5-2 異世界になまはげ存在す

 ワイドショーのあとはローカルニュースだ。たけや製パンの新製品の話だとか、異世界にも秋田県のなまはげによく似た行事があると秋田県警異世界探検隊からハトで連絡があったとか。


 秋田県警異世界探検隊は、主な連絡手段としてハトを採用している。秋田県を出てしまうと、電波がないからだ。秋田県警異世界探検隊はなかなかの成果を上げており、その一つが、ポワポワなのだそうだ。


「ところでミツ祖母ちゃんの寒天サ入ってるポワポワはどこから採ってきたんだ?」

「いえ、ばっちゃ様が果物を食べたいというので、自分がアキタケンを出て採ってきました」


 ロイ、おまえ行動力パネェな。


 とりあえずミツ祖母ちゃんの用事は済んだので帰ることにした。姉貴は車を走らせ、池内の駐在所の前で、

「あかりちゃんに会わなくていい?」といらんことを尋ねてきた。

 あの裏の空き家のモンスター退治の一件以来、あかりとは前よりちょっと親しくなった。


 でもそれは恋人、とかそういう感じじゃない。ただの友達から親友に格上げされた感じだ。ときどきあかりのお父さんが非番の日にインディアンポーカー大会を催す程度。ときどき、くだらないことをメールや電話で話す程度。


 ちなみにあかりのお母さんが作ったイチジクの甘露煮のタッパーウェアは、中にぎっしりととき子祖母ちゃん手製の炊き込みご飯を詰めて返却した。しかし、あのゴリラみたいなあかりのお父さんの食欲では一瞬でなくなるのではなかろうか……。


「いいよ、あいつだってやることあるだろ。努力値振りとか育成論調べるとか」

「ポケモンにそういう定跡があるなんてあたしゃ知ったときびっくりしたよ」

 とにかく家に帰る。家に帰るととき子祖母ちゃんが頭を抱えていた。


「なした?」

「掃除機をかけたいんだばって、ゴミパックあるべ、あれがもう替えがない」

 掃除機のゴミを溜めるやつがもう切れてしまったらしい。スーパーでは品切れだし、ケーズデンキもヤマダ電機も閉店ガラガラである。しょうがないので、掃除機を使うのは諦めるほかない、と俺はとき子祖母ちゃんに言った。とき子祖母ちゃんははあ、とでっかいため息を一つつくと、


「なまはげがなしたってや……県内サこういういんたものとかトイレットペーパーの工場がないったいに、みんな困ってらのに」

 と文句をぶちぶち言うのであった。


 そう、トイレットペーパーがないのである。仕方がないから庭の植物を使っているが、あのダブルのトイレットペーパーの使い心地とは天と地の差である。


「なまはげ?」しかし文脈が理解できずそう尋ねる。

「ニュースみねがったの? 男鹿サ異世界のなまはげどご呼んで、パーティやるって話だったでば。やっぱり大王製紙の工場誘致さねがったのは失敗であったんだ」


「だ、大王製紙の工場っていつ時代の……うぉっほん。とにかく、掃除機はあきらめるしかないから、そーだな……ゴミ取りのコロコロの買い置きがあったはず」


 姉貴はそう言って物置きを漁りだした。我が家では昔姉貴の拾ってきた「ぼたもち」という名前の猫を飼っていて、猫大嫌いのとき子祖母ちゃんすらとろけるこの世で一番かわいい猫だったのだが、俺が中学のころに天寿を全うして虹の向こう側だかお星さまだかにいってしまった。


 そういうわけでゴミ取りのコロコロは大量にまとめ買いしたのが残っているはずなのだが、姉貴が出してきてみると劣化していて、一番上の紙をはがしていないのに「ねぱかぱ」していた。秋田県民は「べたべたする」ことを「ねぱかぱする」という。謎の表現だが、これは某地方いじりバラエティでも紹介されていたので知っている人もいるのではないだろうか。


「だめだぁ。ゴミ取りのコロコロまで全滅しておる。買うったってダイソーすらやってないしなあ。絶体絶命でんぢゃらすじーさん……烈&豪」

 何故いま小学生男児向け漫画のタイトルを言うのか。俺は漫画雑誌より文字の本が好きな、硬派なガキンチョだった。俺が子供のころ姉貴は瓶底眼鏡のがり勉ちゃんだったので、漫画などというものはいっさい読んでいなかったような気がする。


 とにかく掃除機もゴミ取りのコロコロも使えない。そういうわけで新しい家訓ができた。

「夕飯を食べたらカーペットのゴミ取り」。手動でやるほかないのである。


 とき子祖母ちゃんは諦めてテレビを見始めた。いたってのんびりとローカルニュースをやっている。二期作二毛作のやりかたが紹介されたり、さっきからその「異世界なまはげ」のくだりをいろいろと報じている。とき子祖母ちゃんが言った通り、異世界なまはげを男鹿に招いて、なまはげパーティをするのだと報じられた。いやなまはげパーティて、そんな婚活パーティみたいなノリで言っていいんだろうか。赤い面はじじ面で青い面はばば面だから婚活でもいいのかもしれないけれども……。


 テレビには秋田県警異世界探検隊の撮影してきたチェキが写った。なるほど、なまはげそっくりのお面に毛皮を着た、ドイツのお祭りとなまはげを融合したようなやつが、ハンマーを振り上げている。どうやら鍛冶屋の神が変形してこの怠ける子供を叱る化け物になったらしい。


 なまはげパーティの様子はローカルニュースや秋田県庁の公式SNSで見られるらしい。秋田県庁は異世界に転移してからインスタを始めて、いまではなんとフォロワーは百万単位である。異世界の珍しいものを紹介するだけでこんなに話題になるとは思わなかったようだ。


 秋田県庁公式インスタの、一番初めの投稿は、普段の夏でも鉛色の日本海と、異世界のトロピカルな青い海の比較写真、であった。ゴジラ岩がばっちり映った、それはそれは美しい、青い海。いまでは秋田市の市民市場にも、色とりどりの魚が並ぶという。


 異世界はずっと夏だ。

 あかりが冬を懐かしむ気持ちが、なんとなくわかった。あかりは、あの情緒ある角館の武家屋敷通りに所縁がある。武家屋敷通りや桧木内川堤の桜も、あかりが小さいころからずっと身近に見てきたものだったはずだ。


 俺が、アメッコ市のミズキの枝に郷愁を感じるのと、同じなのだ。


 さて、姉貴はまただらけきった格好になってウッドパズルを始めた。姉貴は頭がいいので、この手のパズルゲームをやらせるとべらぼうに上手い。ただしテトリスみたいに落ちてくるタイプのパズルは苦手らしい。


 俺はとき子祖母ちゃんと夕飯を作ることにした。いま、この家の生活費を稼いでくるのは姉貴である。謎の研究機関、給料はべらぼうにいいのだ。つまり姉貴が大黒柱。休みの日くらい大黒柱にはまったりしてもらって、俺ととき子祖母ちゃんで食事を用意するようになった。


 というか姉貴の料理センスのなさは尋常ではない。煮込みハンバーグなどというややこしいものにいきなり挑戦して大量のパン粉入りミートソースをこしらえたりするのだ。


 きょうの夕飯は豚のしょうが焼きだった。秋田県民だって、毎日寒天を食べているわけではないのである。しょうがはチューブからすべて絞り出し、終了のお知らせだ。


 豚のしょうが焼きをもぐもぐ食べる。豚肉に関しては鹿角に大きな養豚場があるので、特に心配しなくてもいいらしい。しかし海外産のものが手に入らないので牛肉はそれこそ和牛の霜降りみたいなやつしか売られておらずお値段も目玉が飛び出すレベルだ。鶏肉も、岩手県産の安いものが入ってこないので、比内地鶏がアホみたいな高額になって売られている。


 その代わり最近スーパーの肉売り場に「マンガジュー」という異世界の家畜の肉が並ぶようになった。とき子祖母ちゃんは気味悪がって買ってこないが、見た目は完全な漫画肉、要するに海賊がかじっているアレである。食べてみたあかりによると、

「なんか、もちーってする。めちゃめちゃにやわらかくてなかなか噛み切れない」

 とのことだった。あかりのお父さんは結構なオタクの気のあるひとで、思わず非番の日にその漫画肉をいとくで買ってきて庭で突発バーベキューをやったのだそうである。


 そもそもマンガジューって、家畜本体はどういう見た目なんだろ。マンモスだったりしないよな。あるいはモンハンの肉がはぎ取れるやつ……なんだっけあいつ。それとも零號琴のムヒ(漢字が思い出せない)みたいなやつなのかな。


 裏の茂内さんの家に住み着いていたゴブリンやスライムたちがいなくなり、もうほとんどモンスターなんぞ出ないのだが、俺は夕飯のあとにスコップを背負って近所をパトロールした。いや俺に何ができるってところなのだけど、モンスターの巣になっているところがあるなら早々に組合に米を持っていかねばならない。歩いていると、環奈ちゃんがまたチョークでアスファルトに絵を描いていた。

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