供だ。
あかりはすこし考えて、
「あのや、鈴木くん。鈴木くんは、『シバレる』の正確な意味わかる?」と訊ねた。
「……シバレる?」
鈴木くんは少し考えて、
「寒い……とか、凍る……とか、そういう……」と、平均点の答えを言った。
「どれも正確な意味じゃない。『シバレる』は『シバレる』でしかない。それを無理に東京の言葉に訳したら、『シバレる』じゃなくなっちゃう」
あかりがなにを始めたのかよく分からないが、とにかく成り行きを見守る。
「あたしは、秋田県に生まれて、秋田県のあちこちを転々とする転勤族をやってあったわけ。それで、秋田県そのものを故郷と言っていいんだと思う」
「……はあ」
「確かに秋田県が日本サあったときは東京に憧れた。もう行けなくなっちゃったから、東京に行きたいというのはかなわないわけで、そういう視点で秋田県を見たときに――やっぱり、言葉の意味が正確に伝わるかどうか、というのは人間らしい生活をする上で大事なんだと思う。じゃあ鈴木くん、『うるかす』の意味わかる?」
「う、うるかす? うるち米のかす?」
あかりは俺をちらりと見た。俺は、
「食器なんかを水に浸けて汚れをふやかす、みたいな意味だ」と、正解を説明した。
「いや一つの言葉のなかの意味多くない?!」鈴木くんは目をむいた。
「鈴木くんは外から来た人だから、秋田県の感覚でものを言えない。あたしは、正確に言葉の伝わる人と付き合いたい。それに、他人の彼女に横恋慕してかすめ取ろうとする男は好きになれない」
「あかり、それって」俺はびっくり気味に声を上げた。鈴木くんは俺を見て、
「……そっか。あかりちゃんは、陸斗と付き合ってるんだよね」と呟いた。
「うん。鈴木くんだって悪くないと思うよ、清潔そうだし優しそうだし。でも、あたしは陸斗がいちばん好き」
あかりはちょっと恥ずかしい顔をしている。俺はあかりをしみじみと見て、
「堂々と言ったなあ」とちょっと呆れ声で答えた。
「まあ……陸斗はいいところを挙げろって言われても難しいタイプの男なんだけどね……そういうところが好きなんだ。すぐ出てくるよさそうなところより、一緒にいて見えてくる深いいいところ、っていうのが大事だよ」
あかりの人生哲学をしばらく聞いて、鈴木くんは諦めたように肩をすくめた。
「完敗だ」
「勝ち負けでないよ、鈴木くん。人間の価値は別の人から見れば違うところにあるんだから」
あかりは笑ってイチジクの甘露煮をぱくりと食べた。俺も食べる。
「じゃあモンハンしようか。陸斗、そろそろ上位行けるよね?」
「おう。装備いっぱい作ったからな」
しばらく三人でモンハンをした。ヌシアオアシラをやっつけて、無事に俺も上位に到達した。
「あかりちゃんとするモンハン、楽しいなあ」
「あたしも楽しいよ。陸斗は?」
「俺も楽しい。ずっとモンハンやってたい」
「あ、リアル古龍討伐の記事読んだよ。お疲れ様です」
「なんもだ。本当は殺しちゃいけなかったんだし」
「そーなの? なんか災いが降ってきたりするの?」
「わからないけど――とにかくあんまり褒められたことじゃないんだと思う。俺はバカだ」
「あたしは陸斗の、そういう素直なところが好きなんだよ」
突然褒められて手元が狂った。思いっきり上位のオサイズチに轢かれた。
「見せつけられちゃってるなあ」
鈴木くんは苦笑い、というような顔をした。鈴木くんとあかりがとんでもない武器を持ち込んだので、オサイズチはあっさり倒すことができた。
モンハンをしばらく遊んで、ちょっと休憩することになった。イチジクの甘露煮をもぐもぐして、姉貴がネットで作り方を調べて代用品で作ったコーラを飲む。うまい。
「およ? あかりちゃんも来てたか」
姉貴が現れてそう言った。なにやら機械をかかえている。
「なにやってらんだ姉貴」
「片道のテレポーターなら頑張れば作れそうだから作ってた。鈴木くん、東京帰りたくない?」
「か、帰りたいです!」
鈴木くんはすごいキラキラ目だ。姉貴はさんざん難しいとか言っていたくせに、なにやら大掛かりな装置を庭で作っていて、
「これで、東京の安全な場所まで片道なら行けるよ。思い残すことはないかい?」と、鈴木くんに言った。
「ないですけど……あ、陸斗。あかりちゃん。フレコって交換したっけ」
「あ、一応見てみようか。うん、フレンドなってる」
「俺も。……東京サ帰った後も、俺がたと遊んでけるんだか?」
「もちろんだよ。こんな楽しいモンハンなかなかないよ。LINEとかでチャットしながらできる? だめならフェイスブックのメッセンジャーとか」
「あー……俺のスマホ、電池が死んでる」
「姉上様のスマホを貸してあげよう。連絡くれる人は驚きの0人だからな」姉貴の尊大な顔。
とにかくそういうわけで、今後も一緒にモンハンで遊べることになった。
鈴木くんは荷物をまとめて、庭に降りていく。俺とあかりと姉貴の三人で見送ることになった。鈴木くんは笑顔だ。ようやくこの理不尽な世界から解放された、と思っているのだろう。
「じゃあ、僕、帰ります」
鈴木くんはテレポーターの手前でそう言い、俺に頭を下げた。
「陸斗、ありがとう。陸斗が僕の代わりに天魔竜をやっつけてくれて、すごくよかった」
「ええ?! インタビューで鈴木くんが倒したっていってあったでないの!」
あかりがそう言って俺を肘で小突いた。ちょっと痛い。
「勇者だものよ、その顔を立てねぇわけにいかねぇべした」
「だども……まあいいや。東京サ帰っても、元気で。モンハンしようね」
「うん。それじゃあね。……陸斗、僕はあかりちゃんを諦めないよ」
「諦めないもなにもそのテレポーターは片道だど」
「……そうだった。あかりちゃんが東京に来たら、の話かな」
「行かないよ。秋田県パラダイスだおん」あかりはそう言って笑った。鈴木くんも笑った。
「それじゃ」
鈴木くんはテレポーターに踏み出した。ぶおん、と音がして、鈴木くんは消えた。
とてもあっけない別れだった。あかりは鈴木くんの消えたテレポーターを眺めて、
「あたしはやっぱり陸斗が好きだよ」と呟いた。
俺はいまが好機、と、あかりの唇に軽くキスをした。ほんのちょっと、触れ合う程度。さっきまでイチジクの甘露煮を食べていたので、少しくっつく感覚があった。
あかりのびっくり顔が、変に嬉しかった。
(第三部おわり)
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