6-4 味どうらくの里と開運北鹿異世界の王妃に献上す
「素晴らしいもの?」
イルミィの母親は首をかしげた。
「ここではあまり大きな声で説明できませんけど……この、秋田県の男鹿というところで、なまはげと来訪神の祭りが催されたのはご存知ですか?」
「ええ、知っているわ。なんでも酒とかいう素晴らしい神々の飲み物がふるまわれたとか」
「その酒がうちにあるんです。それを持って行ってください」
「ええっ?」
イルミィの母親は驚きの表情を見せた。あかりは家に飛び込むと、開運北鹿の一八〇〇ミリリットル入り紙パックを持ってきた。すごくリーズナブルな地酒で、ミツ祖母ちゃんの夫、つまり死んだじいちゃんが愛飲していたやつ。
「これです。ここのフタをねじって開ければ、中にたっぷり、酒が入ってます。どうぞ、藩王さまとお召し上がりください」
「まあ。こんなにたくさん? うれしいわ」
「あ、あとこれもよろしければ。料理にいれるとおいしくなります」
今度はあかりは「味どうらくの里」を持ってきた。秋田県民熱愛のご当地調味料である。これの特売があるといとくは激混みになるのだ。
「……イルミィ、その『インスタグラム』というのは、とても楽しいものなの?」
「はい。写真といって、このスマホという機械を使うと風景やモノをそのまま写し取れて、それをインスタグラムに送ると、たくさんの人が見ていいねをくれます。そうだ、お母様も一緒に写りましょう」
イルミィはどこからか自撮り棒を出してきて、俺とあかりとイルミィの母親と、それからイルミィの四人でセルフィ―を撮り、インスタにUPした。即、いいねやコメントがぶわわーっと表示される。
「まあ、アキタケンという国には不思議なものがあるのね」
「ほら、お母様が美しいという書き込みが」
「まあ! 恥ずかしいわ!」
しばしのどかにそういうやり取りをしたあと、イルミィの母親は、
「あとでなにかお礼をするわ」
と答えて帰っていった。あかりはでっかいため息をついて、駐在所に戻った。モッ太が、プイプイプイプイと騒いでいたので、タンポポとクローバーを食べさせた。秋田県の外から入ってくるものがないので、ドライフードは切れてしまっており、野菜や雑草を食べさせるほかないらしい。
「イルミィ、何したか覚えてる?」
「んー……お酒を口にするところまでしか覚えてませんの。わたくし、なにか変なことをしたのかしら?」
思わず笑いが出た。
アハハハとあかりと二人で笑った。イルミィはただただ困惑していて、
「な、なんなんですの? わたくしは、なにをしたんですの?」
と、俺とあかりを見比べている。
そうやって笑っていると、あかりの父さんがくたびれきった顔で帰ってきた。
「なしたのお父さん。なんか顔色わりぃよ」
あかりがそう言うと、あかりのお父さんは、
「それがよ、ゴブリンシャーマンずモンスターがよ、なかなかおっかねんだよ。魔法使ってくるべ、火の玉とか凍結とか。飛び道具で仕留めるってもいとくの店の中だからよ、なかなか狭くて外して味方サ当たったらまずいべ。こーれは秋田県警も魔法を勉強さねばなんねぇど」
と、ひとつため息をついた。
「あれ? 結局イルミィちゃんは飲んだんだか?」
「お父さん、異世界人サ酒っこ飲ましたらだめだよ。異世界人には媚薬になるみてった」
あかりがそう言うとあかりのお父さんは派手に噎せた。
「まじか……そうか、それで異世界なまはげはあんたことになったわけだ。それよりあかり、なして家サいる」
「鷹巣までの区間が、キングスライムとの接触事故で停まってた」
「さい!」
あかりのお父さんはすごく秋田県民っぽいリアクションをした。
「日本サあればクマとぶつかるし異世界サあればモンスターとぶつかるし……JRの人も大変だなや」
「お父さんだって非番でもモンスター出れば呼ばれるべした。よいでねえのはみんなおんなじだや」
あかりが方言全開でそう言う。この人たちは秋田県じゅうを転勤しているので、どこの言葉か判然としない、秋田弁のテンプレートで喋る。
「それより腹へらねが? なんか食べるべ」
「でも台所、朝のお茶碗うるがしてらし」
イルミィがよく分からない顔で、「うるがす……?」とつぶやく。
「うるかす、ってことだよ」
あかりが明るく言うも、イルミィはますます分からない顔をする。あかりは「うるかす」が方言であることに気付いていないらしい。
「お湯とか水サ、食べ終わった食器とかを漬けておくことだ。方言だよ」
俺がそう説明する。イルミィは「理解!」というような顔。あかりは、「う、うるかすって方言?」と驚く。
「あと『手袋を履く』も方言。『だぁから』も方言。『腹つえー』も方言」
「『腹つえー』って陸斗も言うんだ……高校の友達が言わないからてっきりうちだけのファミリー方言かと思ってた」
「高校の友達ってどこのふとだ?」『ふと』というのは『ひと』という意味である。
「鹿角……と、小坂」
「鹿角と小坂は昔南部藩だったから秋田の、佐竹藩の言葉と違うんだ。青森の南部地方に近いはず」
「ほええ……初耳……」
秋田県をあちこち転勤して回る割には知らないんだな、と言ってやると、だってうちはずっと県南で転勤の希望出してるんだもん、とあかりは「おこ」の顔になった。
「大館って聞いたとき『なぜに?』ってなったんだよ、うち。官舎から出られると思ったら市内の駐在所勤務だし。大館いや! 寒いし道つるんつるんに凍るし!」
「でもあかりよぉ、ここは異世界だど。寒くもねえし道も凍らねえど」
「……そっか。それならいいや、陸斗もいるわけだし」
ぼっと俺の顔に火がついた。あかりのお父さんはきちんと正座して、
「ふつつかな娘ですがっ」
と婚約ムードである。
「ちょ、お、お父さん! あたしにだって選ぶ権利はあるってナンボ言えばいいってや!」
「でもちょっと菅原君のこと好きなんだべ?」
「そ、そりゃあ、ちょっと」
照れて赤くなるあかりを眺めて、なんだか俺まで恥ずかしくなってしまった。
あかりが適当に、備蓄品らしいレトルトカレーを出してきて、みんなでそれを食べた。イルミィは、「こんなに香辛料がたっぷりの食べ物があるなんて」と驚いている。
「日本じゃなくなって不便になったけど、日本の技術って異世界だと無双できるんだね」
と、あかりはつぶやく。
あかりのお父さんが、「なんか面白れぇテレビ入ってねえかな」とザッピングを始めた。「テレビが入る」というのは「テレビが放送されている」という意味の秋田弁である。映し出されたのはニュースだ。秋田県警異世界探検隊が、異世界人と話したことなどを連絡してきたらしい。
異世界なまはげたちは酔っぱらって発情期になってしまったのを「神々の飲み物を飲んだ」と表現したらしく、いま異世界では酒というものに興味が高まっているらしい。
神々の飲み物とはこれまたなかなか大げさである。だが古来、中国の仙人だってギリシャ・ローマの神々だって、ヒンズーの神々だって、酒を楽しんでいた。酒は、この世界の人からしたら、俺らの想像する神々の酒のように感じるのかもしれない。
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