3-3 異世界人の行商人五円玉の金色に騙される

 しかし暑い。ここ、どんだけ暑い土地なんだ。この気候で冬がないならイネの二期作とか、イネと枝豆の二毛作ができるんじゃないか。南国かよ……。


 うしろでえっくえっく泣いている環奈ちゃんに、

「しょうがないだろ、売り切れちまったもんは……でも、そのうちなにか埋め合わせすっからさ」と声をかける。

「埋め合わせってなにで? これからこの異世界は砂糖がなくなって、ますます甘いものがなくなるんだよ。もうやだあ。スイッチ買ってもらえなかったしアイスもないし」


 確かにそうかもしれない。砂糖が手に入らなかったらババヘラすら食べられない。俺はうーん、と考えて、玉林寺というお寺の前にかき氷屋があるのを思い出した。真冬でも営業している狂気のかき氷屋で、「常夏の北国」とかなんとか言われてテレビに取り上げられたはずだ。地元では「なんかやべぇ店」という扱いで、喜んで行く人はほぼほぼいないが行くほかあるまい。


「じゃあ、かき氷食べに行くか?」


「……え?」

「かき氷。玉林寺の前にあるだろ。『河田氷や』ってとこ」


「か、かき氷? いいの? ふしんしゃ、かき氷おごってくれるの?」

「そりゃ当然だ。俺だって喉からっからだよ」そう答えていったん自転車から降り、ポケットからスマホを取り出し、「河田氷や」とググってみる。


 ……営業、していないとな。

 先に調べればよかった。その残酷な事実をこの幼女先輩に伝えていいものだろうか……。


「……もしかして、かき氷屋さん、やってない?」

 環奈ちゃんが察した。俺は小さく、「……おう……」と答えるしかなかった。


「じゃあ帰ろう。どこかいきたいところはないか?」

「特にない。帰ろ」


 俺は、環奈ちゃんを後ろに乗せて、きこきこ漕いだ。しんどかった。汗が止まらない。肉体改造にぴったりだ。鍛えていたのでハムストリングスがぐんぐん頑張る。まさかこんなところで役に立つとは思わなかった――


「はーいそこの自転車停まってー」

 パトカーが向こうから走ってきた。停めて降りる。パトカーから降りてきたのは、やっぱりあかりのお父さんだった。


「ああ、菅原君か。その子は?」

「ご近所の石垣環奈ちゃんです」

「……ふしんしゃ、つかまっちゃう?」

「捕まえないよ。だども自転車の二人乗りはやっちゃダメだおん」


 おそらく生まれて初めてお巡りさんに注意されたのであろう環奈ちゃんは、ビビりの極致みたいな顔をしている。あかりのお父さんは「自転車の二人乗りは危険だからやらないように」と注意し、去っていった。


「……しょうがない。歩くか」

「えええーっ? 歩き? やだ、こんな遠くから家なんか帰れない」

「でも帰るしかねーべった。現実をみろ現実を」


 環奈ちゃんの表情が、あきらかな悲しみのそれになった。

 二秒後、環奈ちゃんは顔を真っ赤にして、ぼろぼろ泣き始めた。


「やだよう。アイス食べるまで帰らない」

 どうしたものだろう。要するにかき氷かアイスがあれば問題ないのだ。氷結魔法とか使えたら、環奈ちゃんに思う存分冷たいものを食べてもらえる。でも俺魔法のやり方なんて知らねっし。ううむ、なにか手はないか。突破口をしばらく探す。


 とぼとぼ歩いていると、向こうからどうやら旅商人らしい人が歩いてきた。背中に、何本も杖を背負っていて、俺ら以上に疲れた顔をしている。ふと顔を上げると目が合って、商人は商機ありと思ったのか駆け寄ってきた。


「あの。魔法の杖買いませんか。これが爆炎魔法の杖、こっちは雷電魔法の杖、こっちは氷結魔法の杖」商人は地面に杖を並べた。いやここ車道なんだけど。


「氷結魔法の杖って……なんでも凍らせられるのか?」と、俺は訊ねる。商人は頷いた。


「やったじゃんふしんしゃ、このひょうけつまほうの杖買えば、アイス食べられるんじゃない?」

「お、おう! これ、いくらだ?」

「金貨十二枚です」OH……とてもじゃないがそんなお金持っていない。でも環奈ちゃんの視線が怖くて財布を取り出して、「ここから払えませんか」と商人に見せると、


「これは……金貨、ですか? それもきれいな型押しで、珍しいことに真ん中に穴が開いている。これはすごい。これ一枚とでも構いません……というか、こんな珍しい異国のコインが手に入るなら、おまけで宿帰りの杖もお付けします」商人はそう言って五円玉をとった。


「じゃ、じゃあそれで売ってください!」俺はそう言い、氷結魔法の杖と宿帰りの杖を手に入れた。説明によると宿帰りの杖というのは家にすぐ飛ぶ魔法が使えるらしい。


 宿帰りの杖をかまえて、環奈ちゃんと自転車を掴む。環奈ちゃんは疲れた顔をしているが、アイスクリームの希望がわずかにつながったのが嬉しかったらしくニコニコだ。


「ねえふしんしゃ、アイス作るなら何味にする? あのねあたし、クッキー&クリームがいい」


 そんな難しいアイスは作れないと思うのだが。とにかく宿帰りの杖を軽く振ると、ドラクエで魔法を使ったときの「てろれろてろれ」という音がして、俺と環奈ちゃんと自転車は、見事に家に帰った。宿帰りの杖は使用限度が一回だったらしく消えてしまった。


「よし。アイスの材料だな」俺は冷蔵庫を開けた。環奈ちゃんが、

「ふしんしゃ……陸斗のお友だちは呼ばなくていいの?」と訊ねてきた。

「友達ってあかりか? ……そうだな、呼ぶか」


 俺はあかりに電話を掛けて、アイスクリームのつくり方は知っているかと訊ねた。


『え、氷に塩かけてその上に金属の容器置いて、そこに材料を流し込めば一時間くらいで』


 アァッ。苦労しなくてもそんな方法があったなんて……我ながら間抜けである。


「それが氷結魔法の杖を手に入れたんだ」

『は? ひょ、氷結魔法の杖? どこで? てかどこからそんなお金出てくるの?』

 かくかくしかじか、と説明すると、イルミィと一緒にこれからバスでいく、という返事だった。しばらくしてあかりとイルミィが駆けつけた。


「まあ! 最高級の氷結魔法の杖じゃない!」と、イルミィがびっくりした。「これなら二十発は氷結魔法を撃てましてよ!」


「えっこれそんなすごいの」俺はしみじみと氷結魔法の杖を眺める。ただの杖にしか見えない。だがイルミィが最高級というならそうなのだろう。試しに一発撃ってみる。

 ばりばりばりばり! と激しい音がして、庭のヤブカラシ……ビンボウカズラともいうみったぐない……みっともないつる草の藪が凍って枯れた。……これ、アイスクリームをつくるには強力すぎやしないか。


「これ出力を調節できないのか? これじゃアイスクリームなんて規模じゃない」

「わからないですわ!」ならいろいろ言ってくるんじゃないイルミィよ。


「うんと離れて、効果の範囲を絞ってみたら?」とあかりがいい、俺はいそいそと、牛乳とバニラエッセンスと砂糖を出してきた。それらをよーく混ぜて、かなり距離を離れてみる。おお、効果範囲を絞るオプションが出た。効果範囲をボウルに合わせて、杖を一振りする。


 びゅんんっ! 氷結魔法は矢のように飛んでいき、ボウルに命中した。それをすかさずあかりがワシャワシャかき混ぜる。


「できたーっ!」

 あかりはガッツポーズした。見よ、そこにはまぎれもないアイスクリームの姿があった!


「た、たべていい……?」環奈ちゃんがそう言い、恐る恐るスプーンを伸ばす。そして、

「おいしい!」と、はじける笑顔で笑った。ロリコンじゃないが俺までうれしくなる。


俺もひと口食べてみる。う、うまい。アイスクリームなんて久しぶりに食べた。イルミィもおいしそうにもぐもぐしている。


 その横であかりがアイスをぱくつきつつクックパッドなんぞ見ながら、

「普通に冷凍庫でも作れるみたいだよ?」と画面を見せてきた。ヨーグルトを使ったアイスのレシピだ。ヨーグルト牛乳砂糖をよく混ぜ合わせ冷凍、一時間冷やしたら出してきてよくかき混ぜまた凍らせ、それを何回か繰り返すとアイスクリームになる、とのこと。


 ……こっちのほうが簡単でねぇか。でも氷結魔法の杖なら一瞬だぞ、というと、

「まあ、こっちのほうが異世界感はあるか……」と変な納得のしかたをされた。

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