6-2 南中事件的問題勃発す

 あかりはあかりのお父さんから受け取ったスマホの画面をスカート――エガミで買ってきたらしい品のいいチェックのスカート――にごしごしして、


「陸斗、なんかね、うちの祖母が母やあたしのために用意した振袖があるんだけど、長年タンスの中で行方不明になってて、それが出てきたらしいのね。で、この通り異世界に来て、もう三年後写真を撮れるか撮れないかわからないから、大至急で前撮りしちゃおうってことになったらしくて。これからちょっと内陸線で角館行ってくる」


「……は? 内陸線? 角館?」

「そう。たしか鷹巣駅を昼に出るのがあって、それに間に合う奥羽本線もあるから……今行けば間に合うかな。あ、バスもぴったりじゃん。いってきまーす」


 あかりはスマホと財布を雑にカバンに突っ込んで駐在所を飛び出していった。

 駐在所には、俺とあかりのお父さんとイルミィが残った。変な組み合わせである。


「あいしか……あかりもせめて俺の意見聞いてければいいのに……」

「あかり……伊藤さんって、すごい行動力ありますよね」

「んだ。家出してよく角館サ行くから、バスと電車はほぼほぼ暗記してらもの」

「家出するんですか。伊藤さんが」

「するど? 菅原君と遊んでるかポケモンでレート対戦やってるか家出してるかだなや」


 あかりは秋田県全体が、故郷なのだな。しみじみとそう思う。

「あ、あのっ。わたくし、透明なお薬を飲んでみたいですわ!」


「おー、飲むべし! 菅原君……は、申し訳ないがなめるくらいだばって」


 あかりのお父さんから警察官らしからぬセリフが飛び出した。公然と未成年に飲酒させる気だ。警察官にあるまじき行為。バレたらクビになるんではなかろうか。


「い、いやなめるだけでも犯罪だすべ。イルミィだって同じだすべ」

「菅原君は小さいころお父さんのビールの泡すすらせてもらったりしたことはねんだか? それにイルミィちゃんは異世界人だべ、捕まらねえべした」


「それは本当に小さいころで酒を飲むってことじゃなくて興味本位だったす。それに異世界なまはげでめちゃくちゃ異世界人捕まったでねすか!」


「だーいじょぶだいじょぶ。ドイツだったがフランスだったがでは、十六から飲めるど?」


「ここは日本です!」


「いや異世界だど」

 その通りなのだった。


 あかりのお父さんは、台所に置かれていた県南の銘酒、飛良泉を出してきた。ちょっとマイナーだが姉貴の好きな奴だ。ここであえて高清水でないのにセンスを感じる。


「これはよ、ひやで飲むのがうめぇんだよ」

「ひや……というと、冷蔵したり氷を入れたりするんですの?」

「違う違う。日本酒のひやは、常温ズ意味だ――んん?」


 酒を始める前に、無線が鳴り出した。あかりのお父さんはそれに出る。どうやら仕事でなにか緊急事態が発生したらしく、あかりのお父さんは飲兵衛の顔から警察官の顔になって受けごたえしている。しばらくやり取りしたあと立ち上がって、

「東台のいとくさゴブリンシャーマン率いるゴブリンの群れが出て応援が欲しいどや。俺は行かねばねーから、ちょっと菅原君とイルミィちゃんで留守番しててけれ」


「えぇ? ど、どういうことだすか? 俺ここんちの人間でねっすよ?」

「なーにすぐ終わるべ。組合さも緊急で募集かけたらしいし、相手はゴブリンだしな……ゴブリンをバカにしてかかったらいけねんだっけか」


 あかりのお父さんは、制服に着替えると、ホルスターに銃を納めて、駐在所の前に停めてあるパトカーでぶぃーんと出かけてしまった。


 ……。


 秋田県警のいろいろなガバガバさにびっくりしながら(まあ毎年忘年会新年会シーズンになると一人か二人飲酒運転で捕まってしまう組織ではある)、俺はイルミィと取り残された狭いたたみ敷きの部屋で、イルミィをちらと見た。


 イルミィはさっきまで甘酒を飲んでいたコップに、手酌で飛良泉を注ぎ始めた。おいおい、いきなりそれは飲みすぎでねぇか。それくらいは一滴も酒を飲んだことのない俺でもわかる。


 ぐびぐびぐびーっと、白い喉を上下させて、イルミィは日本酒を飲み干した。

「ぷはー!」


 ものすごく清々しい飲みっぷり。でもこれってどっちかっていうと日本酒じゃなくてビールの飲み方だ。度数がぜんぜん違うはず。俺は、

「も、もっとこう、ちびりちびり飲まないと……水も飲まないと」

 と、自分のコップに水を汲んでイルミィの前に置いた。イルミィは完全に、目が据わっている。明らかにもうアルコールが回り切っている。


 ふと気づく。イルミィの頭の上に、久しぶりに見る状態異常の表示が出ている。なんだこれは、ハートマークだがチャームのハートと違ってなんだかヒワイだ。説明書きを見る。


「発情期」

 OH……。


 イルミィは、その火照った体を、あかりのお古のタンクトップ越しに俺に押し付けた。

「体が……熱いですわ……責任、とってくださる……?」


「責任とるってイルミィが勝手に飲んで勝手に状態異常になってらだけでねが」

「でも……陸斗って……意外と筋肉質だし……顔も清しいし……すごく好みなの……」


 姉弟揃って異世界人に惚れられるとはなかなか因果なものである。

 なるほど、異世界人は酒を飲むと発情期になってしまうらしい。だから異世界なまはげが女湯に乱入したのだ。そりゃ仕方がない……で済まされるものではないか。


「わたくし……家にいれば政略結婚でずっと北方の藩王国に嫁がされるの……だから、陸斗、『既成事実』を作ってくださらない? そうすれば輿入れもなくなるし……」


「んなこと言われても困る! お、俺、童貞なんだぞっ!」

「えぇっ」


 イルミィはアホの顔になった。よほど俺が童貞だというのに驚いたらしい。


「あかりと、あんなに親しいのに?」

「あ、あいつは友達であって恋人でねぇよ……恋人だとしてもお父さんが警察官の女の子サ手出すほど無謀でねぇよ俺は……いやそういう間柄になりてぇと思ったことがないわけじゃないけどな……」


「それに、家にマミさんがいるじゃない!」

 イルミィまであかりの真似をして魔法少女アニメみたいな言い方をする。


「あれは血のつながった姉貴だ。それに手を出したらキンシンソーカンってやつだし、そういうことしてたら童貞でないだろ」

「きんしんそーかん……じゃあ、ま、まさか環奈ちゃんと?」

「幼女に興味はない! そもそも俺は童貞だって何回言わせもがっ」

「ああ、我慢できないぃっ」


 俺に質問しておいて聞く気のないイルミィは、唐突に俺に抱きついてきた。ふにふにと柔らかい二の腕、むっちり肉のついた意外と豊満な体。窒息しそうになりながら、

「まず落ち着け! 離れれ! やめれ!」

 と叫ぶ。


「ああ……ああ……こうして二人っきりでいられるのはいつまでかしら……それまでに『既成事実』を……作りましょう……?」

「嫌だ困る! もしなんか変なことしてるときに、あかりとか、あかりの父さんとか、帰ってきたらどーすんだよ! 南中事件でねが!」


「な、南中事件?」


 まるで戦時中の中国で起こったような印象の言葉だが、これは秋田県の中高生に伝わるフォークロアで、どこかの南中学校の保健室で生徒の男女二人が行為に及び、それが入れたものを取り出せなくなり救急車で運ばれる、というとても恥ずかしい言い伝えである。


 そういえば某AV男優も秋田県で採れたんだったな……。


「南中事件がなにかは存じ上げませんけれど、帰ってきたなら愛し合っていることを、みせつけましょう……?」


 イルミィの着ている、あかりのおさがりのタンクトップは、古いらしく少し薄くなっている。あかりは貧乳だしあかりのお母さんも鶴のように痩せているから、豊満なイルミィのつける下着はないらしく、えらく物持ちのいいことに小学生のスポブラみたいなのをつけていて、それで谷間が協調されている。ホットパンツから伸びる足はむっちりとしており、尻のラインはきれいな丸だ。


 正直言って、かなり……えろい。あかりだったらなんていうだろうか。「えちえちのえち」とか言うんだろうか。

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