6-5 ポートタワーセリオン魔王軍に占領される
そういうわけでまたインディアンポーカー大会を催し、ばかばかしく笑ってから、夕方くらいに姉貴に迎えに来てもらった。
車中できょう起こったことを話す。イルミィが酒を飲んで大変なことになってしまった話をすると、「なぜそこで童貞を死守する」と言われてしまった。
「だってなにをするのかよく分かってない女の子に、その、そういうこと、できないだろ」
俺がそう言うと姉貴はうーむ、と頷いた。俺は続けて、本人の同意がないのにそういうことをしたらいけない、酔っぱらっておかしくなってる人に紅茶は飲ませられないだろ、と言うと、姉貴はほう、と答えた。
「ツイッターでいっとき流行った『同意とはどういうことか』というやつじゃな」
「そうそれ。それよりなんだ語尾の『じゃ』というのは」
「今日の気分じゃ。ああ、明日からしばらく研究施設に詰めてなきゃないから、とき子祖母ちゃんをよろしく。それからあかりちゃんちに行くときはバスで頼む」
「わかった」そんなことを話しながら家に帰った。とき子祖母ちゃんが、いい加減飽きたというのにミズの塩昆布漬けをテーブルに置いていた。ミズのコブのたまり漬けが食べたい、と言うと、
「最近ミズにコブができねくてや、多分気候が変わってしまったからだと思うんだばって」
ということだった。残念だが仕方がない。冬が来ないということはひろっこも食べられないのかあ。ハタハタは食べずに済んでありがたいけど冬の食べ物を食べられないのは悲しい。
「きりたんぽとか食べたぐね?」俺がそう言うと姉貴が、
「鶏肉が高すぎるべやー」と答えた。
夕飯をつつきながらニュースを観ていると、最近ときどき報じられるようになったタキア藩王国の話題になった。酒をどんどん輸入したいのだという。秋田県内の酒蔵は対応に急いでおり、タキア藩王国の人たちは秋田県民と仲良くなってみんなで酒盛りがしたい……という旨。しかし異世界人に酒を飲ますとその、あの、ああなるということは、うかつに飲ますわけにはいかないのでは。そう思っていると、米から作った日本酒だとああいうことになるが、黒糖焼酎なら酔っぱらうだけなのだ、という。
……秋田犬に続き秋田県は異世界に難しい作用をもたらすんだな。いや日本酒は日本中で作られているから、越乃寒梅とか獺祭でもああいうことにはなるんだろうけど……。
その日は早めに寝た。疲れていた。しかし脳内をイルミィのおっぱいがかすめて、ぐっすり眠れるというより悶々として眠れない感じだ。
駄目だ駄目だ。明日から姉貴は仕事だし、ご近所を守れるのは俺一人。さっさと寝よう……目を閉じる。
翌朝起きてくると姉貴はもう仕事に行っていた。茶の間には、ヨーグルトとポテトサラダ。ポテトサラダには当然のごとく缶詰ミカンと砂糖が投入されており、とりあえずそれを食べて俺は近所のパトロールに出かけた。
環奈ちゃんは道路にチョークで絵を描いて遊んでいる。いつもどおり。ゴン太に吠えられるのもいつもどおり。至って平和。
特にゴブリンの足跡などはなく、家に戻って姉貴がいない隙に詩を書いて、引き出しに仕舞って鍵をかける。それから、庭で草むしりをしていたとき子祖母ちゃんが休憩しに戻ってきたので、また奥村さんの奥さんに分けてもらった赤しそのジュースを飲む。
「あ、そうだ。テレビみるべし」
とき子祖母ちゃんはテレビをつけた。どうやら、日本における春から、日本のニュースは秋田県には流れなくなるらしい。そいじゃあ政治家のみなさんの顔を見ることもないのか。
まあ、日本のニュースなんぞ流されても秋田県じゃあなんの役にも立たんわなあ。
それから、タキア藩王国のニュースが流れた。新聞によると、いままで不仲で、謁見の間に二人で現れることのなかったタキア藩王と王妃が、珍しく二人でニコニコの顔で謁見の間に現れたらしい。ど、どういうことだ。まさか酒が効いたのか。それにしてもずいぶん分かりやすい不仲の理由である。
それからしばらくしたある日、あかりから電話がかかってきた。
「はいもしもし」
「もしもしー。いまね、イルミィに伝令の人が来て、タキア藩王国の王妃様がご懐胎されたって話だってさ」
ぶふぉ。なにも飲んでいないのに噎せた。タキア藩王国の王妃さまってそんなに若いのか。
「それで、イルミィは帰ってこなくていいことになったって」
イルミィは捨てられたのか。そう尋ねるとあかりはアハハハと陽気に笑った。
「違うよ。イルミィは自由になったの」
「自由……」
「そう自由。学びたいことを学びやりたいことをやり、この異世界のことを現実世界に広める大使になったの」
「そうか。それならいいんだ」
あかりは嬉しそうに話す。あかりが嬉しいなら俺も嬉しい。
「話聞いてる?」
「え、な、なんだ? なんかあったのか?」
「うちの父から聞いたんだけど、秋田県警異世界探検隊が異世界の図書館で魔王のことについて調べたら、ことしがその百年にいっぺんの魔王出現の年なんだって」
「……ああ?」
「だから。魔王がくるかもしれないんだって。それで――んん? なに? ちょっとゴメン、いったん切るわ」
ぶつりとあかりからの電話が切れた。なんだか嫌な予感でハカハカする。魔王出現について姉貴のコメントが欲しいが姉貴はあの朝からずっと謎の研究施設に行きっぱなしだし、俺にはテレポーターを使う度胸はない。
切れてしまったあかりとの電話の画面をしばし見る。それから終了して部屋に戻る。とき子祖母ちゃんがテレビを見ている。
「陸斗、魔王ってなんだ?」
テレビを見ると、……ポートタワーセリオンが、魔王軍に占領された、という話を、さも当たり前みたいに流していた。
「あいしか……こいだばただ事で済まねぇど……」
俺の口からそんな言葉が出る。テレビに映った、土崎港のポートタワーセリオンは、どす黒い闇の気配に染められ、不穏な空気を醸していた。
「陸斗、魔王ってなんだ、って訊いてらでば」
「あ、ああ……魔物の総元締めのことだ。ゴブリンもスライムも化けコウモリも魔物だべ? そいつらよりずっとおっかない、ドラゴンとかゴーレムとか、もっともっと強い魔物がいて、その魔物を全部牛耳ってるのが魔王だ」
「さっさ! にゃあ、そんなのが攻めてきてらのか! 秋田県滅びるべした!」
とき子祖母ちゃんがそう言う。いやそんなにフランクに「滅びるべした」って言っていいんだべか。とにかくやばい。それ以上でも以下でもない。
画面はポートタワーセリオンを映していたが、なにか黒い火の玉のようなものが飛んできて、カメラが壊れたらしく画面は暗転した。それからしばらく、テレビは真っ暗だった。
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