3-5 氷結魔法の杖でアイスクリームパーティ開催す

 そんなことを考えるうちに寝落ちして、翌朝、というか昼に起きた。腕がヒリヒリする、というか顔もヒリヒリする。鏡を見てみると真っ赤になっていて、たしなみ程度に生えてくるヒゲを剃っても痛い。


 ちきしょう、えらい目に遭った。リビングで深夜番組を見ながら寝落ちしたらしい姉貴をたたき起こし、日焼けが痛い話をすると、


「わたしの化粧水を使いたまえ。アベンヌって書いてあるスプレーのやつ」

「これか?」

「そうそれ。高級品だから大事に使いたまえよ」姉貴はまた寝た。そのアベンヌとか言うやつは、姉貴が気合いを入れて化粧するときだけ使っているもので、普段はハトムギ化粧水とニベア青缶くらいしか使わない。


 超絶ずぼら美容であの肌のクオリティを保っているのは、やはり秋田県民だからだろうか。


 とりあえず「組合」に勤めても報酬は米なのでスコップは自衛用にするとして、なにかすることはないだろうか。筋トレのいつものメニューをこなしながら、ううんと考える。


 もうホームセンターの猫よけマットは売り切れているだろうし、なんとかゴブリンが出ないようにしたい。


 野生動物なら死骸をぶら下げておけば寄ってこないとかあるだろうけれど、ゴブリンはそこそこ頭がいいので死骸がある=人間に殺された=復讐しなければならないというところまで頭が回る。どうしたもんだべか。


 そんなことをぼーっと考えていると、ぴんぽーんとチャイムが鳴った。

 出ていくと環奈ちゃんが、キラキラ目で立っていた。


「アイス! ねえ陸斗、アイス作って!」

 きのうもそうだったが、不審者呼ばわりは脱出できたようだ。

 ふと見ると環奈ちゃんはお稽古バッグに本をぎっちり詰めて持っている。


「どうしたんだその本」

「あのね、学校が休みでも図書室とプールを使っていいことになったんだあ」


 環奈ちゃんは嬉しそうに、児童文学や子供向け訳の名作文学を玄関先に広げる。どれも子供さんが長年触り続けただけあってすっかりボロボロである。環奈ちゃんの歳ではいささか難しそうなものも少なくない。


「プールは行かなくていいのか?」

「やだ。学校のプールって深いし滑り台とかないし」


 環奈ちゃんはそう言うと、本をお稽古バッグに詰め込んだ。しょうがないので、俺は氷結魔法の杖でアイスクリーム作りをしようと思い、ふと思い立ってあかりにメールした。


「アイスクリームパーティやるんだけど来ないか?」

「いく! イルミィも連れてきていい?」

「もちろん。待ってる」


 しばらくしてあかりとイルミィが来た。どうやらバスで来たらしい。きょうもあかりのお父さんは外仕事で、お母さんが家に詰めておらねばならないとの話だった。姉貴が、台所の地下貯蔵庫からゆであずきだの抹茶だのを出してきて、抹茶アイスやあずきアイスを作ることになった。


「まあ。お豆を甘く煮た料理? これをあいすくりーむにするんですの? 豆ってふつう、スープにするものじゃなくって?」


 あずきアイスをイルミィに出す。イルミィは夢中でもぐもぐと食べた。

「まあおいしい。不思議ね、お豆の煮たのをまぜただけなのに」


「で、イルミィさん、暮らしはどんた塩梅です?」と、姉貴が訊ねる。

「楽しく暮らしているわ。チューザイショのすぐ横のおうちで、ゆき子っていうアキタイヌがいて、その子がすごく可愛いの。ほらほら」


 イルミィは電波のない、要するにiPodとして使われているスマホのカメラロールを開いてだーっと見せてくれた。うむ、確かに犬はかわいい。それからあかりの飼っているモルモットのモッ太も、相変わらずプラナリアみたいな顔をしていてかわいい。


 しかしイルミィは写真のセンスがある。構図もアングルもライティングも完璧だ。インスタをやるために生まれてきたのかと思うまでの見事さで、ただただビックリするしかない。見事に「映え」ている写真の数々を見て、俺は自分のスマホからイルミィのインスタアカウントを見てみた。フォロワーが十万人を突破している……。


「陸斗最近インスタみてる? あたしの写真にも無反応じゃん」

「す、すまん。筋トレが楽しくてついスマホをほったらかして」

「あら、陸斗は組合員になるんですの?」


 俺は全力で言った。「ならねぇです!」そう答えてから組合員というのが要するに単なる冒険者の資格であることに思い至る。そうか、この世界では組合員=オネエという概念がないのだ。そもそもオネエとかゲイとか、そういう概念があるのかすら分からない。


 俺はため息をひとつついた。それから、自分のぶんのかき氷を作って食べた。


「陸斗さー、リアルに組合員になっちゃう? 顔も男らしいし、筋肉質だし、組合の人に好かれそう。なんていうかコインロッカー・ベイビーズみあるよ」


 あかりの言う組合員の意味はおそらくオネエのほうなので、違う、と言っておく。

「組合員って、なにか……別の意味もあるんですの……?」


 イルミィに尋ねられてどう答えたものか考えて、うーん、と黙っていると、あかりが清々しい笑顔で「まあ、男性同性愛者、って意味ですよねー」と、的確に応えた。


「まっ! そんな意味があるんですの、組合員!」

「組合っていうと男性同性愛者の集まりみたいな意味ですヨ。元いた世界じゃ、そういう性的少数者の権利を認めようということになっていて……」


 イルミィは赤面してうつむいている。あかりの肩をつついて、(あんまり刺激的なことをべらべら喋るなでば)とアイコンタクトで言う。


(さい、やりすぎた)と、あかりは秋田県の南のほうっぽい口調で(まあアイコンタクトなのだが)答えた。この「さい」という言葉は、大館では「さっさ」とか「はった」とか言うやつで、主に秋田市の人がよく「さい」という。あかりの家であかりのお父さんと三人でモンハンしていたときに、あかりのお父さんが「さいっ。装備変えるの忘れた」と言ったのを聞いたのが、人生で初めて聞いた「さい」である。


 そんなことはともかく。

 アイスクリームパーティをしながら、環奈ちゃんはあかりとお喋りを始めた。なにやら、児童文学の話をしていて、環奈ちゃんが小さいのに難しめの本をすらすら読むことについて、あかりは絶賛していた。楽しそうだなあ。


 環奈ちゃんはいま空色勾玉という児童文学に夢中らしく、あかりはそれをもうちょっと大きくなってから読んだ、という話をしている。俺も読書は好きだが、児童文学っぽいものは銀河鉄道の夜くらいしか読んでいない。でも、詩だけは、子供向けのものも大人向けのものも夢中で読んだ。谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」が好きだ。もっと最近だと最果タヒのものも読んだ。そして俺は普通に詩を書いている。


 俺もアイスクリームをしゃくしゃくと食べながら、中学のころあかりと秋田市に行って食べた「生グソ」のことを思い出す。べつに生のクソではない。かき氷に、生のグレープフルーツとソフトクリームがのっかっているから「生グソ」だ。名前こそホラーだがじつにおいしかったな、と思い出しつつ、あのかき氷屋営業してるのかな、とも思う。異世界に来てしまって、すっかり物流が麻痺しているので、グレープフルーツは手に入らないのではなかろうか。


 むしろ暖かいからここでグレープフルーツ育てて収穫するのもアリなんじゃないか。そんなことを考えて、ふと俺は思う。


 ここが暖かいということは、横手のかまくらとか湯沢の犬っこ祭りとか、できねんでねべか。二毛作二期作ができるということは沖縄と同じくらい南の気候だ。雪は降らないのではないか。


(雪が降らないんだば雪掻きの手間がねくていいなあ)などと考えて、でも伝統行事ができないのはいささかさみしいのではないか、というようなことを考える。

 そして、俺以上に、伝統行事がなくなるのを悲しんでいるひとがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る