7-4 魔王置き土産を残していなくなる

 悪魔がなにか言ったのを聞いて、魔王はうんうんと頷き、

「アキタケン、スキ」

 と、そう言って、指をぱちん、と鳴らした。


 ごっどん。重い音がして何か落ちてきた。


落ちてきたものを見る。生首だ。それも、一目見て魔王、いや悪の大魔王の首に見えるやつ。なんでこんなものを、と悪魔に尋ねると、

「それを誓いの品にしようと魔王様は仰せです。それは、なにも知らぬ人が見れば、魔王の首と思うでしょう。かつて、魔王さまはこの首のついていた器を体として使っておられました。ですが、いまはこちらの、愛らしい器で暮らすのを気に入っておられます。もう、こんな禍々しい魔王の姿でいるつもりはないと――魔王様はそう仰せです」


「はあ……」俺はその生首と、可愛らしい顔をした魔王を見比べる。

「どうかそれを、我々闇の眷属の恐れるところである、組合にお持ちください。人間界最高の栄誉を得られましょう。これを誓いの品に、もう人間界を脅かすことはやめる、と、魔王様は仰せです」


「は、はあ……」ロイの困ったような返事。

「そのかわり、またきりたんぽが食べたくなったら、ここに来ます」

「あ、は、はい……」とき子祖母ちゃんが困ったように答える。魔王は満足げに鼻を鳴らす。


「それでは我々はここで失礼いたしますゆえ」

 悪魔がそう言い、魔王は白くて指先のぽっと赤い手をひらひら振った。ぼしゅっ、と姿が消え、我が家の庭から我が家に続いていた黒い、ぺんぺん草一本生えなくするのであろうヘドロも消えた。


 慌ててテレビをつける。――ふるさと村も、駅前温泉ゆうゆうプラザも、セリオンもアルヴェもこまちスタジアムも、樹海ドームも、いとくショッピングセンターも、栗盛記念図書館も、みな解放されたようだった。急に緊張の糸が切れて眠くなった。


「はーいもっぴー……ああ。そうなんだ。こっちはすっごい大変だったんだからね。まあそれはともかく、もう家に戻っていいのね?」


 あかりとあかりのお母さんとイルミィは池内の駐在所に帰っていった。

 ロイとミツ祖母ちゃんも、バスで扇田に帰った。

 環奈ちゃんは疲れてしまったらしく、ぐってりと床で寝ている。

 環奈ちゃんがすうすう寝ているところで、玄関チャイムが鳴った。出ていくと石垣さん、要するに環奈ちゃんの両親がいた。


「あの、環奈は来てねすか」

「います。お腹いっぱいになって寝ちゃってます」


「ああ……ご迷惑をおかけしました。魔王騒ぎで急いで出なきゃいけなくて、帰ってこようとしたら図書館が墜ちていて……菅原さんちで預かってもらってたんですね。これ、お礼って言ったらなんですけど」石垣さんは稲庭うどんの桐箱を取り出して俺に渡した。ありがたく受け取り、環奈ちゃんを起こす。お父さんお母さんが迎えに来たよ、というと、


「陸斗のくせにお父さんお母さんなんて言い方するんだ」

 と、思いきりバカにされた。悔しいが仕方がない。環奈ちゃんは嬉しそうに帰っていった。


 ……はあ。ため息をついていると、とき子祖母ちゃんが、

「この生首なんとかしてけれ」


 と文句を言ってきた。そうだ、魔王の首が置きっぱなしだ。持ち上げる。もののけ姫みたいだな、とほどほどにオタクの頭で考える。

 それをチャリンコのかごに突っ込み、チャリンコで組合に向かう。魔王討伐の必要がなくなった組合員たちが、フワフワ草を喫煙したり黒糖焼酎を飲んだりしている。


「あの」

 俺が魔王の生首の角を掴んで組合のカウンターに向かうと、ざわ、と空気が変わった。

「あ、あ、あの、それ、魔王の……生首、です?」


 受付の婦警さんは驚きの表情をしている。冒険者、つまり組合員たちは寄ってきて、

「すっげー! お前魔王やっつけたのか? まだ見習い等級なのに?」


「俺なんか達人等級だけど魔王は無理だと思ったぞ?」

 とかなんとか喚き散らしている。見ると婦警さんは、壁に掛けてある額縁を外して、その中に仕舞われていた「明星」と書かれたドッグタグを取り出した。


「魔王討伐に成功したものには、明星等級が与えられます」

 明星等級のドッグタグは金色だ。それをしばらく眺めて、

「いらねっす」

 と、俺はそれをカウンターに置いた。


「どうしてですか?」

「……えっと。魔王は、もう人間界には攻め込まないって言ってたす。だども、魔王の体、魔王本人は「器」っていってあったんだすばって、それはたくさんあるみたいで、俺の見た魔王は女の子の姿でした」


「ではこれはいくつもある肉体の一つの首に過ぎないと?」

 婦警さんがそう尋ねてくるので「んだす」と答える。


「それに、俺は自分の力でこれを手に入れたわけでねんだす。うちサ魔王が来て、祖母ちゃんたちがおいしいきりたんぽをこしぇで、それを食べさしたら帰っていったんだすよ」


「き、きりたんぽ? それって魔王を倒せる毒なのか?」

 秋田県のことをよく知らないらしい異世界人の冒険者が訊ねてくるので、

「鶏肉とつぶしたご飯の鍋だ」

 と答える。


「魔王は、おいしいものを食べたかっただけなんだすよ。だったいに、これはもらわれねす」

「……そうですか。本人がそういうなら無理に渡すわけにもいきませんし。……とりあえず、報酬だけでも受け取ってください」


 婦警さんはそう言うと、米俵を三つほど、台車に乗せて持ってきた。まるっきし、貧しい農民から搾取するお代官様の図、である。


「これが魔王討伐の報酬です」

 ……こんなに米ばっかしもらっても食いきれねえべった。そういうわけで、それも辞退した。ここに集まっている組合員で分けてけれ、というと、組合員たちは米俵をあけて分け始めた。


 安心して、家に帰った――ら、すでに北鹿新聞と秋田魁新報、それからテレビの取材が来ていた。とき子祖母ちゃんがニコニコで応じていて、俺もそれに参加させられた。


「いま警察の組合係から連絡があったのですが、魔王討伐の報酬や明星等級のタグを辞退されたそうですね。理由をお聞かせください」

「それは……俺は、別に魔王をやっつけたわけでもなんでもなくて……」


 ここでも説明せざるを得なくなった。

 人というのはわかりやすい冒険譚を望むらしい。俺が、武器を掴んで魔王をやっつけた、という記事を書きたくて仕方がないらしい新聞社に、本当のことを話す。

 ……疲れた。


 いろいろやっているうちに夕方になってしまった。新聞社とテレビの取材はがっかりして帰っていった。


 テレビをつけると、俺の家に魔王がきて、みんなで夕飯を食べた話を流していた。なんだかすごく安心して、その日も夕飯を食べシャワーを浴び、さっさと寝てしまうことにした。


 翌朝起きて、歯を磨いて台所にふらふらと向かうと、姉貴が新聞を読んでいた。帰ってきていたらしい。姉貴は口をとがらせながら、


「なしてこんな面白そうなことが起きてるのに、呼んでくれなかったッ!」と、俺に言った。

「んなこと言ったって、だって呼びようがねえべった。研究施設は地下オブ地下だから、スマホ圏外だべした」


「あ、そうだった。……しかし魔王、ねえ。そんなテンプレっぽいもんがいるのかね。驚き桃の木山椒の木」


 姉貴はそう言い、新聞を雑にたたんで使われていない反射式ストーブの上に置いた。

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