5-4 異世界なまはげ女湯に乱入す

 翌朝。

 起きると枕元の机になにか置かれている。包装紙にくるまれているが、手触りから察するに本だ。包装紙を剥ぐと、子供のころ好きだったけれどどこかでなくしてしまった、銀河鉄道の夜だった。――なんでこんなものが手に入ったんだろうとよく眺めて気付く。


 この本、全然新しくない。いっそ手垢だらけ。何度も読んだらしく紙はくたびれ表紙カバーはめくれている。ぺらぺらめくってみると、画伯としか言いようのないタッチのカムパネルラとジョバンニが鉛筆で書かれている。……これ、俺がなくしたやつだ。どこにあったんだろう。姉貴の仕業に違いない。とりあえず本棚にそれを納め、着替えてリビングにいく。


「おはよう」

「おっはよー。いいもんプレゼントされたじゃろ?」

「いいもん、っていうか……あれ、どこから出てきたんだ?」

「んーとね、ゴミ取りのコロコロ探してるときに物置きの奥に本が積んであるのに気付いて、見てみたらあんたが子供時代ボロボロにした本だった」


 はあ。とにかく納得したので朝ごはんを食べる。食べているとメールがきたのでスマホを取ろうとしてとき子祖母ちゃんに「食べてから!」と叱られる。


 いそいで、納豆ご飯――納豆はもちろんひきわり――をかっこみ、メールを見てみる。あかりからだ。なになに、「ローストチキンできたよー」とのこと。おお、現実世界じゃまず見ない、特大のローストチキン。イルミィの興奮した顔も写り込んでいる。


 昼飯時にお邪魔することにした。つくと、もうローストチキンとケーキを切り分けてあり、俺と姉貴は心ゆくまで、おいしいものを味わった。


「チキンっておいしいんですのね!」

 イルミィはぼんじりのところをがじがじしながらそう言う。なかなかの食欲である。それと張り合うくらいの勢いであかりのお父さんがチキンのレッグを掴んでがつがつ食べている。


「やっぱちゃんとした鶏肉はめぇなあ!」

「お父さんがっつきすぎだよ。もっと味わって食べないと」


 あかりが口を尖らす。あかりは皮目のところをぱりぱりやっている。

「いやー頑張った甲斐があったわー。ありがとうねあかり、クックパッド調べてくれて」

「あ、そうだ。陸斗聞いてよ、お母さんったら丸ごとニワトリもらってどう料理するかわかんなくて、あたしに調べろっていうんだよ!」


「まるごと、って、羽とか頭とかついた状態です?」

 姉貴が訊ねるとあかりのお母さんは、

「いいえ、羽と頭はついてなかったんだけど……内蔵の抜き方とかわからなくて。今の時代は便利だわ」

 と、とても穏やかに答えた。


 半袖を着てクリスマスのごちそうを食べるなんて、ここはオーストラリアか。そう思いつつチキンをもぐもぐする。実にうまい。ミズの塩昆布漬けもうまい。


「菅原君のお姉さん。一杯やるすべ――もう二十過ぎてらすよな?」

「ええまあ。かんぱーい」


 なぜか高清水の大吟醸が出てきて、姉貴はあかりのお父さんと一杯始めた。ちょっと待て、これ帰れないやつじゃないのか。そう思っていると、あかりが

「代行頼めばいいじゃん」とのたまう。そんな金あるかな。でもいざとなったら下戸だというあかりのお母さんに乗せていってもらうという手もあるし、あまり心配しないことにした。


 イルミィはうらやましそうに姉貴とあかりのお父さんを見ている。

「あのお薬おいしそう。飲んでみたいわ」

「だーめ。未成年の飲酒は禁止!」


 あかりがそう言い、イルミィは退屈な顔をする。

「この世界には酒ってないのか?」

「えっと、お米を溶かした甘いお薬はありますわ。でも、あんなふうに透明なお薬はありませんし、甘いお薬は飲んでも気持ちよくはならないんですの」


 おそらく甘いお薬というのは甘酒のことなのだろう。そう思っていると唐突にあかりが言う。

「あ、そうだ。なまはげパーティ」


 テレビをつける。あかりの家のテレビは狭い茶の間に対していささか大きすぎる感じだ。テレビをつけると、異世界なまはげと秋田のなまはげが、肩を組んで歌っている様子が映しだされた。じつにうまそうに酒を飲んでいるが、しかし異世界なまはげの様子がおかしい。


 レポーターの女性アナウンサーが近づくなり、異世界なまはげはアナウンサーを抱きすくめた。アナウンサーは悲鳴を上げ、テレビの画面は「しばらくお待ちください」となり、その三分後映し出されたのは「秋田の大自然」という、事故対応用の番組だった。


「……なんこれ」

 あかりは呆れ切った顔でテレビを消した。

「放送事故だな」あかりのお父さんがしみじみと言う。いやそんなしみじみ言われても。


 とにかくあかりの家のクリスマスパーティはとても楽しかった。なんだかんだインディアンポーカー大会になり、毎度俺がドベになった。


「やばいと思ったら降りればいいじゃん。その駆け引きを楽しむのがインディアンポーカーでしょ」とあかりに突っ込まれたとおり、そう、俺は降りるのが怖いのだった。

 怖いんだよ、と素直に言うと、

「……やっぱり村上龍の小説に出てくるタイプ」

 と、謎の査定をされた。


 クリスマスパーティを終えて、夜になりかかった道を代行で帰った。代行の運転手さんいわく、「異世界に来てから忘年会とか無くなっちゃって、仕事がないんですよ」とのこと。


 姉貴はヘロヘロに酔っ払い、車の中ですうすう寝ていた。姉貴の財力は恐るべきもので、あっさりと代行の代金を財布から出してみせたのだった。


 家に着いた。姉貴を起こし、運賃を支払い、家に戻った。

「あいっ。またべろべろに酔っぱらって」

 とき子祖母ちゃんのお説教が始まりそうな声。しかしからになったミズの塩昆布漬けの入っていたタッパーウェアに、チキンの切り分けたのが入っていると気づき、とき子祖母ちゃんの怒りはあっさり静まった。チキンをもぐもぐ食べながら、


「そうだ。なまはげパーティみだが?」

「テレビつけたっきゃ異世界なまはげがアナウンサーの人サ抱き着いてらっけ」

「あのあと女湯に乱入したどや」


 お、女湯て。とき子祖母ちゃんはテレビをつける。ニュースでは異世界なまはげのやらかしたことを大々的に報じていて、女性アナウンサーに抱き着いただけでなく、女湯に乱入して暴れ回ったとか、給仕のお姉さんの尻を触っただとか、主にお色気的な問題を次々起こしていたのであった。


「さいわい女湯には当時だれもいなかったのですが、異世界のなまはげ、『来訪神』たちのほとんどが逮捕される騒ぎに発展しました」


 異世界人て、スケベなんだな……。ロイとかイルミィも、飲ませたらこうなるのかな。いや、たまたまだべ。そう思って風呂に入って寝た。


 次の朝起きてくると姉貴がテレビを見て大笑いしていた。


「うははは、なまはげの女湯乱入って二〇〇八年かよ」

「にせんはちねん?」

「あー、あのころ陸斗はまだフニャフニャのガキだったもんな。二〇〇八年にな、なんかなまはげのイベントがホテルだったか旅館だったかで催されて、そこでなまはげが女湯に乱入したんだよ」

「姉貴。歳がばれるぞ」


「あのころはミクシィとか流行ってて、まだ個人サイトも健在だったし、いい時代だった。ポエムみたいなタイトルを頼りに画像とか小説開いて、時々地雷踏んで強い腐女子が育った。いまどきの腐女子は解釈違いだ地雷だと供給元に文句をつけるばっかりじゃあ」


「姉貴って腐女子なのか? 漫画読んでるとことか見ないけど」

「おう。ピペット×試験管の擬人化小説サイトやってた」


 研究の合間にそんなことをやっていたらしい。すごいがアホみたいだ。ピペット×試験管てどれだけマニアックな擬人化なんだ。


「ほかにもビーカーくんとかメスシリンダーくんとか試験管くんの恋のライバルがいっぱいいてだな」

「わかったから。少し落ち着け」

「……うむ。すまん。しかし……異世界人には、酒ってちょっと違う効き方するんだなあ」


「たまたまでね?」俺がそう言うと、

「うむ、おそらくたまたまだろうが……いやしかし……」

 と、姉貴は返事に困るのだった。

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