5-3 イオンスーパーセンター大館店廃墟になる
こういう夕方の時間を「逢魔が時」っていうんだっけか。危ないな。そう思って、
「家に帰ったらどうだ?」と、俺は環奈ちゃんに声をかける。
「やだ。家のなかにいると一人だもん。おもちゃだって小さいころ買ってもらった昔のプリキュアのやつとかそーゆーのしかないもん。一番新しいのがリカちゃんのおばあちゃんだよ、リカちゃんのおばあちゃん!」
「読書でもすればいいだろ」
「学校の図書室の本、だいたい読み終わっちゃった。中学生日記を読んでたけど、実に偽善的でつまんなかった」
はあ……。最近の小学生は、ませてるなあ……。
「タブレットとかスマホは持ってるのか?」
「お子様スマホ持ってるよ」
「それにだな、青空文庫ってアプリを入れるんだよ」
「あおぞらぶんこ? なにそれなんかのタダ読みアプリ?」
「青空文庫っていうのは、昔の、著作権の切れた小説とか詩とか俳句をタダ読みできるアプリだ。銀河鉄道の夜もあるしセロ弾きのゴーシュもある」
「……まじで? 学校の図書室にあった銀河鉄道の夜、ボロボロになって手垢ひどいわ分解してるわで読むの諦めたんだけど、その青空文庫っていうのでタダ読みできるの?」
「できるぞ。ほかにも太宰も芥川も、聞いたことのない全然知らない作家も、たくさんある」
「わかった。もうモンスター出る時間だもんね、おうちに帰るね。ありがと陸斗」
呼び捨てやめろよ。とにかく環奈ちゃんは家に帰っていった。ドアが閉まったのを見て、もうちょっとパトロールするかと歩き出すと、向こうから奥村さんのおじさんとゴン太が来た。ゴン太は相変わらず俺を見るなり吠えだして、おじさんは申し訳ない顔をしている。
「ゴン太、元気そうでいいですね」
「それがよ、家サなにかモンスターとか出ればすこたま吠えてよ、隣の人に迷惑がられてるんだこれが」
秋田犬は大型犬だ。吠え声はとても大きいし、ちょっと怖いところもある。襲われたら命はないと思うこともあるくらいだ。
「そいで俺の次男の嫁がよ、いんすたぐらむ? つうんだか? なんか写真撮るのに凝っててよ、ゴン太の写真ばりパシャパシャやっててよ、掃除はさねし料理もさねし、で」
奥村さんのところもいろいろ問題は起きているようだった。たしかに、秋田県民による異世界発のインスタグラムはとても人気がある。俺のアカウントだっていつの間にかフォロワーが百人を超えていた。ほぼほぼなんもUPしないのに。
ご近所さんの元気を確認し、家に戻ると、姉貴がテレビをザッピングしながらビールをあおっていた。とき子祖母ちゃんは山菜の皮をむいている。常夏なので、十二月でも山菜が採れてしまうのである。
「はあー退屈だのう……おい陸斗。なんか酒の肴はないか」
「ねえよそんなの。ベビーチーズすら売ってねえし」
「つまらんのう……アテもないのに酒を飲むというのは」
「そもそもそのビールどこで買ったんだよ」
「んー? こないだたまたまいとくショッピングセンターで地元クラフトビールフェアやっててな、そこで買ってきた。地産地消だ。こういうことができるからローカルスーパーは強い」
そう、いとくやタカヤナギの強みは「地元のものを中心に置ける」ことだ。だから異世界の食べ物だって売っているし、地酒だって置ける。それは全国展開スーパーにはちょっと難しいらしく、街の郊外にあるイオンスーパーセンターは完全に廃墟だ。テナントで入っていて大館市民がイオンスーパーセンターに行く理由の一つであるサーティワンもアイスクリームの材料を仕入れられないため、そもそもイオンに行く理由がなくなってしまったのである。
姉貴はテーブルの上の、見慣れないラベルのビールをグラスに注いだ。いわゆる黒ビール。実にうまそうにぐびぐび飲んでいる。
しょうがないので俺はインスタを見てみることにした。ここのところほったらかしだ。しかしあかりに文句を言われていない。見てみるとイルミィが近所の犬とセルフィ―しただけのやつが万単位のいいねをもらっている。コメントも二百件とかだ。
あかりはあかりで、イルミィに教えてもらったらしい異世界風ヘアアレンジの動画をUPしている。ほかにもあかりが趣味で集めていた食玩フィギュアを庭において撮ったブンドド画像とか。こいつら楽しそうだな。
いいな、ブンドド。俺もなんかフィギュアとか持ってないっけ。部屋に戻って見渡すも、そういう愉快なおもちゃはなにもない。環奈ちゃんの「リカちゃんのおばあちゃんだよ!」という、その悲しみがよくわかる。
インスタにUPするものを探すのにだいぶ時間を使ってしまった。なにかきれいなものでも見つけたらそれをUPすればよかろう。そう思うことにする。
茶の間に戻ると姉貴が大王型の寝相で床にころがっていた。とき子祖母ちゃんは学生時代の同級生ときゃいきゃい電話している。とき子祖母ちゃんは八十になるというのに、いまだに友達を「●●ちゃん」と、ちゃんづけで呼ぶ。
呆れて、それから風呂に入り、少し詩の構想をスマホにメモして寝た。毎日夏休み。なんてうらやましいと思われるかもわからないが、実際のところ俺にとって学校は唯一の「社会」で、それを奪われて俺はさみしい。
電車通学、したいなあ。
翌朝起きて、唯一我が家に届く新聞である北鹿新聞を開く。昔はほかの全国紙もとっていたのだが、異世界では全国紙はとれないのだ。
「なまはげサミットパーティ開催緊急決定」
はあ。記事を追っていくと、どうやら十二月二十五日に、異世界のなまはげを招いてパーティをするのだという。
きょうって何日だべ。首をひねって考えるもわからない。スマホのカレンダーはどうにも調子がよくないし――開くと三秒くらいで落ちてしまうのだ――あかりに聞いてみようと、スマホでメールをぽぽぽと打つ。
数分後返事が来た。「十二月二十四日だよー。クリスマス!」
クリスマス。俺には限りなく無縁なイベント。そりゃ小さいころはケーキやプレゼントが楽しみだったけれど、もうプレゼントをもらえる歳でもないし、ケーキだってそりゃあればおいしく食べるけれどそもそも異世界では売っていないのだ。
「うちにくる? たまたま材料あったからケーキ焼いてるんだ」
あかりのやたら女子力の高い発言。俺は、「でもあかりんちでのんびり楽しむんだろ? 俺が行ったって迷惑だ」と返信する。
「だってうちたった四人だしさ、マミさんとか陸斗のおばあさんとかも連れてくれば、少々楽しくなるんじゃないかな。ご近所の人からニワトリまるまる一羽もらったから、ローストチキンもつくるよ? 丸鶏のローストチキンなんて四人じゃ食べきれないよ」
……わお。
俺は姉貴ととき子祖母ちゃんにそれを伝えた。姉貴は目をきらきらさせて、
「なにをお礼に持ってこう。うちからなにか持ち寄ればいいよね」
と、いたってまともなことを言った。
「萬海、わたしは遠慮する。駐在所って狭いんだべ、ババが行って場所とったら迷惑だ」
「そうかな、来てほしいって言ってたけど……じゃあ、俺と姉貴で行くよ」
てっきりダチョウ倶楽部みたいな感じになるのかと思いきや、とき子祖母ちゃんは笑顔で、
「そうせばいいよ。なにかお礼持ってかねばねえな、えっと、ミズの塩昆布さ漬けたやづ!」
と言って、例の塩昆布に漬けた山菜を冷蔵庫から出してタッパーウェアに詰め始めた。いっさいクリスマス感がないというか、これは夏の食べ物なんではあるまいか……。
さあ行こうと思っているところにあかりからメールが来た。
「あ、きょう誘っちゃったから今日来るつもりだったかもしれないけど、ケーキはシフォンケーキだから明日になんないとおいしくないよ。ケーキにとられてオーブンもしばらく使えないから、チキンが仕上がるのはたぶん夕方からあとだし、明日ね」
なんだ、明日かあ。でもシフォンケーキなんて久しぶりでわくわくする。
ワクワクした。クリスマスイブの夜にこんなにワクワクするなんて、子供のころ以来。明日起きたらなにかプレゼントがあるような、そんな気すらして、とにかくわくわくして寝た
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます