7-3 秋田県民魔王に二日目のきりたんぽを食べさせる

 ぐおお……となにかの唸り声が聞こえる。――魔王だ!


「ハイ、どうも、魔王軍でございます。おいしいものをいただきにまいりました」

 ハハァーッ。一同、平伏する。露払いの悪魔はちょっとうろたえて、

「魔王様はそんなに怖い方じゃありませんから。こちらです」と、家に魔王を通した。


 頭に角が生えている以外はいたって普通の、言ってしまえば美少女。しかし人語は分からないらしい。歩くと後ろにはぺんぺん草一本生えないというのか、たたみが黒く焦げている。


「……魔王っていうからてっきり馬鹿でっかいおじさんかと思ってた」

 あかりが素直にそう言う。それを悪魔が通訳すると、魔王は少し笑ってから、悪魔に二言三言言葉を話した。悪魔が通訳する。


「本来なら形のないどろどろとした姿なのですが、ここで食事をごちそうになることに決めてアキタケンの方にもなじみのありそうな姿に化けられたそうです」


 なじみのありそうな姿っていうか、これってソシャゲのレアキャラみたいな見た目だよな。

「はい、作りたてのきりたんぽですよー」


 あかりのお母さんが器に盛りつけたきりたんぽを持ってきた。ほかほかと湯気を立てる、とてもおいしそうな香りのするきりたんぽ。秋田県民にしたってきりたんぽはごちそうである。


 魔王に箸をわたすと、魔王は首をこきっとひねり、使い方を考えて、おもいきりぶすりとたんぽに箸をブッ刺した。あかりが物おじせずに、箸の持ち方を教えてやる。魔王は予想外にすんなり箸の使い方を理解し、はふはふ言いながらきりたんぽを食べた。


 目がキラキラしている。よほどおいしかったらしい。

「みんなもお腹空いてらべ、食べるべ」

 ミツ祖母ちゃんがみんなに食器を配る。箸も回ってくる。みんなできりたんぽをつつく。


「うわっおいしー! うちで作ると豚肉が泳いでたりするからなあ……さすが本場は違う」

 あかりの家のきりたんぽ事情が気になる。豚肉が泳いでるってどういうことだ。


「まあおいしい。よく出汁を吸って風味豊か」

 イルミィもおいしそうにきりたんぽをつついていて、ああ、秋田県っていいところだなあ……などと、しみじみ考えてしまう。


 玄関が開く音がした。俺が出ていくと、環奈ちゃんが泣き顔で立っていた。


「ど、どうした?」そう尋ねると、環奈ちゃんはえっくえっく言いながら、

「お腹空いたよお」とつぶやく。おうちの人はどうした、と聞くと、仕事からまだ帰ってこないのだという。普段なら料理の作り置きを置いていくそうなのだが、魔王騒ぎでいそいで出たらしく作り置きはなく、自分で料理しようにも冷蔵庫はすっからかんだという。


「じゃあたんぽ食べるか? いまちょっとな、魔王が来てるんだ」

「まじ?」今どきの子供感あふれるリアクションののち、環奈ちゃんは靴を脱ぎ上がった。


「おわー! 魔王がいるー! しかも屋敷しもべ妖精もいるー!」

 環奈ちゃんは無遠慮にそう言うと、台所の鍋から自分の分のきりたんぽをよそって持ってきて、食べ始めた。無言でもぐもぐもぐもぐ食べているところをみるとよほどおいしいらしい。


「おかわりをください、と魔王様は仰せです」

 ミツ祖母ちゃんととき子祖母ちゃんは顔を見合わせると、

「きりたんぽは二日目がいちばんおいしいから、どうぞ泊まっていってけれす」


 と、とき子祖母ちゃんが言った。え、魔王を家に泊めちゃうわけ。二日目のきりたんぽが最の高なのは知っているけれど、まさかそれを魔王に食べさせようとするとは思わなんだ。


 悪魔が通訳すると、魔王はうんうんと頷き、悪魔が、

「魔王様はパジャマパーティをなさりたいと仰せです」

 と、斜め上なことを通訳する。ぱ、パジャマパーティ……。


 どうやら、この魔王とかいう女の子は、人間の女の子がやることをやってみたいらしい。


「じゃあみんなでインディアンポーカーしようよ」

「インディアンポーカー?」


 悪魔が訊ねてくる。あかりが説明する。それにしてもあかりは動じないなあ。そんなわけで、奥の部屋を「女の子および陸斗のパジャマパーティ部屋」ということにして、みなパジャマでそこに転がった。魔王はかわいいワンピースタイプの寝間着、あかりはユニクロのスゥェット、イルミィはシルクのパジャマ、環奈ちゃんは子供の浴衣の肩揚げ腰揚げをほどいたやつ。俺は中学のジャージである。


「このカードを額に当てて、周りがなにを言っているのかから自分のカードの数字を予想するの。この絵が描いてあるのはそれぞれ十一、十二、十三にあたるのね。で、自分のカードの数字がほかの人より小さいと思ったら勝負を降りれるんだけど、降りて一番大きい数だったら負け。降りないでいちばん小さい数でも負け」


 なおこのルールは伊藤家のローカルルールなので、よそで通じるかは分からない。

 あかりがそうルールを説明して、インディアンポーカー大会が始まった。

 魔王はこの手のゲームが得意らしく、悪魔に通訳してもらうなりルールを理解して、楽しみ始めた。


 インディアンポーカー大会は全員眠たくなってうとうとし始めるまで続いた。

 適当なところであかりがカードを片付け、みな寝てしまった。俺はそっとその部屋を出て、自分の部屋に戻ってぐうすか寝た。


 翌朝起きると魔王はあかりの服を着て、いたって普通の、角が生えているだけの女の子になっていた。ニコニコしていて、俺と顔を合わせるなり

「オハヨー」と、まるでオウムやインコが言うみたいにあいさつした。


「お、おはようございます……」


 茶の間に続々人が集まり始めた。ロイに腕を引っ張られ、台所の食器棚の陰で、

「本当に泊めちゃったんですか」と言われて、「だってパジャマパーティしたいって言われたらしょうがねえべ」と答える。「ここの人々は緩すぎますよ。魔王の通り過ぎたあとは、疫病や飢饉が起こるんですよ」と、やべえ話をいろいろ言われる。


「とにかくきりたんぽは二日目がいちばんうめぇんだよ。つべこべ言わずに食え」

 というわけで食卓に集合する。全員分の、「二日目のきりたんぽ」またの名を「ドベ」が出てくる。ぱっと見では煮崩れたきりたんぽがドロッドロしていて気味が悪いが、その煮崩れたきりたんぽは出汁をこれでもかと吸っている。とてつもなくおいしいのだ。


 みんなでそれを食べる。魔王は実においしそうにそれを食べた。悪魔が、

「こんなにおいしいものは初めて食べると仰せです」

 と伝えてくる。祖母ちゃんたちやあかりのお母さんは安堵の表情を浮かべた。


「これは、ここにくればいつでも食べられるのですか?」

「いえ、これは特別なご馳走なんですぁ」とき子祖母ちゃんがそう答えると、魔王はちょっと残念そうな顔をした。


「魔王様は、もうちょっとアキタケンのおいしいものを食べたいと仰せです」

「そいだば昼は花善の鶏めしでどうだ」


 俺がそう言うと、それだばナイスアイディアだ、と声が上がる。俺はその日、花善の開店時間に合わせて全力のチャリンコで家を出て、大館駅前にある花善の店舗で鶏めし弁当を全員分買った。予算はミツ祖母ちゃんから出た。


 花善の鶏めし弁当、というのは、大館駅のレジェンド駅弁である。いまでこそ各地で工夫をこらした駅弁が売られており、それほど珍しいものでなくなってしまったが、昔はテレビで駅弁ランキングをやればかならず上位に食い込んでいた、伝説の駅弁なのである。


 帰ってきてみると、なんと魔王が食器をおっかなびっくり洗っていた。

「な、なしてだ?」ととき子祖母ちゃんに訊いたところ、

「なんたがな、えっと、これだけお世話になったんだからお礼がしたい、って」


 なんと義理堅い魔王だ。食器をきれいにして、魔王はニコニコで茶の間に戻ってきた。全員に、花善の鶏めし弁当を配る。


 開けてみると付け合わせや漬物の類が若干異世界ライズされていたが、それでも匂いは花善の鶏めし以外のなにものでもない。みんなで食べる。やっぱりべらぼうに美味い。


 魔王は嬉しそうに鶏めし弁当を食べて、

「アリガトー」

 と、やっぱり小鳥が人まねをする調子でそう言った。


「魔王様は、なにかお礼がしたい、と仰せです」

 魔王にお礼されても困るんだばって……とも言えず、全員黙り込む。

 俺は少し考えて、

「おいしいものが食べたくなったら、いつでもアキタケンに来てください。でも、アキタケンの土地にある、占領した建物を返してもらえませんか」

 と訊ねた。悪魔が通訳する前に、

「ワカッタ」

 と、魔王は答えた。え、分かったって。通じてるのこの会話。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る