3-2 異世界人ババヘラアイスに行列す
「さいあくじゃない? リカちゃんならまだ分かるよ、リカちゃんのママとかならまだギリわかるよ、でもおばあちゃんだよ。リカちゃんのおばあちゃん。ワゴンセールだったんだって。ウバステヤマじゃん」
姥捨て山ってずいぶん難しい言葉を知ってらんだな、この子は……。
「ふしんしゃ、ふしんしゃのともだち? の、きれいな女の子いるじゃん」
「あかりのことか?」
「あのひと、あかりっていうんだ。あのひと、ここら辺のひとじゃないよね」
「……なんでそう思う?」
「なんかね、この辺のひとと違う顔してるなって。テレビでときどきみる、だんみつ? に似てる。きれいなこわいお面みたいな顔」
うむ、確かにそうだ。あかりのお父さんは秋田市、お母さんは角館のひとで、雄物川流域で採れるタイプの顔の一族である。県北、つまり米代川流域の、ロシア風やアイヌ風の濃い目の顔とはだいぶ違う。あかりは和風美人な感じだ。
「よく違いが分かるな。やっぱり絵が上手いから観察眼があるんだ。あかりのお父さんは警察官で、要するにお巡りさんで、秋田県をあちこち転勤してるんだ。もともと県南の人だな」
「てんきん……ねえ。あたし知ってるよ、そーゆーのをてんきんぞくって言うんだ」
ずいぶんと語彙が豊かである。
「読書が好きなのか? いろんな言葉知ってるんだなあ」
「うん、学校の図書室ね、二年生になったから入っていいことになったの。それでね、デルトラクエストとか、精霊の守り人とか、指輪物語とか、あとね、水滸伝とか読んでる。友達は、かいけつゾロリとかおしりたんていとか読んでて、なんでそんな分厚い本読めるの、って訊いてくるんだけどね、本の面白さって厚みと関係ない気がするんだ」
小学二年生が読むにはずいぶんとハードなチョイスである。俺が小二のころは何読んでたっけと考えてみると、……性教育図書を夢中になって読んでいたのだった。
「ねえねえ、ふしんしゃは小学生のころ何読んでた?」
「えーっと。ズッコケ三人組とか、ハリーポッターとか、そういうのだな」
「ほんと? エッチな体の仕組みの本とかじゃなく?」
小学生にまで看破される俺の読書来歴。俺は語気をほんのちょっと強めて、
「体の仕組みを勉強するのは別にエッチなことでもなんでもないぞ」
と言ってやった。環奈ちゃんは、
「そうなの? 初めて図書室に入ったとき、男の子たちがそういう本借りようとしたら、先生が『お父さんお母さんが悲しむわよ』って言ってたよ」
「それは先生がおかしいんだ。まあそのうち『女子だけにお話がありますから男子は外でサッカーしてなさい』って言われると思う」
「なにそれー。へんなのー」
環奈ちゃんはおかしそうにケラケラと笑った。しかし遠いな、樹海ドーム。
必死で自転車を漕いで、どうにかイオンスーパーセンターのあたりまで来た。もうちょっと行けばヤマダ電機があって、そこを通り過ぎてもうちょっと行けば樹海ドームだ。いつも樹海ドーム手前の道路でババヘラを売っているので、そこで買えるだろう。
田んぼは青々と茂り、空は見事なピーカン。気持ちのいい晴天。ただ暑い。
Tシャツを汗まみれにしながら自転車を漕ぐこと四十分。まだたどり着かない。ヤマダ電機の角を曲がって、顔を上げると、……ババヘラには、ものすごい行列ができていた。
それも、秋田県民だけじゃない。異世界人もたくさんいる。角をはやしてるひととか、尻尾と動物みたいな耳のあるひととか、いわゆる異種族もちらほら見える。そして、みな武器を背負っている。
簡単に言うと、ババヘラというのは砂糖水に香料と色素をぶち込んで凍らせた、赤と黄色の二色に分けられたアイスである。お願いすれば赤だけとか黄色だけとかも盛り付けてもらえるが、味はほぼほぼ同じで、長いこと論争になっているのが「黄色はレモン味か、それともバナナ味か」というやつだが、うちのとき子祖母ちゃんいわく「あんた(あのような)もの味もなんもない」そうである。
「わあ、すごい。小説に出てくるエルフとかそういうのがいる」
どうやら環奈ちゃんはそっちが面白いらしく、自転車の後ろからひょいっと降りると走って行列に並んだ。俺もそれに並ぶ。自転車が重い。
異種族だけでなく、ライトノベルっぽくいうところの「ヒューム」、要するに秋田県民と同じ種類の人間もたくさん並んでいて、みなバラ盛りにしてもらったババヘラアイスをうまそうに食べている。
「――あれっ? 陸斗さんじゃないですか」
向こうからババヘラを食べながら歩いてくるのはロイだ。どうしてこんなところに、と尋ねると、
「ばっちゃ様にけいこうとう? の買い物を頼まれて、ば、ばす? でヤマダ電機? まで来たんですけど、なんだか行列ができていて、面白そうだから並んだらこんなおいしいお菓子を売っていて。これがババヘラってやつなんですね。冷たいお菓子が当たり前に売られる文明って、すごいですねえ」
「はー……」
「ところで萬海さんは」
「仕事。ここ三日ばかし帰ってきてないな」
「そうなんですか。で、幼女先輩を拉致してきたと」
「ちげえわ。ご近所のお子さんだ。アイスクリームを食べたいっていうからここまで連れてきた。だいたいその語彙はどこから来てる」
「深夜アニメというのを見てしまって」
ミツ祖母ちゃんの家ではBSとCSが見られるのだった。
「でも、砂糖が当たり前にある文明は、やっぱりすごいですよ」
ロイは興奮気味にそういい、ニコニコしている。
「ロイ。アイス溶けてるぞ」
「え? あ、本当だ。それじゃあ」
ロイはご機嫌の足取りで、ババヘラアイスを食べながら去っていった。
――うだるような暑さ。目の前の異世界人たちは、次々とババヘラアイスを購入していく。みなとても興奮しているところを見ると、やはり異世界では甘くて冷たいものは希少なのだろうと思える。よくよく考えたら、医学も科学も工業も、なにもかも中世レベルの異世界において、現代日本の科学技術というのはぶっちぎりでチートなのではあるまいか。
そう考えているのを中断するように環奈ちゃんが俺のTシャツの背中をくいくい引っ張る。
「ねえふしんしゃ、あっついよー」
「んなこと言われてもな……帽子とかかぶってくればよかったな」
環奈ちゃんは結構汗だくになっている。俺ほどではないが、かわいいTシャツの脇の下や、背中が、汗でべっとりと張り付いているようだ。
「ほら、もうちょっとで順番だ」
と、俺が言った次の瞬間、ババヘラのおばあさんが立ちあがって、
「はい、完売だすよー」
と、無情にも完売を告げた。それを聞いただけで、いままでの汗はなんだったのだと、ただただ立ち尽くすほかない気分になってしまった。異世界人たちは「歩道」や「車道」という概念がないらしく、道路にばらばらと散らばって、三々五々帰っていった。
環奈ちゃんは悲しみと絶望のハイブリッドみたいな顔をして、
「ふしんしゃが自転車漕ぐの遅かったせいじゃん!」
と、怒鳴るのであった。それから顔を真っ赤にして、ぼろぼろ泣き始めた。
「ふしんしゃのバカぁ。アイス買ってくれるって言ったのに」
「い、いやそう言われても、売り切れてしまったものは仕方がないし――別の場所も、探してみるか?」
「もうあっついのやだぁ。帰る!」
環奈ちゃんは泣きながら自転車の後ろにのそりと乗った。俺は撤収作業をしているババヘラの売り子のおばあさんに頭を下げ、環奈ちゃんを乗せた自転車を漕ぎ始めた。
完全なる無駄足。徒労である。環奈ちゃんの表情は後ろにいるから分からないが、おそらくまだ泣いている。ああ、かわいそうなことをしてしまった……。
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