7 秋田県最終奥義「きりたんぽ」

7-1 秋田県の名所次々魔王軍に墜とされる

 魔王軍は着々と秋田県に侵略を始めていた。いまさら知ったのだが、ポートタワーセリオンが墜ちた日には、こまちスタジアムや秋田駅前のアルヴェが墜ちていた。


 魔王はどうやら南のほう――異世界人の感覚でいう「世界の裏側」から侵略してきているらしく、もうセリオンが墜ちるより前に、ふるさと村や駅前温泉ゆうゆうプラザなんかが墜ちていて、秋田県を征服されるのはそう遠い話でなくなってしまった。


 もちろん緊急で、秋田県内すべての組合に魔王討伐の依頼が出たものの、明星等級の勇者ですら激闘だったという相手に、組合員たちは尻込みして、戦う気を失ったらしく、どんどん秋田県を出ていってしまった。


 なんと、魔王には秋田犬の毛が効かないという。それではどうしようもない。しかし魔王が攻めてくる前に、またしても裏の茂内さんの空き家がゴブリンに乗っ取られたので、俺は米袋をかついで組合に向かった。


 組合は、驚くほど閑散としていた。


 虻川が一人でフワフワ草を喫煙していた。一発あくびをして、

「どうした? 魔王討伐ならいかねーぞ?」

 と声をかけてきた。どうやら最近では秋田県民も冒険者になれるようだ。

「違う。うちの裏にまたゴブリンどもが住み着きやがった」


「ゴブリンかあ……あいつらやっつけてもやっつけても湧いてきやがるからなあ……」

「お前等級はどうなったんだ?」

「へへへ。腕利きサムライまで出世したぜ」


 腕利き。なかなか強いらしい。そういやこいつ剣道も結構強かったもんな。

「ゴブリン討伐くらいなら手伝おうか。一人なら米十キロ総取りだしな」


 というわけで虻川と家の裏のゴブリンをやっつけることになった。じつに手慣れたもので、次々ゴブリンを撃破しては的確に後始末をし、あっという間にゴブリンをやっつけてしまった。


「お前いつの間にそんな強くなった」

「そりゃあユーチューブでゴブリンの倒し方動画っていうのを見つけてだな」

「そんなのUPされてんのかユーチューブ……」


 そんなやりとりののち、また組合に戻ると、受付の婦警さんは米を二等分して俺にもくれた。


「え、総取りじゃないんすか」

「こちらの依頼者さんと一緒に討伐したんですよね? 討伐に参加すればだれでも組合員ですから、そういうわけで依頼者さんも見習い戦士の等級になりました」


 そう言い婦警さんはドッグタグを俺に渡した。首にかける。

 見習い戦士かあ。ロイと同じ等級だなや。


 そんなことを考えてから家にまた戻ると、ロイとミツ祖母ちゃんがきていた。テーブルの上には、つやつやぷりぷりの寒天料理が陳列されており、腹がぐうーっと鳴る。


「疲れたべ、食べれ食べれ」

 というわけでサラダ寒天をつつきながら、

「なんでここに?」と訊ねる。ロイが、魔王が侵略してきたなら人間は固まっていたほうが安全だ――とご先祖が書き残していた、という旨を説明した。


「魔王ってどんくらい強いの?」俺がそう尋ねると、ロイはすこし考えて、

「並の冒険者じゃ歯がたたないです。ドラゴンを一人で狩れるくらいの冒険者で、どうにかかすり傷を負わせられる程度……と、ご先祖様は書き残していますね」


「これはヤシオリ作戦さねばねえんでねえか」と、ミツ祖母ちゃん。どこで覚えたんだヤシオリ作戦。どうやらテレビで放送されたのを観ていたらしい。

「あの映画もよ、出てる俳優捕まったべ? もう観られねえんだものなー。面白れぇのに」


 ミツ祖母ちゃん、そんなこたぁどうだっていい。あの映画を知らないとき子祖母ちゃんが、

「陸斗、ヤシオリ作戦ってなんだ?」と訊ねてくる。


「えっと、ゴジラの映画で……ヤマタノオロチをやっつけたとき酒を飲ませてやっつけたのにちなんで、ゴジラにポンプ車で薬飲まして動けなくする作戦のこと」


「はー。そんた方法でゴジラ動けねくなるのか。そいだば魔王を動けなくする薬を作るとか、そういうことだか?」


「いや。たぶん魔王は不死身ですから、薬ごときでどうにかできる相手じゃない」

 ロイがそう言う。ああ、姉貴がいればなんかしら解決策を考えたろうに。


 テレビの画面では魔王の侵略の歴史を報じている。百年前、魔王はポニン大陸――タキア藩王国のある大陸のこと――に侵略し、そこで当時、明星等級だった勇者と大賢者と竜騎士のパーティにやっつけられたらしい。そして、世界の裏側――要するに南の果てに逃げ込み、回復するのを待って地上に出てきた……ということだそうだ。


 そのときニュース速報が入った。魔王軍が、樹海ドームを占領したらしい。樹海ドームが墜ちるなんて、あまりにも進行速度が速すぎる。そう思っているとあかりから電話がかかってきた。


「陸斗、うちの父が魔王対策本部に回されちゃって、とりあえずお母さん……母と、イルミィと三人で菅原君ちに避難してれって言いだしたんだけど行っていい?」


「べ、別に構わねども」

 というわけであかりとあかりのお母さん、それからイルミィがやってきた。


「申し訳ありません」あかりのお母さんはしきりに恐縮している。とりあえずサラダ寒天を勧めると、あかりのお母さんは実に上品にひと口食べた。


「陸斗、ここワイファイは使えるんですの?」

 とイルミィに言われたのでパスワードを教えてやる。イルミィはサラダかんてんやかきたま寒天の写真をインスタグラムにUPし始めた。のんきなやつだな。


 ふだん多くても五人しかいなかった家は、一気に七人になってぎゅうぎゅうになってしまった。とりあえず古い日本家屋でもあるので、奥の物置きになっている座敷を片付けて、ミツ祖母ちゃんやロイ、あかりやその家族にはそこに泊まってもらうことにした。


 テレビは秋田県庁の様子を映している。

「佐竹オチョチョの介敬久が珍しく作業着だ」あかりがそう言う通り、佐竹知事は作業着を着ていた。どうやらやっぱり魔王の侵略は「有事」らしい。


 戦争みたいなものだべか、と戦中派のミツ祖母ちゃんが呟く。それにイルミィが、

「戦争は人間同士だから話せばいずれ解決できるけれど、魔王には言葉が通じない……」


 と返す。一同ドンヨリムードの顔になる。それを解消しようとしたのか、

「……あれ? 陸斗、いつの間に組合員になったの?」あかりが明るく訊ねてきた。

「あー、裏の空き家にゴブリンが湧いて、その討伐どご手伝ったら組合員にされてまった」


 そう話していると空からごおお――という音が聞こえた。飛行機? いや異世界に飛行機なんてないぞ。窓から空を見上げると、漆黒のドラゴンが空を駆っていた。


 やべえ。


 あんなのまともに戦って勝てる相手じゃない。虻川だってめっためたにされるに違いない。俺は案外怖がりなので、勝てる気のしないドラゴンを、ぼーっと見上げることしかできなかった。


「ドラゴン……」

 あかりが呟く。あかりに、「魔王対策本部ってなにするんだ?」と尋ねると、

「よく分かんない。組合も噛んでるって話だったけど、たぶん実際に魔王とぶつかるのは自衛隊じゃないかな。警察は情報の収集にあたるんだって。とりあえず父は危険じゃない」


 と、ちょっとほっとできる答えだった。あかりのお父さんがいなくなったら、もうインディアンポーカーをニコニコしてやることはできなくなるかもしれないのだ。


「まあ、みんなで暗い顔して顔突き合わせてるより、なにか楽しいこと、考えね?」

 と、あかりがそう言う。あかりも表情はいささか暗いけれど、がんばって笑っている。


 俺も、がんばらねば。


「そうだな。なにすべかな、じゃあ……飯の支度、すっか」

 と、俺が立ち上がろうとしたところで、


「こういうのは我々サまがへれ」

 と元惣菜屋のミツ祖母ちゃんが立ち上がった。腰が曲がってしまっているが料理だけはうまいのだ。あかりのお母さんが「あかりも手伝って」と言い、あかりと一緒に台所に向かう。

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