3-4 女児先輩主人公に感謝す
出来上がったアイスをつっつきながら、あかりは、
「うちの父が言ってたんだけどね、冒険者の仕事依頼を受け付ける『組合』っていうのができるんだって。警察が管轄だって言ってた」
と言った。ちょっと待て、秋田県警よ、守秘義務はないのか。そこを言うと、
「いいんじゃない? きょうあすにはニュースになると思うし」と答えた。
組合というのは要するにライトノベルやゲームにおけるギルドや酒場みたいなものか。でも秋田県でやるったば「ギルド秋田おばこ」だの「ギルドなまはげ」だのそんた名前になるんでねっかと思っていた。でも「組合」ならそんなに違和感なさそうだな。
そんなことをやっていると、玄関のテレポーターから姉貴が帰ってきた。
「ぬ? それはもしやアイスクリームかい?」と、姉貴が近寄ってきたので、ここまでの経緯を説明する。姉貴は氷結魔法の杖をしみじみと見て、「これがかぁ」と納得の顔をした。それからアイスクリームを少々ぱくついて、
「乳固形脂肪分が足りなくないかい」といらんことを言った。
姉貴があかりとイルミィを駐在所に送っていった。環奈ちゃんは、
「陸斗、ありがとう。陸斗のおかげでアイス食べれた。お父さんもお母さんも仕事だし、じぃじもばぁばもしせつ? にいて、あたし独りぼっちだから、嬉しかった」
と半泣きの顔で俺に言った。そこまで感謝されると座りが悪い。照れていると、
「明日も食べようね」とダメ押ししてきた。
はい、と頷くほかないのであった。
さて、姉貴があかりたちを送りに行ったのから帰ってきて、とき子祖母ちゃんが晩飯をつくり、みんなでそれをつっつきながらローカルニュースを眺めた。
ローカルニュースでは最初こそモンスターへの注意喚起をしていたが、そこはさすがの秋田県である、実に呑気な話題が続いた。異世界人にババヘラが大人気だという。見ると、エルフやらドワーフやらそのほか雑多な異世界人が、秋田市の千秋公園のババヘラに群がっている様子が映し出された。
「いやー冷たいお菓子なんて貴族の食べ物なのに、たった銀貨二枚で食べられるなんて」と、画面のなかのド派手な魔法使い衣装のエルフが言う。
ニュースはあかりの言っていた、秋田県警管轄の「組合」の話になった。異世界では藩王国政府管轄の「組合」が街ごとにあり、そこにモンスターの被害などを申し立てれば、組合員の冒険者たちがモンスターを倒し、依頼者、ないし公的な依頼であれば秋田県警から冒険者にお金が払われる、という仕組みらしい。
「秋田県内では日本円が流通しているものの、異世界では日本円は無価値なため、報酬は米で支払われるそうです」
米て。いくらなんでも秋田県すぎるだろう。しかしニュースを聞いていると、どうやら異世界においては米は金貨に両替できる価値があるらしい。
秋田県の北側にあるタキア藩王国は米を二期作で収穫できる土地なのだそうだが、それでも米は人々の手には渡らず、藩王国政府がすべて管理し、皇帝に納めているのだ、というところまで分かっているらしい。
二期作ねえ。ここでもできるんだべか。だとしたら農家の人大喜びだべな。
夕飯はカレーライスだった。ありがたく食べる。このライスも、金貨サ両替できるんだべか。
夕飯をぱくついていると、玄関チャイムが鳴った。玄関チャイムを鳴らすということはモンスターではない。いや、もしかしたらゴブリンがそれくらいの知恵をつけたのかもしれない。とりあえずそのへんに置いてあったハエたたきを持って玄関に出る。
「おばんですー」
――えっと。向かいの石垣さんの奥さんだ。なにやら箱を差し出しながらぺこぺこしている。
「うちの娘が陸斗君にひどい無茶を言ったみたいで、お詫びをしに」
箱を受け取る。いとくの包装紙だが、紙越しに感じる中身の箱が木っぽいテクスチャで、これはもしや稲庭うどんだろうかと考える。
「いえ、無茶なんて。アイス食べたいのは俺もだったんで」
「でも樹海ドームまで自転車で行って、そのうえ魔法の杖まで買ってくれたと」
「あっついんだから仕方ないっす。べつに無茶だとは思ってないっすよ」
ウソだ。ひどい目に遭ったと思っている。だが稲庭うどんが嬉しいので本音は言わないことにした。ニコニコで応対して、じゃあ帰りますねと言ったその時、後ろでゴブリンが棍棒を構えるのが見えた。
俺は我ながら素早い身のこなしで玄関に立てかけてあったスコップを掴むと、そのゴブリンの脳天に振り下ろした。鈍い音がして、ゴブリンの頭蓋骨が割れるのを感じた。しかし後ろからやってきた、ゴブリンプリーストが、杖をぶんぶん振ってそのゴブリンを回復した。こいつら魔法使えんのかよ。それならば回復できるやつから処分するのがゲームの基本である。俺はゴブリンプリーストに狙いを定めてスコップを振り下ろすも、がちんと防御の魔法に弾かれた。
「うわぁっ! モンスターだ!」
石垣さんの奥さんは腰を抜かした。
「姉貴! 杖だ! 氷結魔法の杖!」
俺はそう叫んだ。姉貴が氷結魔法の杖を持ってやってくる。
「どどどどうした! うわっとゴブリンがおる!」姉貴は氷結魔法の杖を振るった。冷たい風とともに、ゴブリンプリーストの体がビキビキと凍る。
俺はすかさずもう一匹のふつうのゴブリンをスコップでぶん殴った。間違いなく仕留めて、姉貴がダメ押しの氷結魔法を浴びせる。
「大丈夫。もうやっつけました」そのままにしておくと大群で押し寄せかねないので、どうしたものか考えた末、石垣さんの奥さんが帰ってから庭に穴を掘ってゴブリンとゴブリンプリーストを埋めた。頭のなかで、「ててててってってってーん」と、レベルアップの音がした。
しょっちゅうゴブリンを見るばって、この近辺さゴブリンの巣でもあるんだべか。
夜になっても暑さは引かず、汗びっしょりになりながらゴブリンの埋葬作業を終え、シャワーを浴びて寝た。
しかし横になるも、変に興奮して寝付けない。そうだ、俺は小さいころからこういう冒険譚を夢見ていた。
小さいころ児童文学を今一つ好きになれなかったのは、大人が与えてくれた冒険譚だったからだ。児童文学の中の冒険譚は、俺にとって安全で、だから俺はその冒険譚を実践してみようとすら思った。
すべての始まりは幼稚園にあった桃太郎の絵本だった気がする。俺は、桃太郎が鬼を退治できたならば俺にできないわけはないと、幼稚園でクラスの女の子のスカートをめくったりポニーテールを引っ張ったりしているやつを「鬼」と仮定して、思いきりぶん殴ったのであった。そこから、俺の暴力的衝動に支配された人生が始まった。
小学校に上がっても、俺はその「鬼」と仮定したやつをぶん殴ったときの、正義のために働いているのだ、という快感が抜けきらず、クラスの意地悪なやつ、ひとの陰口をたたくやつ、その他雑多な「鬼」=「悪」を殴り飛ばす悦楽にどっぷり漬かっていたのである。
それが悪いことだと知ったとき、俺は少なからずショックを受けた。悪いことをするやつをやっつけるのも悪いことだ、と、初めて知ったとき、ショックだった。
なら俺は警官になりたい、と思ったこともある。警官になれば悪いことをしているやつをやっつけても罪にならない。しかしその気持ちも、警官が飲酒運転をした、というニュースをみて萎えてしまった。
俺は正義の味方でいたかったのだ。勇者でいたかったのだ。悪を退治る人間でいたかったのだ。すべての悪と戦う人間でいたかったのだ。
その「勇者でいたい」感情は次第にぼやけて、中学に上がるころには「暴力」が残った。それでもただ人を殴っちゃいけないことはわきまえたつもりでいて、……本当に悪いやつだけ殴ることにした。それで三相に呼ばれたり親が学校に呼ばれたりしたが、俺はなにも悪いことはしていないと信じていたから、内申がけちょんけちょんだったり噂話で進学を他県にするよう勧められたりしても信念のまま生きた。
そのころには、ライトノベルを自分で選んで買って読むようになっていて、ただ人を殴るのは勇者の行いでないと自覚するようになった。しかし、俺の全身が暴力を望んだ。幼いころから染みついた「人を殴る」という行為が、どうあがいても取り外せなくなったのである。
その苦しみは詩にして吐き出し続けた。詩を書くことは人を殴るのとイコールだった。
そして、いま俺は、悪に対する暴力のまかり通る異世界にいる。
姉貴や、祖母ちゃんたちや、環奈ちゃんや、あかりを、悪から守らねばならない。
それが、俺の異世界でやりたいこと、である。すべての悪から守り切れるとは思えない。しかし家族を、自分にできるかぎりの力で守ることは、俺の、大昔からかかえている「勇者になりたい」という思いをかなえることだった。
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