2 秋田県民に危機到来す
姉貴が大至急自力でタイヤ交換して、とりあえずあかりを家まで送ることにしたが、路面が凍り付くとかそういう問題でなく、雪が恐ろしいほど積もってしまい身動きが取れない、という状況であった。これはママさんダンプの出番だ。こののどかな名前の除雪器具は、秋田県の民家であればどこにでもあるアイテムである。雪をどかすのに必須の道具だ。
しかし手が付けられないほどの豪雪であった。日本なら青森の酸ヶ湯とかそんな感じの雪。しかもめちゃめちゃ重たい濡れ雪で、とてもじゃないが人力で片付けるのは無謀だと思えた。
――そういうわけで物理的に家に帰れなくなってしまったあかりを一晩泊めることになった。魔王とパジャマパーティーして以来だ。あかりは楽しそうにとき子祖母ちゃんと夕飯の支度をしている。姉貴のほうはニコニコしながらなにかノートを出してきた。
「なんだそのノート」
「ふっふっふ。このシチュエーションは、幼き日に夢見たドラえもんの世界だ!」
なんでも、雪を一か所に集めるひみつ道具で、のび太くんの家の庭に雪を積もらせて、それを自由にくりぬいて遊ぶ回があったらしい。姉貴はこの手の、ドラえもんの「なにか作る話」がとにかく大好きで、姉貴の蔵書のドラえもんの単行本は「なにか作る話」の載っている巻だけボロボロになっている。
「でもよ姉貴、これくりぬいてなんか作るって危なくねっか? 崩れるべ」
「ううむ。確かに……あきらめよう」
姉貴はノートを部屋の棚に戻した。どうやらあのノートには雪をくりぬいて洞窟を作って遊ぶプランが書かれていたらしい。
あかりはさっきからイルミィと電話していて、イルミィは雪が積もったのが嬉しいらしい。イルミィの生まれ育ったタキア藩王国は南国なので、雪が珍しいのだ。
さすがにふだんのどかな話題しか流していないニュースでも、この突然の大雪を報じた。すっかりコメンテーターが板についている異世界人ジャーナリストが、この雪の原因を説明している。
「これは恐らく、魔王侵攻に付き従った、魔王軍のしんがりことジェネラル・フロストの仕業でしょう」
ジェネラル・フロスト。単純に言うと冬将軍である。
「このジェネラル・フロストは、とにかく足が遅いのです。魔王軍がすでに魔都トーキオーンに帰ったのは間違いないのですが、しかしそれを追いかける速度が遅すぎて、いまこうして秋田県を冬にしたのだと思われます」
つまりあの魔王軍のしんがりが攻めてきているということか。
「この対策はなにかあるんですか?」
「ジェネラル・フロストを討ち取るか、和睦に持ち込むかでしょう」
そんな、戦国時代みたいなノリでいいのだろうか。
「もうすでに魔王との和睦は結ばれていますよね。それとは別に和睦を結ばねばならない、ということですか?」
「そういうことになります。魔王の動向なんて知ったこっちゃない、いわば魔王軍のご意見番、あるいは魔王軍の古い体質の権化ですから」
そんなとんでもないもんが攻め込んできているのか。ビビるなこれは。
「で、和睦を結ぶなり討ち取るなりしなかった場合、この冬はいつまで続くんですか?」
「永遠に続きます」
OH。
そうなったらまともに生きていくのも難しいではないか。
「ええー寒いのやだぁー」あかりがそう言いながら鍋を運んできた。突然冬になったので食べ物も冬にしたらしい。あかりは姉貴のボロボロでダボダボのスゥェットを着ている。俺も長袖のジャージに着替えた。とき子祖母ちゃんはババシャツを動員した。
みんなで貧相な鍋を囲む。さすがに中島らもの書いたような、「お金がないからってお湯沸かして食べてるごっこをするのはやめようよ」というほどではないが、ネギと鶏肉少々、豆腐少々が泳いでいるだけのすごく貧相な鍋だ。適当に食べる。
「米で栄養とろう。そう、お米は野菜!」
姉貴は独特の理論を展開し、茶碗に米をごそっとよそって持ってきた。
「あーいいなー! あたしも食べます!」
「俺も食う」
「私も食べてえな」
結局全員米を食べることになった。いとくで手に入ったマタギ南蛮漬けを載せて食べる。キノコや昆布をミンチにしたもので、これがあれば無限に米が食える。
「だばってや、米ばり食べてあったら脚気になるってね?」
と、とき子祖母ちゃんの鋭い意見。確かにその通りである。野菜を食べなければならないが、この状況では野菜など望むべくもない。
「というか食べ物全般、この状況では手に入らないよとき子祖母ちゃん」
姉貴が顔を歪める。
「なんとかして雪をどかさなきゃ――」
「っていうか大館って融雪溝ないよね?」と唐突にあかりが言いだした。
「うん、ないな。ふだんなら凍り付きはするけど雪が大量に積もることはないからなあ」
「はー! 秋田県一の僻地!」
融雪溝がないだけで県内一の僻地認定されてしまった。そいだば阿仁はどうなるってや。あ、あそこは観光地のクマ牧場があるな。やっぱり僻地ナンバーワンは大館かもしれない。
とにかくなんとか知恵を絞ってここを脱出しなくてはならない。
そうしなければ、まともに食事することも難しいのだ。どうしたものか。
「――あのさ姉貴、スコップに付けた火炎放射器で雪って溶かせないかな」
「いや、この寒さだば溶かしたそばから凍って危ないびょん」
なるほど確かに。そのときストーブが灯油切れの音を鳴らした。しょうがないのでタンクを抜いて、ポリタンクの置かれている家の奥に向かう。
――しまった。灯油、使わないと思って外のボイラー用タンクに移動したんだった。
そういうわけで外まで灯油を汲みに行った。死ぬかと思った。
でも、おかげで問題点を洗い出すことができた。まずは交通。雪に埋めつくされて、まともに移動することもできない。つぎに食糧。交通がマヒしているので食べられるものが手に入らない。そして燃料。灯油は錬金術で作れるが、毎日ストーブに使えるほどたくさんは手に入らない。
遅かれ早かれ、このままでは死んでしまう。それも凍死か餓死という最悪な二択だ。
俺がやるしかない。俺は固い意志で、ジェネラル・フロストを倒すと決めた。それを決めたとき、心の中で炎がメラメラした。
「なにメラメラしてる」
姉貴に額を小突かれた。俺は考えたことを説明する。
「倒す、ってそんな無謀な。だいいちどこにいるか分からないもんを倒せるわけなかんべえよ」
その通りであった。俺は馬鹿だ。ノープランで突撃するイノシシ体質、直さねばならない。
「でも、でっかいモンスターの真正面に飛び出していって鬼人化乱舞かます陸斗はカッコよかったよ?」と、あかりのなんのフォローにもなっていないフォロー。
「まず現実的な目標として、あかりちゃんをお家に帰すところから始めないと」
と、姉貴の常識人ぶったセリフ。でもそれは確かにその通りでぐうの音も出ない。
「帰るって徒歩です? やだぁ駐在所遠い。池内ですよ池内」
「徒歩だと遭難するってね」と、俺。
「うーむむむむう。たしかにそうなんだよなあ。遭難だけに。いや馬鹿しゃべりしてる場合でねーばって……うーむむむむう。道路が通ってれば冬タイヤ履いてるし行けないこともないんだけど」
「マミさん、超科学でなんとかなりません?」
「わたしゃドラえもんじゃないからねえ。できることとできないことがあるってもんよ」
「ですよねー……やっぱり凍死か餓死するしかないのかなあ……」
どんよりする。そこで俺ははっと気が付いて、
「タキア藩王国も、雪に埋もれてるんだか? イルミィ救出の名目で、軍隊動員できたりしないべか」と提案した。
あかりがスマホをいじる。すぐに返信がきた。
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