鷹巣探訪記 ~大太鼓の館と伊勢堂岱遺跡~

「へえー。北海道と青森らへんの縄文時代の遺跡、ユネスコの審査待ちなんだ」


 せっかく俺の家にいるというのにあかりはボーっとテレビを見ている。最近、あかりの家のテレビはイルミィかお父さんがゲームしているか、お母さんがジャニタレのDVDを見ているか、らしい。あかりのお父さんは秋田県が異世界に転移する前にニンテンドースイッチを手に入れていて、それで最近クレカ払いでソフトをばんばんダウンロードして、オンラインにも登録して遊んでいるらしい。環奈ちゃんに言ったら泣かれそうだ。


「縄文時代の遺跡ったば大湯の環状列石とか、鷹巣の伊勢堂岱遺跡とかもだな」


「あーそっかあ。日本にいたらそういうのも世界遺産になったのかもね。環状列石、ロイが斜め上なこと言いだすまでは楽しかったっけなあ。切田屋の天ぷらそばおいしかったっけ」


 俺は鼻血で鉄の味がしたけどな。そう思ったが言わないでおいた。あれはあきらかに俺が悪かったからだ。


「鷹巣の伊勢堂岱遺跡、内陸線で近く通ってるっぽいけど行ったことないな。どんなところ?」


「いや、俺も行ったことはない。姉貴は行ってらんでねっか。姉貴、遺跡大好きだから」


「マミさんって科学者なのにそういう古いもの好きだよね」


「あかり、姉貴をさっくり死にそうな魔法少女みでぐ呼ぶのやめてけれ」


「さい。ごめん。でもマミさんってマミさんの印象しかなくて。巨乳なとことか」


 表現が猥褻である。それに姉貴は巨乳なのではない、脂肪分を蓄えているだけだ。着やせするので気付かないがなかなかのワガママボディだぞ、姉貴は。


「……てゆかマミさんどうしてるの? 謎の研究施設はやめちゃったんだよね」


「おう。今は庭の物置小屋でマッド・サイエンティストやってら。呼んでくるか?」


 というわけで物置きに向かう。いわゆる一つの百人乗っても大丈夫なアレだ。俺が通学に使っていたチャリンコなどが仕舞われているはずだったのだが、いまは姉貴の実験室だ。


「姉貴ー?」

「なんだ陸斗。あかりちゃんはどうした」姉貴はなにやら機械を組み立てながらそう訊ねてきた。なんだその機械。そう訊ねると、

「可変型銃剣だ。バスターソードモードとマシンガンモードに切り替えられる。いいぞこれは」


「そんな危ないもの作ってたのか。銃刀法違反でねが」


「ここは異世界だ。日本の銃刀法は及ばないッ」


 はあ。とにかく姉貴に、あかりの言っていた伊勢堂岱遺跡の話をする。


「なるほど。あのあたりは観るもの多くて楽しいからなー。よし行ってみようやってみようなんでも見てやろう」


 鷹巣サそんたに見ておもしぇものあるんだべか。というわけで、あかりと俺、それから連絡したら行きたいと言いだしたイルミィを拾ってドライブである。


「いせき……というと、古い時代のものなんですの?」

「うん。ざっと四千年前だね。だけどそっちは後にして、大太鼓の館いってみよっか」


「大太鼓の館?」あかりがよく分からない顔をする。俺が、

「鷹巣のお祭りあるべ、でっかい太鼓の上にのって太鼓叩くやつ。ギネスさ登録されでらやづ」


「あー! いーいーいーいー! あれかー! でもあれ見て面白いの?」


 とかなんとか言いながら大太鼓の館にたどり着いた。チケットを買い中に入ると、ハチャメチャにでっかい太鼓がでん! でん! と並んでいた。


「すっごーい! こりゃなめてかかっちゃだめなやつだ。これはすごい、すごいぞ県北」


「ほえー……秋田県にはこんなでっかい太鼓があったんですのね……タキア藩王国にも太鼓祭りというのがあって、その太鼓を大きいなーって見ていたんですけれど、それをさっくり超えてきましたわね……」


 イルミィに太鼓祭りとはなんぞ、と訊ねると、

「タキア藩王国の王都で、毎年催されるお祭りですわ。大きな、まあこれには負けるけれど、太鼓をドンドン鳴らしてバカ騒ぎする浮かれイベントですわ」


 浮かれイベントて。イルミィの語彙がどんどんあかりに汚染されていく。


 奥に進むと世界中の貴重な太鼓が並んでいた。音を聴ける機械もある。ヘンテコな太鼓がいろいろあって、太鼓が原初の楽器であることを示している。


 音楽には「リズム」が必要である。それを刻むのが太鼓だ。より大きな音を、より遠くまで届けねばならない。戦争で味方を鼓舞するのにもまさしく太鼓が必要だ。


「はあ……ゲーセンで太鼓の達人叩きたい……」あかりの斜め上な呟き。

 展示室を出てロビーの壁を見ると、目立つところにたくさんの芸能人の色紙が飾られていた。


「うおっ彦●呂とか西村京●郎とか来てる。すごいなこれは……」と、姉貴。

 彦●呂はやっぱりバター餅を食べたんだろうか。バター餅というのは鷹巣の名物で、餅に卵黄と砂糖とバターをドバドバーっと投入したお菓子である。いとくでもちょっと可愛くない値段で売られていたりする。おいしいのだが確実に太る味がするのが難点だ。


「よぉし、本チャンいきますか。伊勢堂岱遺跡、かなり歩くけど大丈夫?」


「大丈夫です。あ、……イルミィが大丈夫じゃないな。イルミィ、纏足されてるもんね」


「かなり歩くってどれくらいだ?」俺が姉貴に訊ねると、

「うーんと、短いルートでも四千歩くらいかなあ。ま、イルミィは陸斗がおんぶせばいいべ」

 と、はなはだ無責任なことを言ってきた。


 というわけで、伊勢堂岱遺跡にたどり着いた。


 まずは資料館を見学した。大湯のストーンサークル館とあんまり変わらない感じだが、出土した土器や石器、土偶なんかが展示されていて、とても興味深い。あかりとイルミィはさっそくパシャパシャ写真を撮り始めた。これはさすがに映えないと思う。


「おおー! 土偶の人気投票のコーナーある! 投票しようず! しゃこたんに一票!」

 姉貴がハイテンションでそう言うが、……なんだそれは。姉貴ははしゃぎながら壁の土偶の写真にマグネットを貼っている。俺は笑う岩偶に一票入れた。あかりは伊勢堂岱遺跡名物の土偶に一票。イルミィは悩んだ末比較的顔のかわいいやつに投票していた。


 資料館の受付のひとに外に遺跡見学にいく、というと、クマよけの鈴を渡された。見ると電柵がバチバチ鳴っている。なかなかおっかない。


「うっひゃーきっつい坂道! イルミィ、しんどかったら遠慮なく言うんだよ」

「わかりましたわ。でもまだ大丈夫」

 あかりとイルミィは無責任にそんな話をしている。


「――なんかここ、森が豊かだね。杉林じゃないんだ。クルミ落ちてるし」

 あかりがしみじみとそう言う。姉貴が答える。

「ここは縄文時代を意識して広葉樹を植えてあるからね。およっトカゲが走ってる」


「縄文人もクルミ食べたんだろうなぁ。浪漫があるな、遺跡というのは」

 俺がしみじみそう言うと、すでにイルミィは歩くのが限界らしい。しょうがないのでおぶってやる。


「陸斗、腕の筋肉やっばいですわね」

 無遠慮にお触りしてくるイルミィはともかく、坂道をずっと登ってようやく遺跡にたどり着いた。ひろびろと開けた土地に、柵が作られ、その中に石が円を描いているが、大湯の環状列石ほどしっかりと仕上がっているわけではない。


「ねえマミさん、なんでここ、こんな半端なんです?」

「古代の人々は、完成させることは終わることだ、って考えたらしいよ。終わらないってことに意味があるんだ」姉貴はそう言い、広々とした丘の上に広がる遺跡群を眺めた。


「完成させることは終わることかぁ。ゲームも全クリしちゃうとなんか寂しいですもんね」


「でも姉貴、小説は完結させなきゃいけないんだぞ。完結しない傑作より完結した駄作だ」


「そりゃ小説の場合はね。陸斗、あんた小説なんか書いてんの?」


「い、いや、書いてない書いてない」必死にごまかす。しかし「いつか偉大になる俺のノート」に、ちまちまと小説を書き始めたのは本当である。バレたらまずい。


「ふむ。まあそこをえぐるのはやめておこうか。いいところでしょ、伊勢堂岱遺跡」


「すごいですねえ。森がきれい。縄文人はこういう自然のなかで――」


「バルバロイですわっ!」

 イルミィが叫んだ。森をかき分けて、毛皮を着た、……要するに原始人がふたり現れた。


「ば、バルバロイ?」一同疑問を発する。

「言葉の通じない異種族ですわ! 見た目は人間と変わらないのに、膂力はすさまじく戦闘民族と呼んでもおかしくない!」


 なかなかヤバいやつらと遭遇してしまったらしい。


 俺にはスコップはないし、それ以上にイルミィをおぶっている。


 完全なる丸腰の俺らは、逃げるべきかという話をしながら、バルバロイからちょっとずつ離れて下がっていく。しかしバルバロイはこっちに近づいてくるので距離は変わらない。


「これ走って逃げるやつ?」あかりがそう言う。

「逃げれば勝ったと思っておいかけてきますわ。眼力で勝負するほかありませんことよ。目をしっかり合わせて、去れ! と念じるのですわ」


 それクマと出くわしたときと同じ対処法でねが。


 とにかくそれを試してみることにした。バルバロイに目を合わせる。バルバロイたちは戸惑ったような顔をして、二人とものそのそと逃げていこうとして、電柵にぶつかってシビレビレになってしまった。


「そうだ地図。地図の裏に緊急の連絡先が載ってるはず」


 姉貴が地図を開く。QRコードを読み取り、資料館のほうに連絡した。どうやら最近、この近辺ではバルバロイがよく出没するらしい。クルミやドングリなどの木の実や、クマやカモシカの肉を求めてだという。


 まるっきし縄文人でねが……。いや縄文人は毛皮でねくて布の服着てらども。


 というわけで感電したバルバロイはどこかに運ばれ、俺たちは帰り道を歩き始めた。イルミィ、体重が重たいわけじゃないのにすごく重たい。


「はーやれやれ死ぬかと思った。帰り道もめちゃめちゃしんどい」姉貴がため息をつく。


「あたしは面白かったですよマミさん。バルバロイなんて種族がいるの初めて知りました」


「バルバロイ、罪はないんだよねぇ。クルミやドングリが欲しいだけで。それを滅ぼしたのが、弥生人なんだろうなあ。人間の歴史は侵略の歴史だ。……お腹空いたな。コンビニでサンドウィッチでも買って北欧の杜にでもいくか」


 北欧の杜。このクソド田舎の公園サつけるにはいささか頑張りすぎた名前の公園であるが、小さいころ何度か来たことがある。だだっ広い芝生の広場や遊具がいっぱいあるところだ。


 途中コンビニでサンドウィッチを買った。中身はツナマヨとかでなくポワポワのフルーツサンドである。北欧の杜でそれをぱくつきつつ、


「わたくしはずっとお城で育ったから、どんな神殿に似ているとか、そういうのが分かりませんの」と、イルミィが気の利いたことを言えなかったのを詫びた。


「謝らなくていいよ。伊勢堂岱遺跡、こんどはロイを連れてきてみようか。ロイは旅好きだしね。なんていうかな」と姉貴がのんきなことを言う。


「こんどは処女神どうのって言いだすってね?」


 俺がそう言うと、あかりはすごいジト目で見てきた。さーせんしたと謝る。


 のどかなドライブを終えて帰ってきた。俺はどんな小説でもエタらせてはいけない、という覚悟と、完結すれば次に取り掛かれるという気付きを得たのだった。

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