4-2 ダンジョン「裏の空き家」を探検す

「じゃあ、明日組合まで頼むな、萬海」

「ウェーイ」姉貴は適当にそう答えて、夕飯の食器を並べ始めた。



 さてその翌日、姉貴は組合に行ってわりとすぐ戻ってきた。


「依頼殺到で超混んでた」姉貴はそう言ってため息をつく。どうやら諦めて帰ってきたらしい。とき子祖母ちゃんが、「それだばゴブリンとスライムどうするってや!」とおかんむりだ。


「だってあの混みようじゃ依頼出したところでろくな冒険者がこないよ……氷結魔法の杖もあるし自分らでやるしかないかな……」

 そうやって話していると、うちの前の道を、腰に剣を下げた剣道着の若い男が通りかかった。どっかで見た覚えがあるぞ。ああ、中学の同級生だ。剣道部でトロフィーとかもらってたやつ。いじめに加担していたので俺がグーで殴って泣かせたやつ。


「おい」

 思わず家の中から声をかけるとそいつは驚いて、

「菅原じゃん! どうしたのここお前んち?」


 と、嬉しそうに声を上げた。ここは俺の家だ。そう説明して、なんでこんなところをうろついているのか訊ねると、


「組合で仕事を請け負おうとしたら、秋田県民は冒険者と認めないんだと」

 と、さばさばっと言った。どうやらこいつは冒険者になる気だったらしい。ポケットから煙草のようなものを取り出してふかしつつ、家の中に入ってきた。異世界人なみに遠慮がない。


「未成年が煙草吸っちゃだめだろ」

「煙草じゃない。フワフワ草だ。冒険者はみんな吸ってるぜ?」


 組合ができる前から、そいつは冒険者と親しくしていたようだった。はあ……。

「ちょうどいいんでね? この人サ、ゴブリンとスライムの退治をお願いせばいんでね?」

 と、とき子祖母ちゃん。おいおいこいつは俺と同い年だ。そう言うととき子祖母ちゃんは、

「だってミツさんどごのロイさんだって十八から冒険者やってあったってらべ?」

 とぐうの音も出ないセリフを投げつけてきた。


「えっなにここの近所にゴブリンとかスライム出るの」

 そいつはそう尋ねて、煙を吐き出すと弛緩した表情になった。

「お、おう……」


 そう答えると唐突に、最近よく鳴ることに定評のある俺のスマホが鳴り出した。

「もしもし陸斗? いま陸斗んちの前にいるの」

 あかりだ。お前は昔の怪談か。そう言うと、あかりはアハハと笑って、

「母の車でここまで来たんだけど、なんか虻川君が陸斗んちサ入ってくのが見えてさ」


 こいつ虻川っていうのか。すっかり忘れていた。

「とにかくこれからお邪魔するから」そう言ってあかりは強引に電話を切った。同時に、玄関チャイムが鳴った。あかりがタッパーウェアをもってニコニコしている。


「これねーうちの裏のイチジクで作ったイチジクの甘露煮ー」

 あかりはそう言ってタッパーウェアを手渡してきた。


「お、おう、ありがと」

「虻川君どうしたの? 菅原君に殴られた恨みを返しにきた?」


「いや、組合に所属しようとしたら断られて、帰り道を歩いてたら菅原に呼び止められて」

「なんで?」あかりは強い目で俺を見てくる。

「なんで虻川が武器持ってんのかなと思って」


「……ふーん。そうだ、イチジク食べてよ。うちの裏のイチジク、わりとおいしいやつだったよ。虻川君も食べて」


「俺、イチジクとか婆さんの食べ物っぽくて苦手だわー」


「そうなの? ざーんねん。……ところで裏でなんかモンスター騒いでるけど」


「ああ、裏の空き家にゴブリンとスライムがわいてや、姉貴が組合サ依頼しに行ったんだばってものすごい混雑で諦めてきたんだ」


「なるほど。じゃあ自分たちでやるほかない、ってこと?」

「そういうことになるな」

「面白そうじゃん。安全なところから高みの見物していい?」


 ……あかりよ。危機意識がなさすぎる。それバレたらお父さんにメチャメチャしかられるやつじゃないのか……?


 というわけで。スコップ(姉貴が勝手に『アナホリ・エクスカリバー』と名付けた、冬に氷を割るためのごついやつ)を装備した俺と、ジョブ・剣士の虻川と、氷結魔法の杖を持った姉貴、それから後ろの安全確認のためのあかりの四人で、裏の茂内さんちというダンジョンに挑むことになった。


 裏の家のドアに、鍵はかかっていない。

 ぎい、と開けると、結構強烈な獣の匂いが充満していた。獣の、というか、魔物の、ちょっとした異臭だ。あちらこちらに、ゴブリンの散らかした汚いものが落ちている。


「……オエッ」

 あかりが顔をしかめる。ならついてくるなよ。そう言うと、

「こういう面白いことに参加する機会なんて、超☆箱入り娘のあかりちゃんにはめったにないからね」という答えが返ってきた。


「なああかり……伊藤。本当は悲しいんだろ、秋田県が常夏になっちまって」

「んーん別にー? 灯油焚かねってもいいし、なんも不自由してないよ? それに無理に伊藤って呼ばなくていいよ、あかりでOK」


 入ってちょっと進むと、キッチンや風呂場、トイレといった水回りと、階段に分かれていた。


「どっちから攻める?」と、虻川。

「上にいくと下から攻められたとき危険だから、一階をかたっぱしから駆逐してからのほうがいいと思うヨ」と、あかりがはきはきという。戦略を立てる素質があるのかもしれない。


 というわけで、キッチン方向に進む。シンク下の収納からゴブリンが奇襲をかけてきたが、虻川が一刀両断する。脳みそをぶちまけてピクピクするゴブリンというあまり見たくないものを見て、それからさらに奥へ進む。


 不意打ちで戸棚の上からスライムが現れた。野球のバットをスイングするていでスライムをスコップで撃ちぬく。それからどんどん進む。杖をもったゴブリンプリーストを、姉貴が氷結魔法で凍らせる。


 淡々としたダンジョン「お隣の空き家」攻略だが、それなりに緊張もするし、モンスターの血の匂いやダンジョンに染みついたモンスターの匂いで気分がよくない。ぜえはあしながら進行する。


「あっそうだミンティアたべる?」

 と、あかりがポケットからミンティアを取り出した。ナイスタイミング。ぽりぽりするとHPが回復した。薬草かよ。


 風呂場の浴槽の中に隠れていたスライムの巣(と表現するのが正しいのか分からないが、どうやらそのもじょっとした塊からスライムは生まれてくるらしい)を破壊する。虻川が、


「スライムはこれで全滅するはずだ」と、冒険者から聞きかじったという知識を披露した。


 一階はすべての部屋を回った。物置きやくずかごの中も確認した。

 いよいよ二階の攻略にかかる。

 階段は広い家から見れば随分と急で、若干ぎしぎし言う。


 いちばん戦える虻川を先頭に、階段を上っていく。虻川が、

「てっぺんだな」と小さく言う。上に何があるか聞くと、

「えーとこれは……書庫か? ほげっ」


 と変な悲鳴を上げて階段から転がり落ちてきた。姉貴が両腕でしかと止める。虻川は目を回している。


「ど、どうしたっ?」

「こ、後頭部を、殴られたッ……ゴブリンども、階段を上ってくる人間の顔の向きを、把握していやがるっ」

 虻川は完全に目を回していた。


「ここはこれを試してみるほかないな」姉貴は服のポケットをごそごそやって、煙玉のようなものを取り出した。なんだそれ。訊ねると、

「いぶりがっこからエキスを抽出して作った、名付けて「燻製玉」。毒煙が出ると思ってよろしい。人間には無害だよ」


 姉貴よ、変なものを発明するのが癖とはいえ、いぶりがっこから毒煙を抽出するというのはなかなかぶっとんだアイディアだと思う。姉貴はそれ――ぱっと見が完全に手榴弾――のピンを引き抜き、上の階にぽいっと投げ込んだ。

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