3 主人公湯たんぽ替わりにされる
「よっしゃー!」と、あかりのガッツポーズ。
なんでもイルミィが危ないということですでにタキア藩王国の軍隊が出動しているらしい。慣れない雪をどんどん掘り進めているそうな。ちなみにタキア藩王国は無事なようだ。
これなら問題なく数日で道路が復旧するだろう、とその場にいた全員が思った。しかし、よくよく考えたら雪は絶え間なく降り続いている。掘り起こしてもまた降るのである。なんと不毛な。賽の河原の石積のほうがまだナンボかマシというものだ。
そう言いたかったがすでに姉貴とあかりととき子祖母ちゃんはキャッキャ言って喜んでいる。
「あのや、」
小声で言う。女子三名はまだキャッキャしていて俺に気付いていない。だめだ、こんな嬉しそうなところに雪は片付けても積もるという話をする気にはなれない。
「あかりちゃん、お風呂入るかい? 寒いのしんどいでしょ」と、のんきな姉貴のセリフ。
「あー、灯油がこれから必要だと思うので、とりあえずパスですね」
「あ、そっか。灯油かあ。そうだった。毎日風呂に入るのはきついのかな。昭和なら二日にいっぺんとかでよかったんだろうけど、我々平成の子だからなあ」
「姉貴はギリギリで平成だべ」俺がそう言うと姉貴は俺から目をそらした。三十路ってそんなに恥ずかしいもんなんだろうか。だれだって歳をとるというのに。
「いまは令和だ。異世界に来てからどうにも忘れがちだが、あっちの世界では令和の時代だ。ちょうど異世界サ飛ばされるちょっと前に元号変わったべ、もう平成はレトロだ。いわんや昭和をや。ノストラダムスだってまさかこうなるとは思わんだろうよ」
なんの話だ。とにかく異世界の暦は令和何年とやらでなく、皇帝暦303年である。
とにかくその日はもう寝てしまうことにした。自分の部屋に戻り、すのこを敷いてタオルケット一枚で寝ていた昨日までの常夏に驚き、押し入れから布団と毛布を引っ張り出してきた。
「陸斗?」
うお、なんだなんだ。ドアの前のシルエットは姉貴にしては細い。間違いなくあかりだ。
「陸斗、寒いから一緒に寝ない?」
「ぶふぉっ?!」
俺は思いきり噴いた。あ、あかりが夜這いをかけてきたぞ。俺は、
「それはできないッッ!」と答えた。
「えーだってマミさんとか陸斗のお祖母ちゃんと一緒に寝るほうが変態趣味でね?」
それも確かではあるのだが、あかりのお父さんの娘大好きぶりを思うと、ちょっと怖い。
「あ、あかり。頼むから心の準備ができてるときにしてけれ」
「心の準備もなにも、同じ布団サくるまって寝るだけでねっか」
確かにその通りで、おそらくあかりは関係を進展させる気はないのである。だが俺があかりのお父さんに捕まって責任をとれとか言われたら、あかりはどう責任をとるのか。
「頼むでばー。あたしすっごい冷え性でやー、もう手足冷たくてよいでねぇんだよー」
「だからと言って夜這いをかけるのはどうかと思うぞ、お父さん泣いちゃうんでね?」
「んだべか。大人になったらとっとと嫁サ行けって言ってるよ。だばいまでも同じでね?」
どこからが大人でどこからが子供かという線引きがわからない。
「うちの親戚にや、民謡大会でトロフィー集めまくってる人がいてや、秋田長持歌唄わせれば最高でや。結婚式で唄ってもらうべし」
「ほらやっぱり結婚コースでねが! 俺は責任をとりたくない!」
「でも、うちの親はたぶんあたしと陸斗が結婚する方向で調整してらんだと思うよ? でねば、陸斗の家サ振袖の写真もってけとは言わねがったと思うども」
うぐぐ、となる。確かに俺は中学のころからあかりと友達で、俺はあかりの家族に、あかりが家に連れてくる唯一の友達、という認識をされているのは知っている。それにあかりは中学の給食で、俺がイカ団子スープの団子を給食当番に一個しか入れてもらえなかったとき、「あたしこれ嫌いなんだー」と言って俺のスープにイカ団子を入れてくれた人だ。修学旅行の新幹線で、「菅原くんも来いばいいじゃん」と、凍り付くクラスメイトをよそにインディアンポーカーに誘ってくれたのもあかりだ。中学時代、あかりが味方じゃなかったら、俺は完全にぼっちだった。
あかりはまさに俺の人生に点された灯りである。
しかしそれと一緒に寝るというのはまた別の話である。
「いいべしたー。一緒に寝るべしー」
「お、おめ、欲求不満なんだか?!」
「あっひどい。違いますー! あたしは寒いから暖をとりたいだけですー!」
「せば湯たんぽでも使えばいいしゃ!」
「湯たんぽかー。鳳鳴の同級生の冷え性仲間が湯たんぽで脚が煮えて病院サ担ぎ込まれた話聞いてからなるべく使わないようにしてらんだよー」
脚が煮えるとはこれはなかなか恐ろしい話である。
しかしそれと、あかりと同じ布団で寝るというのは、また別の話である。
「あーもー煮え切らないなあ! 失礼します!」
ドアをあけてあかりが入ってきた。思わずビビって体を縮める。あかりはドアを閉めると、俺のベッドになんの躊躇もなく入ってきた。
「お、おい、やめれでば!」
「うーわー陸斗あったか~い」
俺は自販機か。あかりの手足が俺の手に触れた。びっくりするほど冷たい。
「お、おい……」
そうなにかツッコもうとした瞬間、すでにあかりは睡眠の国に突入していた。すやすや寝ている。寝つきが良すぎる。
俺がそっと布団を脱出しようとしたとき、あかりに足首を掴まれた。おめ、寝てらんでねぇのか。身動きがとれない。うかつに騒ぐと本当に南中事件が勃発したと家族に思われてしまう。
しょうがないので布団に戻り、なるべくあかりから離れて転がる。するとあかりは唐突に抱きついてきた。うおっやめれ。やめれでば! と叫びたくなるのをこらえて、一つずつ手を外していく。
「あのよ、あかり。こいだば南中事件でねっか」
「あたしも陸斗も高三になってる歳だべ、もう中学生ではねーよ。戦前だったらあたしは嫁にいくし陸斗は赤線参りしてあったんでねぇの」
いまはレーワだ。戦前ではない。いや異世界は戦前なのかもわからねども……。
「大館みたいな秋田県一の僻地には、赤線地帯などない!」
「いやー。北秋くらぶとかあのあたりの料亭、昭和の時代はガチの芸者さん呼んで酒っこ飲めたって聞いたから、そういう有料オプションコースもあったってね?」
北秋くらぶ、俺には法事のイメージしかないのだが。
とにかく南中事件は勃発しなかったものの、その晩はあかりとおなじ布団で寝ることになってしまった。あかりに湯たんぽ替わりにされるなんて、考えもしなかった。
翌朝起きるとすでにあかりはいなくなっていた。台所でてきぱき朝食の準備をしている。あまりに上手すぎるやり方でくらくらする。
「おはよー陸斗。朝ごはんは具少なめの味噌汁とご飯でっす。あと漬物」
「お、おう。おはようさん」
どうして昨日のあんな出来事をサラーッと流せるのだろうか。どうやら姉貴にもとき子祖母ちゃんにもバレていないらしい。というかバレたら最後、マジで結婚することになってしまう。
とき子祖母ちゃんがテレビを眺めている。朝の情報番組だ。秋田県の大雪が取り上げられている。日本は秋のようだ。秋田県の雪のニュースをたくさんの人が心配している。
「ジェネラル・フロストは現在秋田県を勢力下に置いており、秋田県に隣接する異世界の土地は南国なので雪に対応できず、秋田県民は家に閉じ込められている状態のようです」
イルミィ救出部隊がなんの役にも立っていないのが分かった。縁側から外を見ると、ものすごい高さに雪が積もっている。マジでこれは青森の酸ヶ湯並みだ。
とりあえず雪がのっちのっちと降っている感じではないが、これではどうしようもない――と思ったそのとき、何かのエンジン音が迫ってきた。
「陸斗! 無事だか?!」
見ると、奥村のおじさん、つまりやたら俺にだけ吠える秋田犬・ゴン太の飼い主が、会社で所有している除雪用のブルドーザーを発進させて、谷地町町内の雪をどかしていた。
文明の利器、おそるべし。これであかりも帰ることができるのではないだろうか。
そう思って安心した瞬間、また雪がちらつき始めた。戦いは、まだ始まったばかりだ。
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