4 窮地の菅原家にハンターあらわる

 奥村のおじさんの除雪用ブルドーザーのうしろに姉貴の車でついていくていで、あかりは無事に家に帰ることができるようだ。ほっと安堵する。これ以上あかりが家にいたら間違いなくいずれ南中事件に発展する。そうなったら俺は確実に責任をとることになるだろう。


 責任をとるのが嫌というか、あかりとそういう関係になるのが怖いだけなのだが……。


 こういうことを言うとぜったい奥手あつかいされるので、あかりの家、つまり池内の駐在所に向かう車のなかで、俺はだんまりを決め込んでいた。


「陸斗、なしたの?」と、あかりに聞かれた。目線をそらす。


「なーに黙ってる。あかりちゃんと南中事件でも勃発したったが?」


 姉貴よ、いちいち当てるのはやめてほしい。いや南中事件は勃発してねども。


「あの、マミさん。南中事件って結局具体的にどこの南中で起こった事件なんです?」


「話題をそらすのがうまいねーあかりちゃんは。南中事件っていうフォークロアはわたしが中学生のころもあったなあ。でもこれ、きっと作り話でねっか? そうそうお気軽に起こるもんでもねーべした、保健室の情事。たぶんドコソコ南中って学校もいっぱいあるだろうし」


 もろそのものを言うな。保健室の情事て。


「そうなんですかね? てゆか秋田県そんな南中多いんです?」


「いやーわからんけど、各市町村に一つくらいあるんでねっか?」


 よく分からないがあかりの話題そらしは大成功で、南中について議論しているうちにどうにか池内の駐在所にたどり着いた。あかりのお父さんがスコップで雪かきをしている。


「おーあかり! 無事に帰ってきたか!」と、あかりのお父さん。


「ただいまぁー。マミさん、服は洗濯して返しますね」


「いやいや、寝間着にして着潰しちゃって構わないよ。ああでもサイズが合わないか」


「さい、服お借りしてあったすか。それに一晩泊めてもらって」


「いえいえこちらこそ楽しかったです。それにしてもあかりちゃんの振袖素敵ですねえ」


「へへ。そうなったらどうぞよろしく」


 ほらぁやっぱり結婚コースじゃん。


「さて、陸斗。帰ろうか。どうやって食糧を調達するか考えねもね」


「ちょっと待った。ミツ祖母ちゃんは無事か?」


 ミツ祖母ちゃんは比内町扇田で、いわゆるビフォアフ物件である昔惣菜屋さんだった家で暮らしている。あの家、かなりガタがきていたはず。雪の重みで屋根が粉砕されている可能性もままある。


「はった……ちょっと電話かけてみる」


 姉貴はスマホを取り出した。姉貴のスマホもだいぶ古くなっているが、扱い方が丁寧というか連絡をとってくる友達がいないので、めったに鳴らない結果長持ちしている感じである。電話をかけると、無事ミツ祖母ちゃんが出た。


「もしもし? ミツ祖母ちゃん? 家大丈夫だか? あい、大丈夫だってか。それはよかった。え? テツ兄が帰ってきてる? 本当だか? あいしか、祖母ちゃん両手に花でねっか」


 テツ兄。一瞬誰だかわからないが俺たちの叔父にあたる人で、罠猟免許や猟銃の免許を持った、なかなかのワイルドガイである。結婚もせず猟銃の腕を磨き続けたツワモノだ。そのうえ一人でイノシシやシカやクマを解体できる、リアルモンハンみたいな人である。


 テツ兄がいるならミツ祖母ちゃんは間違いなく無事だ。ロイもいるし心配する必要はなかろう。そう判断して、俺たちは帰ることにした。ブルドーザーで雪をどけたというのに、もうふつうに車で入るとスタックしそうなくらい積もっている。


 また奥村さんのおじさんのブルドーザーで雪をどかすすぐ後ろを追いかけて家に帰る。


 姉貴が、車を運転しながらボソッと言う。


「陸斗、おめホントにあかりちゃんとなんもなかったんだか? 隠すとためにならねど」


「なんもない」


「本当だか? 湯たんぽ替わりにされたとかねんだか?」


 ウグッ。正解をずばりと突いてきやがった。しばらくモゴモゴして、

「や、ほ、ホントになんもない!」と必死で答えた。


「ふぅーん」姉貴の妙にやらしい納得の言葉を聞き、俺はうつむいた。


「しかしとんでもない雪だ……普段の秋田県でもここまでは降らねえよな」


「そうだね、こりゃひどい。早いとこジェネラル・フロストと和睦さねばね」


 姉貴がCDを聞いていたカーオーディオをラジオに切り替えた。県内ニュースが流れている。


「秋田県庁はジェネラル・フロストとの和睦を結ぶために、ジェネラル・フロストに秋田犬とサキホコレ三俵を贈呈することを正式に承認しました」


 いや、秋田犬とサキホコレ三俵て。それ魔王軍の人サ贈呈して喜んでもらえるったが?


 サキホコレが美味いのは知っている。あれはあきたこまちを凌駕する究極のコメだ。いとくの弁当で食べたがあれは料亭とか温泉旅館のご飯みたいな感じの味だった。しかしそれを三俵送って和睦が結べるんだろうか。秋田犬は確かにかわいいし飼ったら楽しそうだが、しかしそれで和睦が結べるのだろうか。大いに疑問である。


 そもそもジェネラル・フロストってどこサいるんだ? それが分からないことには、贈りようがないのではなかろうか。


「和睦の印を贈るってことは、ジェネラル・フロストの居場所は特定されてらんだか?」


 と、俺がつぶやくと、姉貴はなるほどーと呟いて、若干スタックしかけながらハンドルを切った。


「確かにその通りだな。どこサいるんだべか。てゆか秋田犬で和睦できるんだべか。朝青龍とかザギトワでねんだからよ。贈られる秋田犬もいい迷惑でねぇの」


 その通りなのであった。


 家に帰ってきた。奥村さんのおじさんはこれからゴン太の散歩ルートを確保するという。犬を飼うって大変なんだな……。家に帰ってくると、とき子祖母ちゃんが押し入れから大量の冬物衣料と布団と毛布を動員していた。ホットカーペットもあるという。やったぜ。


 さすがにジャージでは寒いので、秋田県が現実世界にあったころ着ていた冬の服に着替える。若干つんつるてん気味だ。うーん、と思っていると、とき子祖母ちゃんは当たり前みたいに嫁入り道具の足踏みミシンを出してきて、裾や袖を伸ばしてくれた。まさかこんなスキルがあるとは。そしてまさかウン十年前の足踏みミシンが現役で動くとは。


「さて、食糧の入手経路を考えないと、菅原家全員脚気でぶっ倒れるど」


 姉貴がそう言ったとき、イエデンが鳴りだした。とき子祖母ちゃんが出る。


「はーいもしもしー。あい、ミツさん。あい。あい。え? いいんだか? しかぁー! ありがとうございます、ちょうど食べるものねくて困ってあったんだ」


 何ごとだろうか、ミツ祖母ちゃんからの電話のようだが。


 しばらくして、家の前に一台のスノーモービルが現れた。どこからこんなものが出てきたのか。降りてきたのはテツ兄だった。冷凍のイノシシ肉とシカ肉とクマ肉、それからタケノコの缶詰を大量に持ってきたのだ。


「おーう萬海に陸斗、久しぶり。元気でらったが?」


「うん。この雪に参ってあったばって……テツ兄が秋田県に残っててびっくりしたよ」


 姉貴がはきはきと答える。テツ兄はへへへと笑った。


「おう、たまたま米代川でウグイの夜釣りしてあったら異世界さ移動してあったんだ。あのころは夏だったものな。ま、これ食え」


 どさどさ、と、テツ兄は荷物を置く。大量の冷凍ジビエと大量のタケノコで、当分食べ物に困らないで済むようになった。


 これでひと安心。と思っていたら、薄い夏物の服の上から明らかにサイズの小さいダウンジャケットを着た環奈ちゃんが、泣きながら現れた。


「なした、また一人ぼっちになってあったのか」


 俺がそう声をかけると、環奈ちゃんは涙をぼとぼと雪に落としながら、

「お父さんもお母さんも仕事に行って帰ってこない。冷蔵庫からっぽだし洋服どこにあるかわかんないし、寒くて死んじゃう」


 と、現状を説明した。あいしか……。


 そのとき、茶の間にいたとき子祖母ちゃんが大声で言った。


「ぜねらる・ふろすととの和睦、失敗したどや! 攻めてくるどや!」


 慌てて全員茶の間に集合する。テレビのニュースでは、秋田県とジェネラル・フロストの全面戦争が始まることが報じられていた。


 ――そう、これは秋田県とジェネラル・フロストの戦争の、前夜に過ぎなかったのである。

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