5 秋田県民戦争を決意す

「あいっ。私ですら戦中派でねよ」と、とき子祖母ちゃんが悲鳴を上げる。とき子祖母ちゃんは確か戦時中には物心ついていないとかそんな感じで、厳密には戦中派である。サバを読んだのだ。それから決意のこもった目で裁縫箱を出してくると、

「萬海。もんぺ縫うから好きな着物もってこい」

 と、やっぱり戦中派じゃんという反応をした。


「い、いや祖母ちゃん。もんぺ着ないから。竹槍じゃジェネラル・フロスト倒せないから」


姉貴が困った顔をする。とき子祖母ちゃんはしばらく考えて、

「それもそうだ。さーどうすべ。玉音放送でねく殿音放送になるんだべか」

 と、縁起でもないことを言う。秋田県の佐竹知事はリアルに佐竹藩のお殿様の家系である。


「たぶんだばって、負けたら殿が気持ちを発表する前に俺がだ死んでるすよ」

 と、テツ兄が恐ろしいことを言う。そう、ジェネラル・フロストは秋田県をかすめ取りたいとか、こちらから戦争をしかけたから反撃してきたとかそういうことでなく、ただただ秋田県を滅ぼしたいのである! 滅ぼしにくるものとの戦争なのだ、仮に秋田県が負けたとして、殿音放送みたいなことをして、GHQみたいに魔界のジェネラル・フロスト勢力が占領する、みたいな、人間同士の戦争だった第二次世界大戦みたいに悠長なものではないのである。


「どうすんだべホントに」思わずそうつぶやいてしまう。


「こっちの世界のふとさ任せるほかねってね。あるいはマタギとか」


 マタギ。ジェネラル・フロストはクマ感覚で倒していいのだろうか。そういや阿仁のクマ牧場の近くサ「マタギ資料館」というのがあって、毎度クマ牧場に行くたびどんなところだろうと気になっていた。しかし結局入ったことはない。


「あかりだばゴシャハギ感覚とかいうんだべばって」またそんな風につぶやいてしまう。ニンテンドースイッチをあっちの世界サいるうちに買いそびれたので、モンハンライズは遊べていない。あかりとあかりのお父さんはぬかりなくスイッチを手に入れお父さんのクレカでモンハンライズのダウンロード版をやっていて、半年くらいしたらサンブレイクとかいう続編が出るとか出ないとか。俺もやりたかったよ、モンハンライズ……。俺はあかりとあかりのお父さんがローカル通信で遊ぶのを見ていたので、ゴシャハギというモンスターを知っていたのである。


「あかり? お? 陸斗、女の子の友達いるったが?」

 テツ兄がニヤニヤする。俺は頷いて、

「うん、中学からの友達」と答えたのを姉貴がさえぎり、

「かなりステディな関係の友達」と付け足した。テツ兄はさらにニヤニヤして、

「Bくらいまで行ったってことか」とニヤニヤした。否定できない。


「そもそも恋のABCとかいつ時代だ」ため息をつく。


「ゴシャハギかあ……あれもなかなか火力のエグいモンスターだものなあ。笛で音の防壁作って、同時に回復しながら真正面でやりあうの楽しいど」と、テツ兄。


「い、いやテツ兄モンハンライズやってらの?!」


「おう。万SAI堂でスイッチの中古買ってきてやってらよ。モンハンってガチャガチャするからコントローラーぶっ壊れるばって、それも自分で修理しつつ」


 うらやましい。だがここでのんきにモンハンの話をしている場合ではない。


「まずジェネラル・フロストがどこサいるかわかんねえことにはなんもできねんだよな」


 テツ兄が考える顔をする。そうなのである、ジェネラル・フロストはどこにいるのか、俺たち一般秋田県民にはよく分からない。いま現在新谷駐屯地の自衛隊なんかがジェネラル・フロスト軍に応戦しているようだが、その場所を知ることはできない。


 それこそ今朝とき子祖母ちゃんが観ていた朝ドラの、第二次世界大戦真っ只中みたいに「我ガ軍ハ●●島ニテウンタラカンタラ」と大本営発表してくれればジェネラル・フロストの居所がわかる。しかし秋田県はジェネラル・フロストの居所を発表していない。


 おそらく、「台風か。ちょっと田の様子どご見てくる」感覚の命知らずが発生しないようになのだろうが、それだとしても戦いたい人間を戦わせてくれないというのはモヤモヤする……と思って、でもよくよく考えたらせいぜい異世界の冒険者と変わらない実力しかない俺が、戦場に出ていってもなんの役にも立たないし、それに俺が戦争に行ってしまったら学徒出陣どころか予科練だ。俺はまだ高校生してる歳だど?!


 それに俺が死んでしまったらあかりが戦争未亡人になってしまう。いや結婚してないだろ、と冷静になりかけたところで、俺がもし戦争に行くことになったら、朝ドラみたいに行く直前に強制的に結婚させられる可能性に思い至る。あいしか。結局あかりは戦争未亡人でねっか。


 まあ自衛隊にはテレビで全身赤一色の芸人が見学したようなとんでもない装備がいろいろあるわけで、それをもってすれば異世界の魔族冬将軍くらい倒せるべ、と楽観視するか、と考える。事実、秋田県民はいままで異世界に打ち克ってきたのだ。なんとかなる。


 こういうことを、第二次世界大戦の日本人も考えていたのだろうか。戦前、日本は戦争で勝ちまくって、それで真珠湾攻撃で戦争が始まったとき、「よっしゃまた勝つぞ」と思ったという。アメリカに勝てると思ったのだ。もしかしたらジェネラル・フロストも、第二次世界大戦のときのアメリカのように、とんでもない戦力を持っているのかもしれない。


 うぐぐう。


「難しく考えるな。陸斗、お前の脳みそは難しく考えるようにはできてねよ」

 姉貴にそういさめられた。あんまりじゃないか。


「陸斗サ赤紙来たりするんだべか」と、とき子祖母ちゃんが言う。シャレにならない。


「現実的なところ、陸斗サ赤紙がくるころには戦局は敗色濃厚だと思うすよ」と、テツ兄。


 うげっ。敗色濃厚な戦場に放りこまれるのは勘弁してほしい。俺はまだ童貞だど!


 と、叫びそうになるのをこらえる。しかし童貞は卒業してしまうしかないわけで、昨日の夜なんの行動も起こせず湯たんぽ替わりに甘んじた俺が悪いのだ。


 いや、あかりもそこまで俺に行動力があるとは考えていないと思うばって。


「とにかく、ジェネラル・フロストを倒せば全部終わるんであったら、倒してしまうほかない。現実世界の方法で倒せないなら倒す方法を異世界のひとから聞いて調べるしかねーべ」


 テツ兄のきちんと筋の通った理論に、うむうむと納得する。


「で、テツ兄はどうすんだ?」


「俺ぁ異世界のほうに行って、ジェネラル・フロストを倒す方法を調べてみようと思ってらところだ。陸斗もくるか?」


 異世界。


 俺の力では太刀打ちできないかもしれない。モンスターや、秋田県民を奇異な目で見てくる民族もいるかもしれない。でも、行ってみたい。


 テツ兄が誘ってくれたということは、俺にある程度の実力を見出しているのだと思う。


 それなら、いかない手はないのではないか。拳をぎゅっと固める。


「テツ兄。俺も行く。だめだか?」


「いや。戦力は一つでも多いほうがいい。よし決まりだ、ってちょっとまてよ。陸斗、おめステディな関係の女の子がいるとか言ってねがったか? Bまで行ったとかいう」


「あかりか? 俺とあかりは別にそういう」


「連絡しろ。死んで帰ってこないかもしれねんだど。悔いは残すな。死ぬときつらいぞ」


 テツ兄は死んだことがあるかのようにそう語る。しょうがないので、充電ケーブルを外すとすぐ電池がなくなってしまう俺のボロいスマホを、コンセントにつながったまま操作して、あかりに電話をかけた。


「はーいもしもしー。陸斗、なしたの?」と、明るい声が聞こえてきた。


「あかり、俺は旅に出ることにした。異世界人にジェネラル・フロストを倒す方法を聞きに行く。ハンターの叔父も一緒だ」


 あかりは泣くか。リアクションを待つ。数秒後、

「なにそれ面白そう! あたしも行く!」

 という、あかりのお父さんが聞いたら泣きそうなセリフを放った。


「あ、あのしゃ。おめそんな気軽に行くとか言って、お父さんこまらねんだか? モンハンとはわけが違うんだど」


「だーいじょうぶ。ちょうど今さっき軽ーく喧嘩して、家出の準備してあったところだものよ」


「喧嘩の原因はなんだ」


「どっちがレイアちゃんの尻尾切るかでもめたんだおん」なんてくだらない理由だ!


 とにかく、あかりはついてくることを強硬に主張した。ほぼほぼ押し切られる形で、テツ兄に事情を説明する。テツ兄ははっはっはーと笑うと、

「陸斗! おめ面白い友達を持ったな!」と答えた。俺はめまいがしそうだった。

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