4-3 裏の空き家からゴーレムあらわる
「ぴぎいいいー!」
ゴブリンたちが悲鳴を上げるのが聞こえる。そして香ばしいいぶりがっこの香りもする。
しばらく待って、ゴブリンたちが黙ったのを見計らい全員二階に突撃する。
ゴブリンたちはひっくり返ってピクピクしていた。俺と虻川でそのゴブリンを叩きのめしていく。
「ざーっとこんなもんかぁ」
虻川はそう言って髪の毛をいじった。あかりがしばし考え込んで、
「これだけの群れを、あのゴブリンプリースト一匹でまとめるのは無理があるよ。きっとなにか、まだ隠れているボス級のモンスターがいると思う」と、おっかないことを言う。
「しかしこれだけ手下がやられてるのに出てこないボスってのもおかしい話だな」
虻川がそう言う。虻川の口調は訛らない。
そのとき。大きな「みしり」という音がして、空き家の中がかしいだ。
「うおっなんだなんだ」みんな必死にものに捕まる。書庫の本がぶちまけられ、ひどい音を立てる。みんなで這うように一階に下り、建物を出る。
床下の貯蔵庫をぶち抜いて、特大のゴーレムがお隣の空き家を持ち上げていた。
「……あちゃー……」あかりがゴーレムをみてそうつぶやく。
「こりゃあ相手にならんなー……」姉貴も変に冷静にそう言う。
ゴーレムは、
「うおおおおおおおん!」と叫ぶと、お隣の空き家をぶん投げようとした。まずい、このままでは菅原家が物理的につぶれてしまう。なんとかしなければ――
と思った瞬間、秋田県警のパトカーが駆けつけた。ウォンウォンとサイレンを鳴らし、猛スピードで接近してくる。
秋田県警のパトカーは、止まったと思ったら無反動砲をぶっ放してきた。
いや無反動砲って秋田県警の、というか日本の警察の装備でねえべした……。
無反動砲はゴーレムの横っ面のレンガを吹っ飛ばし、そこから髄液がでろでろと出た。
次に機関銃が火を噴く。髄液の流れているレンガのあたりにそれは着弾し、ゴーレムは
「ぐぱああ」と叫んだ。
ゆっくり倒れていくゴーレムを、俺たちはぼーっと見つめた。
こんなヤベエ生き物が裏サ住んであったのか……。
思わず俺の口から「にゃあ……」というつぶやきが出た。別に猫になったわけではない。秋田県北では困ったりビックリしたり、「あちゃー」とか「ありゃりゃ」とかいう状況で、「にゃあ」と言うのである。
「うわっ県北人の『にゃあ』初めて聞いた!」
あかりに驚かれた。まあ俺も前に言ったとおり、モンハンをやっていたころあかりのお父さんが「さいっ、装備変えるの忘れた!」と言っていたのを聞いて「さい」という言葉を初めて聞いたので、どっこいどっこいかもしれない。
秋田県警の人――驚いたことに婦警さんだった――が、
「大丈夫ですか?」
と訊ねてきた。俺と虻川は若干かすり傷などあるが、ほぼ問題なしである。
「こういう仕事は冒険者に任せなきゃだめですよー」と、婦警さん。虻川が、
「だって組合はすごく混雑してて、依頼の受付までたどり着かなかった、って菅原の姉さんが」
「そして君は組合に参加したかったけど秋田県民という理由でできなかった、と」
姉貴がそう付け加える。婦警さんは言ったことをさらさらメモして、
「モンスターと戦おうなんて無謀なことはもうやっちゃだめよ」
と、まるで自転車の二人乗りを咎めるような口調で言い、去っていった。
お隣の空き家は、横向きになって転がっている。茂内さん帰ってきたらビックリするべな……そもそも帰ってこれねんだった。
「とりあえず傷を消毒しよう。どういう未知のばい菌がいるか分かったもんじゃない」と姉貴に言われて、俺と虻川は怪我したところをかたっぱしから消毒された。
「なああかり、なんで秋田県警はああいう警察の範疇を超えた武器持ってんだ?」
「新屋駐屯地の自衛隊からごっそり借りてるらしいヨ」あかりは笑顔だ。はあ……。
「あかりは怪我してねっか?」
「うん大丈夫。いやー面白かったあー!」
「面白かったって……楽天的にもほどってもんがあるべ」
俺がそう言うとあかりはまぶしい笑顔で、
「でも陸斗とお隣の空き家攻略したの、モンハンで共闘してるみたいだった!」
と答えた。モンハンで共闘って。危機感がない!
姉貴が米袋を持ってきて、
「虻川君だっけか。持って行きたいだけ持って行ってけれ」と、虻川の目の前にでんと置いた。虻川はぽかん顔で、米袋を眺めた後、
「ほ、報酬って米?」といういまさらなことを言いだした。
「組合の報酬は米ってニュースでやってたべした」あかりが口をとがらせる。虻川は、
「い……いや……俺んちのテレビ地上波のアンテナないから……ネットにつないでもっぱらアベマTVとユーチューブ見るテレビだから……」と、地上アナログのボタンがついたテレビを使っている我が家に思いきり喧嘩を売るようなことを言いだした。
「えーっ虻川君ち地上波ないの? NHKのドラマとか最強だよ?」
「え、NHKっておばあちゃんが見るもんじゃないの? えっなに伊藤お前NHK見るの?」
まるであかりがNHKを見ているのに違和感があるとばかりに虻川は言う。
「まあそんなことはどうでもいいんだ。米持ってけよ。新米だ、うまいぞ」
「お、おう」虻川は米を一キロくらい抱えて帰っていった。
なんだあいつ。
俺は我が家の裏の空き家に沸いたモンスターを駆逐してもらった恩を忘れて、ちょっと悔しく思った。
――家の、テーブルの上にはイチジクの甘露煮がそのまま置かれていて、とき子祖母ちゃんは出かけていた。テーブルの上に走り書きが残されている。
「モンシター退治がうるさいので出かけます」
出た、とき子祖母ちゃんの家出癖。ちょっと気に食わないことがあると家をふらーっと出ていって、遅い時間まで帰ってこないのだ。
「じゃあイチジクの甘露煮、ありがたくいただこうか」
と、姉貴がフォークを三つ持ってきた。
「ちょっと待った姉貴。祖母ちゃん留守だぞ」
「いーのいーの。家出するってことはこういうおいしいものを食べるチャンスを逸するということだぞ? イチジクは闇に葬るのだ」
というわけで、三人でイチジクの甘露煮をつついた。秋田県民の料理らしく、砂糖がかっぱり入っている。あっまぁ。でもおいしくていくらでもいける。
「あかりの母さん料理うまいな」
「うん、台所は母の縄張りだからね……たまにクックパッドで調べものさせられるけど」
あかりはイチジクをしゃりしゃり噛みながら、
「なんでも褒めてくれる陸斗、なんていうか……『生きているだけで褒めてくれる陸斗BOT』って感じだよね」
とよく分からない褒め方をした。いやこれ褒めてもらってるんだろうか。
「わかりみ大学主席卒業」姉貴がそう切り返す。これまたよく分からない表現である。
「えっ別に俺姉貴のこと褒めたりしないけど」
「そういうことじゃなくてだな、陸斗、あんたあかりちゃんにめっちゃ甘いな? ラブコメの波動か? 波動砲か?」
予想外の展開にイチジクを噴き出しそうになる。あわてて飲み込んだら変なところに入って派手に咳こんでしまった。あかりに背中をたたかれる。
「ち、違うって! 俺はそんなつもりはなくてだな」
そう答えたそのとき、裏の家の下になっていたゴーレムが、ごご、と動いた。
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