5 なまはげ異世界に立つ

5-1 たけや製パン企業努力す

 秋田県が異世界に転移して、何か月かくらい経っただろうか。この間あかりの家に遊びに行ったら、例のジャニタレのカレンダーは十二月まできていた。


 しかしまるで寒さを感じない。むしろ暑いので魔法の杖はフルスロットルで営業中だ。環奈ちゃんは図々しいことに結構な頻度でやってきてアイスをねだる。そろそろ杖も限界かと思っていたが意外と持つな……と考えていると、うちのイエデンに電話がかかってきた。


「はいもしもし」

「陸くんだがー。祖母ちゃんだー。お願いしたいことがあるから、来てけねが? 萬海ちゃんはいるったが?」

「うん、いる。送ってもらってなんとかそっちサ行くよ」

「あいー助かるー。へばなー」


 がちゃり。電話が切れた。姉貴はタンクトップにユニクロの女物ステテコというだらしないにも程があるいでたちで床に転がってスマホをいじっていたので、

「ミツ祖母ちゃんのとこまで送ってけね?」

 と尋ねると、姉貴は、

「ちょっと待て。いまウッドパズルで未曾有の高得点をたたき出してるところでな、……ああ。もうピース置けないや。まあしょうがない。ミツ祖母ちゃんちだな?」

 と、起き上がってあくびをした。ウッドパズルってソシャゲの広告によく出てくるやつだ。よくそんなのやるなあ。とにかく車で、ミツ祖母ちゃんの家に向かった。


 秋田県警異世界探検隊が出発して、次第に異世界の全貌が明らかになってきた。異世界では、まだ科学が発達していない、というか発達するのかも分からないが、とにかくそういう理由で原油を「燃える水」と呼び、あちこちからその原油が湧いているのだという。秋田県は鉱山技術や油田技術が進んでいるところなので、さっそくその原油でガソリンを作り始めた。それで、姉貴の車は問題なく動いている……というわけなのである。


 ミツ祖母ちゃんの家に着くと、ロイがネズミ捕りのワナを仕掛けているところだった。ミツ祖母ちゃんの家はとにかくネズミやカマドウマが出る。そいつらごと異世界に来てしまい、ロイは初めて見たカマドウマにとても驚いたとか驚かなかったとか。


 祖母ちゃんはきょうは豚肉の煮物をちゃぶ台の上に置いていた。バラ肉をうすーく切って、油抜きしてからじっくり煮込んだ絶品。それからいつも通りのサラダ寒天と、よく分からない果物を固めた寒天が置かれている。


「ばっちゃ様っ。ネズミ捕りセット完了しました」

「さーんきゅ。ほれ、ロイも一緒に食べれ。これや、ロイから教わったポワポワっていう果物を固めたんだぁ」


 そういってミツ祖母ちゃんは謎の果物の寒天を指さした。どうやら異世界の果物らしい。恐る恐る食べてみると、なんというか……とても秋田県民好みの味だった。キットキトに甘くて、やわらかくて、ちょっと酸っぱい。うん、なかなかおいしい。


「ミツ祖母ちゃん、お願いって?」

「あのや、陸くんは……せるふ? せるふれじ? って使えるんだか?」


「う、うん、使うよ。それがなにか?」

「ロイがや、そのセルフレジずものを使ってみたいって言うんだよ。でもロイはふつうの世界の常識がねえべ? 監督してやってほしいんだ」


「お、おう、わかった。なに買ってくればいい?」

「なーんか、クリームのいっぱい入ったお菓子があれば」


 だいぶ厳しいがそれでも探してみよう。ミツ祖母ちゃんはカリカリに痩せていて、料理したものも自分で食べるよりロイに食べさせてしまうらしい。ロイは見事に太っていた。


「じゃあミツ祖母ちゃん、陸斗とロイが買い物サ行ってる間、お喋りすべし」

 姉貴がちゃぶ台の前に座る。ミツ祖母ちゃんはニコニコしている。


「じゃあロイ、いくべ」

「あっはい」


 というわけで、俺とロイはいとく扇田店に向かった。大館旧市内にある店舗よりだいぶ貧相ではあるものの、緑の看板も、店内のBGMもおんなじだ。


「クリームの入ったお菓子って、ふつうに一般市民が食べられるもんなんです?」

「んだよ。たけや製パンのバナナボートなんかがおやつの定番で――!」


 俺は目をくぎ付けにされた。ば、バナナボートがある! ドキドキしながら手に取ると、バナナボート、ではなくポワポワボート、だった。たけや製パン、グッジョブ!


 おひとり様一点限りのそのポワポワボートをかごに突っこみ、ブルボンのお菓子の棚をみるも何もない。どうにもスーパーに物がないというのは震災を思い出してつらい。


 とりあえず戦果はバナナボートならぬポワポワボート一個だけだ、と思いきやロイがおみやげ物コーナーを見ている。なまはげのキーホルダーを興味深げに眺めて、

「これ、なんです?」と訊ねてきた。


「なまはげっていって、えーと……秋田県内の、男鹿ってところで毎年十二月に行われている行事なんだけど、怖いお面をつけて、なまはげっていう神の化身になりきって、子供に『泣く子はいないかー』って言って親の言うことを聞くように言ったり、一人暮らしのお年寄りのところに『爺さん元気かー』って言いに行ったりするっていう……人口が減っててやる人がすごく少ないらしいんだけど」


 あえて訛らないで説明したが言っていること自体はおなじだ。正しくは「泣く子はいねが」「じっちゃまめでらが」である。


「へえ――俺の故郷にも似たような風習がありますよ。特に名前はないんですけど、みんなは『来訪神』って呼んでます。これにそっくりなお面をつけて、子供を脅すんです」


「はー……異世界って面白れぇなや……」

「で、セルフレジってどうやって使うんです?」


 俺はセルフレジの操作の仕方を説明した。ロイはおっかなびっくりバーコードでぴっとやって、ちゃんと決済の方法を決定するところまで完璧にこなしてみせた。


「上手いじゃん、その調子」

「それで、この、コジカ? に貯まった五百円分のポイントってどう使うんです」

「それはだな、支払いでコジカ払いを選ぶと、残額をすべて使ってよろしいですか、って出るから、そこでOK押せば……ってどんだけポイント貯めてんだよ」


 レシートをみるとかれこれ二千円ぶんばかり、カードにポイントが貯まっていた。有人レジだと自分から言わないとポイントを使ってもらえないため溜まってしまったらしい。

 とにかくセルフレジの使い方を覚えたらしく、二人して機嫌よくミツ祖母ちゃんの家に戻った。姉貴は寒天料理をもぐもぐ食べながら、ミツ祖母ちゃんとお喋りをしている。


「おかえりんこ~。なんか売ってた?」

「こんなの売ってた」ポワポワボートを取り出す。


「うおっ! バナナボートが異世界ライズしとるッ」

「あい! バナナボート? 久しぶりだごど!」

「バナナボートじゃない、ポワポワボートだ」


 四人で食べるべく、ミツ祖母ちゃんはリンゴの皮をむく果物ナイフでポワポワボートを切り分けた。食べてみると、懐かしいバナナボートのスポンジケーキの味がした。かんじんのポワポワのほうはぎっしり入っているわけではなく、そこもバナナボートと一緒である。


「あいーめぇごど! クリーム久しぶりに食べた」

「うっっま……安定のたけや製パン……」

「へえ……このアキタケンという国では、こういうのを当たり前に食べるんですね」

「うめえ……こんなん久しぶりだ」


 そうやってその、他県ではオムレットケーキなどと呼ばれるであろうお菓子をひとしきり食べて、唐突にミツ祖母ちゃんが膝をたたいた。


「はった! ワイドショー終わってまる!」

 唐突にテレビをつけるミツ祖母ちゃん。テレビではゴシップなんかを扱うワイドショーが、ちょうど終盤らしくイイハナシダナーにまとめられているところだった。


「ミツ祖母ちゃんはワイドショーが好きなんだが?」

 俺がそう尋ねると、何故かロイが、

「はい、恐ろしいほど。目が元気なときは裁縫、そうでないときはワイドショーです」

 と、そう答えた。

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